第23話 バチバチ7

「なにをするつもりだ……?」


 その言葉は俺が零したのかボズマーが浮かべた疑問だったか、今となってははっきり覚えていない。

 ひとつだけ言えるのは、人間が発する獣の迫力に、俺たち全員が圧倒されていたということだけ。


「すごい……迫力……!ゼファー君って、あんな雰囲気を纏う人でしたっけ……?」


 シェリルは緊張して喉が渇いて上手く喋れていない、そんな風にことりと一言その場に置いた。

 それはただ、異様な雰囲気を感じた結果襲ってくる不安を、ただ紛らわしたいがための独り言つ。


「いや……私も、見たことないよ。見たこと、ない」


 ハスキーな通りの良い声。彼の声はこんなに綺麗だったのか。そう感じるほど珍しいヴァンダルムのしっかりとした発声に、思わず全員が彼を見る。


「ゼファー君は優しくて。魔法を戦いに使うのは苦手だと言っていて。それで……」


 戸惑いと不安でどうしたらいいのかわからなくなっているように言葉を詰まらせている彼に、かける言葉を探しては見つからないままいる。


 現在、当時で言うと未来の彼は間違いなく「英雄」だが、その時の彼はどうしようもなく年相応の、年下の、幼い少年でしかなかった。



ぱん!!!!!!!!



 何か弾ける音。発生源である舞台へ視線を急いで戻す。

 ドワーフの居た場所に彼の姿はなく、レールのようにまっすぐティム達に向かって小さな火の道が出来ていた。


 その道をたどってティム達を超え、舞台の端まで目を向ける。

 ドワーフはそこにいた。舞台の端、勢いが付きすぎたのか、爪先で舞台にしがみついて落ちないようにバランスを取っている。


「はや……」


 感嘆の声は未だに彼が発する「バチバチ」とした音に吸い込まれて消えていく。ドワーフはなんとかバランスを取り直し、振り返ってティムを見る。


 口が半分開いてしまっているティムを挑戦的な笑みで見つめながら、パチン、と音を鳴らす。既に彼はいない。目で追いきれない。なんとか状況を掴めたのは、俺達が離れた場所で俯瞰して見れているからだ。


 気が付いたらゼファーはクリストファーの三メートルほど後ろに立っていた。今度はバランスを崩したりしていないまっすぐな姿勢。全体像を眺めている俺達ならなんとか知覚できた。当然クリストファーは全く対応できていない。


 しかし恐らくだがかなりの風圧なりはぶつかってくるのだろう。それにつられるように首が遅れて後ろを振り返る。


 あまりに悠長だった。既に手の届く距離。


 ゼファーは右手にバチバチを集中させる。そんなイメージで稲光のガントレットを嵌めた。その手を思い切り振りかぶり、打ち出す。


 クリストファーの肩を無理やり折りたたむようにゼファーの掌底が彼を包む。打ち出した掌の勢いは速くない。先ほどの瞬間移動より幾分も遅く感じた。なにより目で追える速度だ。


 しかしすべてが遅すぎたクリストファーは、そのまま肩を折りたたまれる。押し出す掌に合わせてそのまま全身ぐるんぐるんと横回転しながら宙を舞う。


 今度は別に移動魔法を付与したりしていない。ただ投げ飛ばす要領で肩を包みこんだ掌は、振りぬくと同時にクリストファーを射出する。それだけでクリストファーは一瞬で場外へと吹き飛んでいった。



「いや……強すぎますわよ……!?」


 ヴィクトリアの声は誰に届くでなく。ただ俺達全員の胃の底に沈んでいく。こんなのどう対応すればいいんだ……?せめて弱点くらいはあってくれ……!そんな情けない驚愕に包まれる。


 いつのまにか視点が逆転している。先程までは人数不利のゼファーを応援していたのに。彼の迫力は俺達に「圧倒的強者」の風格を見せた。


 ティムは深く息を吐く。彼の器用な戦いぶりは確かに驚嘆すべき上手さだった。だが、「上手い」だけで対応しきれるものだろうか。


 ゼファーの体が再度稲光を纏う。連続使用が難しいのか……?それとも一度掌に集中させたせいか……?いつの間にかなくなっていた光は、しかしカーディガンを羽織るような気楽さで再び彼を装飾した。


 ぱちっ。


 決まったか。恐らく俺達はみんなそう感じていた。すでにティムの後ろにゼファーがいる。


「攻め方が読みやすいんだよ!!!!」


 いや、ティムはそれを難なく予見して既に後ろを向いていた。それだけでなく構えていたナイフをゼファーの足元に叩きつける。


 魔力を通す膜は未だ残っている。いずれ流れきるだろうそれは、しかしその場に残っている限りしっかりと役目を果たした。


 再びの雷撃魔法。驚いた様子のゼファーは逃れるべく後ろに跳躍する。


「だから!!読みやすいと言ってる!!!!!」


 跳躍したゼファーには既に雷撃が少し纏わりついていた。少しだけ鈍くなった彼の動きの先を読み、跳躍したその胸元に今度は氷塊を叩きつける。


 ナイフを投げた直後に地面に流れる水を左手のナイフで掬う。その水飛沫を氷柱のような氷塊に変えて打ち出したのだ。


 咄嗟に腕をクロスさせて体を守るゼファー。麻痺と氷塊、この二つが通ればトドメに場外へ押し出される隙が生まれてしまう。

 氷塊は腕に守られたが確かに当たった。いつの間にか雷光は晴れている。代わりに纏っているのはかまいたち。風の刃を腕に纏わせ氷塊の勢いはそがれてしまっていた。


 咄嗟の切り替えは見事だったが、流石に勢いを殺しきれなかったのか、ゼファーはそのまま吹っ飛ばされる。

 氷塊によるダメージは確実に緩和されただろう。問題は雷撃による麻痺だが……。


「雷を纏っておいて、雷撃や麻痺に耐性が全くつかないなんて僕だって思ってないさ……。追撃も上手く躱されてしまったし……おい!!とっとと立ち上がれよ!!!!!」


 ティムは自嘲するように卑屈な笑みを浮かべると、吹っ飛ばされたまま大の字に横たわるゼファーに叱咤を飛ばす。


 ゼファーは「まいったな」といったように頭を掻きながら、何事もなかったかのようにひょいっと軽く跳んで立ち上がる。


「……お前のそのへらへらした顔!!!!ムカつくんだよ!!!!ちょっと魔法が得意だからってあまり僕を舐めるんじゃない!!!!


 ……お前のその高速移動なんて見ての通り簡単に対処できるんだ。いつまでもそうやって舐めた態度をとったままなら――――――足元掬ってやるよ。」


 ティムの慟哭。そう、何故かとても悲しそうに怒っていた。


 それを見たゼファーも笑みを控え、真面目な、申し訳なさそうな表情に変わる。


「そっか……。真面目にやってるつもりではいたけど、楽しくてさ。ごめんね?

 じゃあ、まだ練習始めたてで上手く使えないバチバチはやめて、今度は前から練習してた方でいくね。――――――少し、早く、なるよ」


 声を区切りながら、今度は風魔法を纏う。足、腕、腰。全身に纏うのではなく、回転する空気の塊を各部位に取り付けたような姿。



「あれって……!」


「ああ。俺の得意魔法に近いな。俺のは全身に纏って全体的な身体能力を強化するものだけど、あいつのは部分的に加速装置をつけているような感じだ。

 俺も足にはよく付けるけど、任意のタイミングで急加速や技の威力の底上げが出来る。一度取り付けると回数制限というか、付与した魔力量までなら何回か使用できる。あの風の装飾が残量ってことだな。あれが付いているうちは何度でもブーストできるぞ」


 シェリルがびっくりしたように俺を見るもんだから、こっちも反射で必要以上に解説してしまった。得意げに話したような感じが少し気恥ずかしい。


 すると彼らも仕切り直したようだ。言葉でのやり取りはもう済んだとばかりのにらみ合い。


 先程まではティムの方からの一方通行だった感情の流れ。それに乗るでもなく逆らうように、ゼファーは腕を広げ、体を前に傾ける。肘を少し曲げて、まるでティムの感情を一心に受け止めようとしているような。どんな攻勢も受け止めてやろうというような構え。


 ティムは苛立ちを隠さない。

 ナイフを構えなおす。腰に巻いたベルトには投擲用と思われるナイフが残り三本。そのうち一つを再度右手に持ち、左肩をなぞるように構える。左手は隠すように少し半身になっている。


 彼らの間には何かあったのだろうか。ここまで届く感情の濁流が、受け止めたゼファーの表情が、彼らの内側に仕舞ってある物語を綴っているようで。


 しかし恐らくこの章はもう終わる。何かのきっかけで、弾けるシャボン玉のように、彼らの鋭い眼差しはその舞台を割り、瞬きのその後に戦場へと変える。 


 空気が、ひりつく。吐く息は白く。呼吸は荒く。緊張が体を揺らし。そして、じきに――――――弾けた。

 

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