第22話 バチバチ6
三人残ったグループの一人が、ばちばちと雷を投擲用ナイフに纏わせる。ツーブロックにセンター分けの黒髪。よく見たらあれはティム・プルーマだ。
ティムがナイフを投げると、それは簡単に避けられる。いや、あれははじめから中てる気がそれ程ないように見えた。
ドワーフともう一人、あれはBクラスのスペクターだ。その二人の間、丁度中心ぐらいの地面にナイフが刺さると、何故か急にジムたちの動きが鈍る。
「珍しい……雷撃系の罠魔法か……!」
隣でボズマーが感嘆の声を上げる。その声とほぼ同時にティムグループの一人がスペクターに肩からタックルするように飛び掛かる。いつもティムに付いて回っている二人組のうち、剃りこみを入れてガタイが良い方のバートンだ。
バートンは肩から腕にかけて革の防具をつけており、身体強化と推進力を向上させる移動魔法を重ね掛けしているようだ。シンプルだが舞台から押し出されたらリタイアのルールではわかりやすく有用だろう。
見事にスペクターはタックルを浴びて吹っ飛ばされ、するすると滑るように舞台端ギリギリまで押し込まれる。平面の床を、摩擦をほとんど感じさせない速度で滑る。冒険者ギルドのカウンターバーで、誰かがかっこつけてグラスを端まで滑らせて渡す、そんなイメージが湧いて出てくるほどの光景だ。
よく見てみると地面に薄く、流れのある水が敷かれている。
ティムグループのもう一人、おべっか使いのクリストファーだ。あいつが地面に水を流し、そのまま相手を押し流すために利用した。
スペクターが滑っていくついでに大きく巻き上がる水が、その吹き飛ばされていく勢いをまさに表している。巻き上がった水は体よりもずっと高く飛沫を上げ、霧のように体を覆って状況がよく見えない。
一見こんな足先を濡らす程の水では人を運ぶほどの力はないように思える。確かにそれだけでは足を取らせることもできない。
これはきっと膜だ。この膜は魔力や術式を伝達しやすいように調節されている。だからさっきの雷撃魔法も膜を通じて、離れた相手にもしっかりと効果があったのだろう。
その上吹っ飛んでいく相手に膜を伝って移動魔法を付与すれば、平坦な舞台も滑り台に早変わりというわけだ。
「おいおい。こんなコンビネーション、出来るやつだったのか。てっきり俺達以外はまるっきり戦闘初心者しかいないと思ってたが……」
「ああ。よく考えられている。だがこれは恐らくティムの力によるところが大きいだろう」
「……?……そうなのか?」
訓練で自信喪失していたところに見せられた見事な連携に、追い打ちをかけられた気分になっている俺に対して、ボズマーは冷静に試合を分析していた。
「ああ。あのガタイが良い方のタックルは洗練された魔法行使だったが、あの細い男は水を流しているだけだ。
その後の相手を押し出す移動魔法はティムの魔法だし、その前の雷撃魔法も含め、操作が実に精密だ。一つ一つは威力に乏しいものなのに、最大限効果を発揮するタイミングと座標指定、芸術的と言えるほどだ」
「確かに……!あの雷撃魔法は基本は設置型で、人体に当たっても嫌がらせ程度に痺れさせて精々で数十秒動きを鈍らせるほどの効果しかなかったと記憶してたんです!
あれは本命の罠を起動させる為のスイッチに使ったりするもので、威力のない代わりに精密な条件設定がしやすい魔法で……だからこの魔法なんですね!
威力を求めて当たらない魔法を使うのではなく、この水を通して確実に当たる魔法。操作性が良く、相手の動きを封じられる……。それで十分ってことですか……!」
魔法知識は豊富なれど、それを戦闘とリンクさせることが今まであまりなかったのだろう。
自分の知っている魔法の新たな一面を知り、興奮が隠せない様子のシェリルが俺たちの間に割って入ってきた。
「そうだね。罠として利用する目的がある魔法だから特に、間違ったタイミングで発動しないようにあの魔法はかなり使い勝手が良いように開発されている。
でもそれをティムは『操作性に優れているならもっと自由度の高い使い方を』とでも言うべきか。教本にはなかったユニークな視点で使いこなしたわけだ。
彼はかなりセンスがいい。僕じゃきっと教本通りの使い方しか思いつかなかっただろう」
ボズマーは優しい声色でシェリルに補足するが、決して試合から目を逸らそうとはしなかった。軽い口調の中に、どこか考え込むような色を感じた。
試合は決した。きっと俺を含んだ殆どがそう思っただろう。
「おお……!!!よくやったスペクター!!えらいぞ!持ちこたえた!!!」
メアリーの歓喜の声が聞こえるまで、まさかあの速度で場外へ吹っ飛ばされたスペクターが生き残っているとは思ってもみなかった。
スペクターはナイフを地面に突き立て、舞台の端の本当にギリギリのところで耐えていた。息は上がって満身創痍といった様だが、闘志はまだ潰えていない。
滑る間から準備をしていたのだろう、霧が晴れた時には口元で何か詠唱をしていた。
「そうだ!!いいぞ!!!お前の根性は人並み以上だ!!!」
気が付けば俺も声を出して応援している。
スペクターが毎日訓練場に入り浸っているのは知っているし見たこともある。あいつは頭は良くないが根性があって嫌いじゃないんだ。
「おおおおおおお!!!!おまえだけでもおおおおおお!!!!!!」
そこそこ離れたここにまではっきりとスペクターの雄たけびが届く。彼は必死に手を伸ばしてバートンに向ける。だがそれは決して悪あがきや恰好だけの宣戦布告なんてものじゃなかった。
伸ばした手をぎゅっと閉じて、そのまま勢いよく引き寄せる。すると地面に流れる水で隠されていた「糸のようなもの」が張り詰めて宙に浮かび上がる。
糸の続く先はバートン。その腕にぐるぐる巻きにされた糸を更に勢いよく巻き上げる。―――
スペクターの腕は糸巻きでも付いているかのように勢いよくぐるぐると回転する。その勢いに合わせてバートンの腕は上がり、体も一瞬浮かび上がるほど引き寄せられる。
バートンはなんとか一瞬を耐えたが、一転、苦悶を浮かべかけた表情を覚悟に染め上げる。一度ふっと力を抜くと、そのまま引き寄せられる勢いに乗せて自らも先ほどのタックルを狙う。
「やはり……彼はあの技以外に有効な技がないのか……!」
ボズマーの言う通り、俺の知る限りではバートンは器用なタイプではない。恐らく今回の演習に合わせてほぼ一つだけを極めてきたのだろう。
「悪い!!ゼファー!!!一矢報いて俺は死ぬ!!!!」
なにか大袈裟なことを叫んでいるが、確かにあの勢いであの技を当てられたらもはや場外は免れないだろう。
本来ならそのまま背負い投げる要領で相手のみを落とすつもりだったのだろう。糸を肩に担いだ格好で、二進も三進もいかぬとばかりに硬直。
覚悟を決めた表情で振り向くと、そのままバートンを正面から迎え撃つ。迎え撃つと言っても既に何か返せる距離感にはなく、そのまま二人は接触し、きりもみ回転しながら一緒に場外へ吹き飛んでいく。
「ああああとおおはまかせたああああああああああああ!!!!!!!」
空中回転によってバートンと抱き合うように糸でぐるぐる巻きになったスペクターは、嵐のように場外へ落ちていった。
「怒涛の展開ですわ……」
「ああ……バートンの思い切りの良さのお陰で、糸を引ききるよりも先にぶつかっちまって最早これまで……か。
他の連中なんてぽかんと見てるしかないほどの急展開だったな……」
ヴィクトリアの零した言葉に反射で答える。なんだかこの観戦会で全員の距離が近くなっていったような、今思えばそんな気がしている。
舞台ではようやく痺れの一切がなくなったのか、うずくまったゼファーが立ち上がって飛んでいった奴らを眺めていた。困ったように笑いながら頭を掻いている。
「どうするんでしょう……?二対一は流石に……」
シェリルの指摘通りだ。三対二ならまだしも、一人だけだと連携もくそもない。対応されやすく、読まれやすいのだ。
もちろん実力があればそんなことは関係がないが、ここにいる生徒同士でそれほどの実力差があるとは思えない。
ゼファーは痺れがちゃんと取れたのか確かめるように手を開閉している。ティム側は何故か警戒しているように距離を取ったまま構えを取っていた。
ティムは投げナイフを右手に持ち肩口から直ぐに投擲できるように。左手には逆手持ちで少し大きめのサバイバルナイフだ。
クリストファーは魔術媒体にもなる、長さは胸の下ほどまである杖を構える。丸みのある先端をゼファーに向ける形だが、慣れていないのか先端は少し揺れている。
「……?何かあるのか……?異様に警戒しているようだが……」
ボズマーの訝しげな声も、試合の見せる緊張感から誰も返事を返せないでいる。
するとバチバチといった音がここまで届き、ゼファーの全身を稲光のような魔力飽和反応が包む。
魔法使いだけでなく、魔力的性のない人間から見ても確認できるほどの魔力反応。それだけ籠められた魔力が大きく、純度が高いという証左。それが体中からおびただしい雷光となって現れ、衣のように身に纏う。
息をのむ音。ゼファーは普段の柔和な笑みを少し挑戦的に歪ませると、前傾姿勢を取る。そのまま膝を曲げ、ゆっくりと手を地面につき、四つん這いになる。
何をしているのか、とは感じなかった。「それ」は、先ほどまで身に染みて受けていた迫力。――――――獣のような、威圧を発した。
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