第21話 バチバチ5

 必死に息を整える前、中衛の三人。

 普段ならしないであろうが、お尻を地面にぺたりと張り付けて、ぐったりと膝を抱え込んで座り込むヴィクトリア。口をあんぐりと開けて、たまに声にならない言葉を出すようにあわあわと口を動かして、ただヴァンダルムを見つめるシェリル。


 そんな満身創痍、普段なら見せない余裕のない姿を晒す俺達。その中ただ一人、どこか困ったように、しかしなんの痛痒もない普段通り冷静な無表情でヴァンダルムは立っていた。


 膝に手をついて周りを見渡しながら息を切らすボズマー。斬りつけた勢いのまま倒れこんだ姿で荒く息をする俺は、そのまま見上げるように目を向ける。

 ボズマーの視線は丁度ヴァンダルムから俺へと帰ってきた所で、やはり俺も似たようにヴァンダルムからボズマーへ視線を移動させた所だったから、わざわざ視線に感情を乗せるまでもなく相手の思ったことがわかってしまう。



 「格の違い」を見せられた。そんな気分だった。

 上手く言えないが、俺たちはどこまでも頭に乗っていたと自覚させられた。一つはあの似非昼行燈の優秀な講師に。一つはなすすべなく叩きのめされた俺達を、いともたやすく助けて見せた彼に。


 魔法戦闘一つにおいては、他のどの成績で負けたってなんとも思わないが、それだけは、俺達は同世代じゃ誰にも負けやしないと思っていた。


 彼の実力は垣間見たままに理解したつもりだった。その上で「慣れ」とか「練度」とか、そんな目には見えない朧げな自信の根幹を確かなものだと思い込んだ。俺達は「負けていない」なんて盲目的なアイデンティティに溺れていた。


 全力の実力を表には出せない。そんな彼の制約を案じる、そのついでのように、「戦闘においては俺達が引っ張っていかなきゃいけない」「この名高いシェロン学園の中でも魔法戦闘のトップに立てている」そんな内心の傲慢さがあった。その結果がこの無様だ。どこが「負けていない」んだか。



 彼は「慣れ」とか「練度」とか、そんな不確かでぼやけた足場なんて必要としていない。「速度」「判断」「対応力」。必要とされる最低限の力で、しかし圧倒的な「実力」を証明した。


 彼の使った魔法は別に特段難しいものじゃない。いつだってそうだ。彼は実力を偽る為に、この学校の生徒であればある程度使えても不思議ではない魔法を使う。


 しかし今回はきっと咄嗟に助けようとしてくれたのだろう。その「速度」はきっと学校を卒業した後のボズマーでも出せないものだったように思う。


 そしてそれだけで十分なのだ。俺たちのように戦闘巧者であることにしがみついた強い感傷を抱いているようじゃ、きっとそこにはたどり着けない。これが本当の練度。


 いったいどれほどの才能とどれほどの訓練を極めれば、これほど美しく、速く、無駄なく、魔力が練れるのか。「職人技」のような魔法。彼は「魔力操作」その一点を既に極めていた。


 悔しいとか嫉妬だとかそんなちゃちな感傷は抱かなかった。

 ただ、ひたすら見上げて天辺すら見えない頂に思いを馳せる。自分がそれでもその頂を目指そうと思える人間であったことに安堵すら覚える。そんなひたすらの敬意だった。

 


 ……カツ…カツ…カツ…カツ…


 革の靴が地面を叩く音がゆっくりと近づく。

 寝転がってただひたすらの疲労と猛省に打ちのめされていた俺は、彼女に顔を向けることすら難しかった。首を少し傾けるだけのことが、何故かとても億劫で、目を逸らすように空を見ていた。


「素晴らしいですね。まさか第二段階を一発で倒してしまうとは思いませんでした」


 講師に声を掛けられて、流石に無視するわけにはいかないと顔を向ける。

 先ほどまでの間延びした口調とは打って変わった、穏やかで落ち着いた声色に思わず興味を引かれた部分も大きい。


「本来は何度か挑戦して貰って、鼻っ柱を折ったうえで良い対策や良い連携を考える機会を与える予定だったのですが……まあ、ある程度鼻っ柱は折られたようなので目標達成ってことでいいですかねえ?」


「ハア…ふう……お陰様で。まんまと、自信と慢心ごとへし折られましたよ……」


 段々と元の間延びした喋り方に戻っていく講師に、苦笑いを隠すこともせずに息を整えたボズマーは返す。こいつが年上目上の人物にこんな皮肉気に返答をする所はあまり見ない気がする。


「あー!!!もう!!!くやしいいいい!!!!!」


 いつの間にか寝転がった俺の頭のそばまで近づいてきていたメアリーがお手本のような地団太を踏んでいる。


「わたしもさあ……ちょっとは出来るんだよって所を見せたかったんだよ……?振り下ろしはせんせーにも褒められたから、いいとこ見せてやろ!って……あーあっ!かっこわる!」


「そんなこというなって。メアリーの振り下ろしは本当に綺麗で鋭かったぜ?……まあ足りないのはやっぱり経験値ってところか」


「あー!わかってるって!途中まで気分よく聞いてたのに!余計なことまで言わなくていいの!!」


 落ち込んだ様子でしゃがみこんだメアリーも、俺の軽口で少し元気が出たようだ。仕返しとばかりに俺の頭の地肌の部分を二本指でちょんちょんとひたむきにつついてくる。


「いてっ!地味に強ええ!ちょっ……!やめんか!!!」


 振りほどいたその手で顔をガードしたまま、深くため息をついた。


「それを言ったら俺達前衛組は完全な『やらかし』だよ。ちょっと頭をひねれば簡単に予測がついたはずなのに、……完全に雰囲気にのまれて、急展開にテンパって、あー!もう!!!って感じだ」


「にひひ。落ち込んでんだ?偉いね。ちゃんと『もっとできたはず』って頑張ってんだね。

 私なんて自分のことでいっぱいいっぱいだったけど、きっと二人はそんな私たちをカバーしようといっぱい考えてくれてたんだよね?

 ギルくんなんてほとんどトドメを決めてたのに、それでもへこむかー!えらいぞー!向上心だ!」


 おちょくったようなことを言ってくるが、なんだか口調が優し気で言われた方は少し照れ臭い。いつのまにか俺の手のガードをかいくぐり、今度は一本指でぐりぐりと俺の額をこねている。


「うるせー!だからいてーからやめろっていってんだろっ……っと」


 本当は痛がるほど力を込めてはいなかったが、立ち上がる丁度いい理由が欲しくて、メアリーにそれを押し付ける。

 また振りほどいて、その勢いでひょいと跳ねるように立ち上がる。俺達がじゃれている間にボズマーは先生と何か軽く話をしていたようだが、それよりもまず、言わなきゃならないことがあっただろう。


「ヴァンダルム!アンタのお陰で助かった!俺もちょっと反省して考えを……って、何見てんだ?」


 先ずは今回の戦闘の立役者に賛辞を贈らねばと、立ち上がってすぐに声をかけたのだが、何やらヴァンダルムは別のところに注意がそれていた。


 気になって近づいてみると、当たり前のようにメアリーが付いてきて、二人で彼の背中を覗き込むように視線の先を見る。


「おー!センターの舞台では対人でやってるのか!」


 なんだか集中して見ていたようで、俺が真後ろから声をかけると「ビクッ」と少し震えたように見えた。いつも冷静なヴァンダルムにしては珍しく思える。


「驚かしたか?悪いな。でもそんなに集中して、そんなに面白い試合でもやってたか?」


「……いや……友達が、やっててね」


 よく見てみると、確かに先ほどヴァンダルムと親し気に会話していたドワーフが試合中のグループに属していた。


「ヴァンダルムさん……先ほどはどうも、とっても助かりましたわ……?」


 途中で追いつくようにやってきたヴィクトリアも、激しい戦闘後だってのにみんなで集って何かを眺めているのを不審げにしている。


「あー……一人舞台から落ちた。こりゃ厳しそうだぞ」


 センターではどうやら試合も終盤戦を迎えようとしていた。ヴィクトリアも一緒になって眺め始めた頃には、六人ずついた二つのグループが、全部で残り三対二になっている。ドワーフの方が二人しかいない。


「こっちも戦闘が終わったばかりだというのに、皆さんなんだか呑気ですわね……」


 そういいながら一緒になって眺めている姿をみると、やはり彼女もちょっと血の気の多いことが嫌いじゃないように思える。


「なになに?なんですか?いくら一人で後ろだからって、仲間外れはいやですよ……?」


 シェリルもおずおずと近づいてくる。その後にボズマー。


「おいおい。まずは今の訓練の反省会を……ああ!危ない、が、よく二人でもちこたえた!」


 いつのまにか先生を放っておいて大観戦会が始まっていた。

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