第19話 バチバチ3

 「第二ラウンドってマジか……!?」


 気の抜けた風船のような声に反して、どうやらこの講師は結構なスパルタ教育者らしい。


「あれ~?これで終わりがいいですかあ?皆さんは一番できる子のグループって伺ったんですけどー……」


 (恐らく悪意のない天然ものの)煽りの直撃を食らった前衛二人、つまり俺とボズマーの負けず嫌いコンビが二人とも右の口角を限界まで引き上げていく。


「まだまだっ!!!だって私何もしてないもん!!!私もちょっとは活躍したいよ!!!」


 言い訳をすると別にビビってたわけじゃない。想像以上の物体操作スキルを見せつけられ、奥底では未だ少し舐めていた節のある心中に冷や水を浴びせられたようで、少し驚いてしまって感嘆符のようなものが口から出ただけだ。


 メアリーは当然と言うように物足りない様子だし、後衛三人にも、先ほどの戦闘の様子なら気遣いは無用だろう。


「ですよねえ~!今年の新入生には戦闘経験のある大人みたいな方が数年ぶりにいなかったので、私も少し物足りなかったんですよお!

 戦闘なんて無理にするものじゃあないですけど、やっぱりせっかくできる子達が揃っているならちゃんとした授業にしないと!ですよね!


 まあ一応国立の教育機関なので、皆さん追々少なからず防衛術程度は授業を受けなければなりませんし、せっかくの機会にどんどんやってみてほしいですよね~」


 その時の俺も予感だけはしていた。


 もしかしたら、この先生こそなのではないかと。


 その予感が確信に変わるまではそう時間はかからなかった。



「では、授業のおさらいです!本題ですね!

 皆さんも必修の『魔法基礎理論』で『変身術』の触りだけは、もう授業で受けた頃合いだと思いますがー。

 実は今はまだ『変身術』というものの理論は確立されていません。『変身』や『変形』の魔法ならば、状況を揃えればそう難しい魔法ではありません。


 しかし『変身術』となると話が変わってしまいます。『変身術』の定義が『本質』を変えずに『本質』を変える、という矛盾した作用を施す魔法であるためです。

 少し簡単に言うと、『人を狼に変える魔法』は出来ても、『人を人のまま狼に変身させる魔法』は難しいといったところですかねえ」


 唐突に始まった授業に俺とボズマーが顔を見合わせると、その困惑を知ってか知らずかどうせ気づいていないだろうが、先生は杖をくるくるとまた回し始める。


「かみ砕いて話すと例えば、そう、モヒカン君」


 くるくると回していた杖を急に止め、そのまま俺を指した。


「お、おれのことですか……?」


「そう!君!そのモヒカン君が例えばV教授に成りすまそうと、変身し、口調や性格を真似して……理由はどうしましょう?まあ、わかりやすく苦手なテストの点数を操作してやろうとかにしましょうか?――――――うん。理由は何でもよかったです。

 とにかく!モヒカン君がV教授に完璧に『変身』しようとするとします』


 その適当な話しぶりと、いきなりあだ名をつけられたショックで、これから「第二段階」が始まるなんてとうに忘れて呆然と授業を聞く。


 そもそも「モヒカン君」って……ギルベルトって名前に一文字も掠っていないが、まあ、なんかもうこの先生は「こういうものだ」と考えていた方が楽そうだ。


「すると?どうでしょう?君は年齢も性別も異なる人間になり、口調も性格も思想までも変身してしまう。

 こうなるとさあ大変。果たして『どこからどこまでがモヒカン君の考えなのか』が曖昧になっていきます。だってそうでしょう?頭では『自分だ』と思う心があっても、それを証明するものがない。だって体も口調も性格までも『変身』してしまったのだから。


 そうしてどんどん心は変身先と混ざり合っていき……きっと『V教授みたいなもの』という新しい融合体になってしまうかもしれません。


 と、いう研究結果が出ています。今回の例題は変身先も同じ人間だったのである程度はリカバリーが効くみたいですが。

 例えば動物、今話題の狼に変身した研究者は、三十分強ほど変身魔法の持続実験をしたところ、自力での復帰ができなくなったそうです。

 その人は共同研究者が無理やり元の姿に戻してなんとか回復することができました。しかし回復まで数か月間は後遺症に悩まされることになったそうです。

 夜中に遠吠えをする夢遊病のような症状だったり、台所にあった生肉をそのまま食べてしまったり、意識ははっきりしているのに何故か二足歩行が困難になってしまったり……」


 段々と怪談話の様相を呈してきた授業。それと並行してくるくると回す杖。それに合わせるように白人形も回りだす。


「これは人類側の脆弱性の問題なのか、それとも魔法理論自体が間違っているのか。今まで様々な研究者が解き明かし、理論を確立させようとしてきましたが、未だコレという答えは得られていません。


 『肉の一片、血の一片に至るまで』――――――これは変身魔法の呪文にも使用されることもある詩の一篇ですが、ここまでモノを変質させてしまえば、きっと耐えられるものなど、ないのかもしれません。


 まあ私個人としては『変身させすぎ』が原因だと思いますけどね。きっと加減をわからず頭の中まで丸っと変身させてしまっているのでしょう。いつだって良い加減というのは難しいものです。


 とまあ所見はさておき、今では『変身術』は『未解難関魔法』の一つとして扱われています」


 予想外に知識欲が満たされるような、新しい学問に対する授業を受け、少し呆けて感心してしまう。

 一見出来ないように思えない魔法なのに、なぜ今までの研究者が解き明かせない問題が発生してしまうのか。確かに気になってきてしまう。

 理論分野に明るくなければ興味もなかった俺でもそうなった。つまりきっと隣でボズマーも自分なりの考えを纏めるように思案に暮れていることだろう。


 そう。今は決闘場の上に立ち、戦闘訓練の最中だってことをすっかり忘れ始めている。


 それが先生の作戦なのか訓練の一環なのか天然なのかはついぞわからなかったが、まんまと油断した俺達の前には球体が生まれていた。


 くるくると回っていた人形は、いつの間にか繭のような球体にその見た目を変え、中に生き物でも入っているかのように時折蠢いている。


「では、第二段階。今話題のオオカミさんに登場してもらいましょう!」


 くるくると回す杖の勢いを緩め、そのまま流れるように繭をとんと叩く。

 すると繭の蠢きはより顕著になり、毬栗みたいにトゲのような突起をいくつも生み出しては、また球体にもどり、また弾けるようにトゲを出しを繰り返す。


 中から何か産まれてくるような様子に、そしてその気色の悪さを覚える羽化に、じりじりと顔を引きつらせながら後退してしまう。


 時間にして数十秒ほどだろうか。蠢きが急に収まると、どろっと繭は地面に溶け落ちる。

 液状になったような繭は、落ちる勢いのまま跳ね返っていく。スライムのような形状変化をしながら地面から起き上がると、そのまま液体はオオカミへと姿を変えた。


「今度はさっきよりかなーり大変かもですよー?」

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