第18話 バチバチ2

 カタカタカタカタ……。


 高速で積み木を積み上げているような音を鳴らしながら、白人形はゴブリンを形作る。――――――と言っても見た目が変わるわけではない。一般的に「魔物」と分類される知能の低いゴブリン種がよく見せる戦闘姿勢を取るだけだ。


 この「構え」と動作の精密さがそのまま物体操作の魔法の練度を表す。どうやらこの先生はかなり高いレベルでこの手の魔法を扱えるようだ。

 とはいっても、これがいかに良い訓練になるかはここからさらに「戦闘理解度」「模倣する対象(今回の場合は魔物)への理解度」が関わってくる。ヴィクトリアの感嘆の声はこの「贅沢さ」に対するものだ。


 場合によっては「模倣」の必要のない操作で十分であり、むしろそちらのパターンの方がが多い。

 今回は「野外演習で予測される戦闘行為への対策」という前提条件があるため、ある程度は対象の魔物に近い動作を行う必要がある。本来ならばこのような余計な「気遣い」をしながら行う訓練方法ではない。


 確かに対象を模して訓練が行えるならばなによりだ。

 だがただでさえ「白人形を魔法で操作する」というひと手間がかかっているのに、その上で「対象を模倣する」とすれば、それを行える使い手はさらに限られてくるだろう。

 いかに「白人形は無詠唱操作が直感的感覚的に行えることを重視して調整されている」としてもだ。


 なので俺としても彼女を本当の意味で舐めていたわけではない。小舞台四つ分、つまり四人もこの難度の訓練を行えるということは、それだけでこの学園の人材の層が厚いことを表している。


 ただ、だからこそ「可能」というだけで彼女がここに呼ばれたのではないかと危惧したわけだ。もしそうならもしかしたら俺達のような「戦闘ができる」という枠組みにいるグループは他の先生に担当してもらった方がいいのではないかと。


 まあその失礼な気遣いは、ただただ余計な思い上がりだったと思い知らされることになったから、こうしてしっかりと今反省しているわけなんだが。



 自分の関節が問題なく動くか確認するように一つ一つ曲げていく。確認が終わると今度は、その後にゆっくりと図鑑で見たような緑ゴブリンの基本姿勢を取る。猫背になり、肘を少し曲げたまま両手を前に置く。膝もいつでもとびかかれるように曲げ、腰を突き出すようにする。

 この人形はしっかりと五本指とその関節まで用意されているので、手には刃渡り三十センチはあるナイフを慣れた手つきで握りこんでいる。


 そう。これはのハズである。

 あまりに自然にまで動かしているが、当然その顔は瞳どころか顔のパーツ一つもないまっさらな木目である。


 当然そんなただの人形が「視線」など動かす必要もない。

 操作対象物と術者の視点をリンクさせる魔法は確かに存在する。しかしそれはあくまで「視点」をリンクさせるもので、瞳もない人形にそれをわざわざ施すのは手間も難度も馬鹿馬鹿しく上がってしまうだろう。


 つまりこの講師は少なくともそんな「馬鹿馬鹿しい難易度の術をわざわざかける余裕」か「そんな術をかけていると錯覚する程の自然な動作」を行えるということだ。


「おい。ボズマー……」


「ああ。気を引き締めた方が良さそうだ」


 あいつもそれに気が付いたようで、二人の意識が急激に切り替わる。


「あらあら。二人で通じ合ってますの?チームなのですから何か共有すべき情報があるなら言っておくべきでなくて?これは実践ではないのですわよ?」


 俺達が何に気が付いたかはわからないが、雰囲気が変わったのは感じ取ったのだろう。

 そしてヴィクトリアの言う通り、これは話す余裕も貰えないような実践ではない。普段は二人でわかっていれば済むことがほどんどだったから失念していた。タイムを貰って一度共有すべきだろう。


「おっと悪い……!センセ!タイム!いったんフォーメーション再確認させてください!」


 手をぱたぱたさせながら声を張ると、先生もぱたぱたと手を振り返し、白人形は直立の待機姿勢に戻っていった。


「どうしたのー?会議通りの流れじゃまずかった?」


 何もわかっていない様子のメアリーとシェリルは不思議そうな顔をして近づいてくる。ヴァンダルムは……無表情だが、恐らく気が付いていたのだろう。特に疑問を浮かべるでもなく二人の後ろからついてくる。


「いや、問題というか……ちょっと想像以上にあの講師、かなり『出来る』ように見えたから、こちらも最大限気を引き締めようって話なんだ。

 詳しく気になるようなら後で訪ねておくれ。少なくともギルベルトとは意見が一致したから警戒しておいて損はないだろう」


「おお……!二人が言うならそうなんだろうね!強者の勘ってやつは信じとくが吉だよ!」


 ボズマーの説明に、三人娘は神妙な顔で頷く。ヴァンダルムは一人、白人形を観察しているようだ。


「お待たせしました!始めてください!」


「……ハッ!?もういいですか?――――――じゃあ、いきますねー!」


 せいぜい一分も話していないのにすでに集中が切れていたのか、驚いたように先生は白人形を再度構えさせる。

 二度目の確認を経ても『恐らく』だが、視線共有は行ってはいないことはなんとなく見て取れた。


 会議通りの配置につく。先頭、前衛に俺とボズマーが並ぶ。その後ろに中衛としてメアリーが大剣を構え、後衛はその他三人。


 魔法知識も対応力もシェリルが一番あるだろうと、後衛二人の間で、全体を見渡せるように更に少し後ろに立っている。


 初めての面子でどこまで上手く連携が取れるかはわからんが、ロクに連携したことがない人間が揃ったにしては恰好が付いているように思える。


 しかし緊張は避けられないようで、それぞれ肩で息をするように息遣いが聞こえる。でも大事なのはその息遣いのテンポを合わせることだろう。背中越しでもグループ全体のリズムが感じられるならばむしろ悪くない。


 吸う息が合い、そしてズレる。吐く息が重なり、誰かが大きく吸いなおす。


 完全に合わせる必要はない。「息を合わせる」ってのはそういうことじゃない。

 ただ仲間を感じ取れればいい。意識も視線も各々の思うままに、ただ自分の仕事をする。その上で全員が、まるで一つの音楽のように、合わさった時に形になればそれでいい。


 意識を塗り替える。一人で暴れたらいい時とは違う。新鮮だが悪くない。戦闘前の空気。思わず口の端があがる。歯をむき出しにするように、嚙み締めたままに息を吐く。


 先生の表情は変わらない。柔和な笑みを浮かべたまま。手を、掲げる。そして、振り下ろした……!



 カラカラカラカラ……!!!


 ネズミを走らせる滑車よりも軽快な音を鳴らしながら猛スピードで人形が走り出す。構えは緑ゴブリンだが、スピードは一般的なそれを明らかに超えている。


「おいおいおいマジか!倍速だろこれ!!!」


 普段高速戦闘をこなしている俺なら問題なく対処はできる。だがスタートからいきなり想定外が起これば、流石に焦った声が出る。俺が対処できたところで、後衛中衛にいる女性陣が対応できなければ意味がないのだ。


「だいじょうぶ!これくらいなら余裕で見えるよ!」


 後ろから楽しそうな声が聞こえる。やはり似た者同士が多いようだ。


「左右分かれて移動阻害します!」


 シェリルの声に反応して、ヴァンダルムとヴィクトリアがステップを踏むように左右に広がる。


「水刃!」「火球」


 ヴィクトリアに少し遅れてヴァンダルムの宣告が入る。魔法自体はほぼ無詠唱だが、前衛に放った魔法の種類がわかるように宣言するように決めていた。


 宣言のズレなんてなかったように、人形の左右に同時に魔法が到達する。

 あえて弧を描くように発射された魔法は、味方には当たりづらく、


 白人形は駆けている時ですら曲げたままだった脚を、思い切り蹴飛ばすように伸ばして地面を叩く。そのまま空中で転がるように前に躍り出る。そして目標を失った魔法は、地面に吸い寄せられるように同時に落ちて衝撃を起こす。


 その衝撃を受けて空中の人形は更に加速したように二回転半ほど回る。突進スピードは上がったが関係ない。人形側にしては想定以上に回転してしまい、空中で不安定な姿勢。これでは「詰み」である。


 そのまま人形に向けて走り出していた前衛二人で分け合うように俺は首、ボズマーは腰に剣を叩きつけた。



「ねええええ!!!!私の出番!!!!せっかく私も走ったんだから取っといてよおおお!!!」


 中衛だから仕方がないとしか言えないが、遅れてきたメアリーが大剣を片手で持ち上げて抗議する。


 ふうと一息、何事もなく連携が取れたことに安堵していた前衛二人は、そのいつも通り過ぎる声を聞くと少しはにかんだ。



「流石ですねえ~……!!初めて組んだとは思えないチームワークですー。これならでも余裕でこなしちゃいそうですねー!」


 講師は懐から研究者が好んで使うような十五センチ前後の短いワンドを取り出すと、くるくると回した。


 綺麗に三つに分かれた人形は彼女の足元へと戻っていき、ワンドの動きに合わせてくるくると回る。


 小さな竜巻のような軌道で、残像だけを残すような勢いで回る。速すぎて詳細が見えないほどの回転スピードにまで達すると、しばらく回り続けた後に急に減速した。

 俺の動体視力で追えるスピードまで回転速度が落ちた時には既に元ののない人形の姿に戻っていた。



「じゃあこのまま第二ラウンドいっちゃいましょうかあー……!!」

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