第17話 バチバチ1

 「あら、先生方がわざわざ操作してくださっているのね。なら折角なら並んでみましょうか」


 ヴィクトリアは縦ロールをぴんと手で払うと好戦的な表情を舞台に向ける。

 この年齢で「戦闘巧者」と呼べる者達を集めた弊害か、どうやら俺を含めたほとんど全員が戦い競い合うことに意欲的らしい。例外は(俺の勝手な印象だが)ヴァンダルムだけだろうか。



 俺達が集合した「決闘場」。学園にある演習場の中でもここはなんだか一番血の気の多い雰囲気を感じる。

 

 一言で「演習場」と言えば、実はこの学園には片手指では数えきれない程にある。

 それぞれどんな用途なのかは字面である程度想像して貰うとして。「射撃場」「野外演習場」「大演習場」「基礎訓練場」など、用途によって使い分けたりする。

 又、他学年等とのダブルブッキングを防ぐ目的もあり、ある程度多用途に使えるように自由度の高い設計がなされている。


 この学園の魔術科生徒達は研究者志望の奴らでさえ「実証」「実験」「検証」だとかで演習場を利用することが多いのだ。体を動かす目的が無くても「演習場」の需要は高い。


 この「決闘場」はその中でも用途が限定されすぎているように感じる。だだっ広く円形に広がる空間に、中心に大舞台、そこにクロスするように上下左右小舞台が並ぶ。少し地面からせりあがった大舞台のもう少し高い位置に、円形の空間を取り囲むように客席が並ぶ。


 「客席」というからには、実際に内外部問わず客を座らせることがある。

 実技系の種目でいくつか学内大会が行われる時には、学園や有望な生徒の宣伝がてら外部から人を呼ぶことがあるのだ。


 確かに、そういった用途があることは理解している。しかし「学校施設」としては少し物騒に感じてしまう。

 観戦するだけならば別にここまでしっかりとした客席を作っておく必要は感じないし、この決闘場を出てすぐ隣には「大演習場」や「基礎訓練場」もある。

 教育を目的として作る施設なら座席など後から用意するような気がするし、そもそも俺にはここが「教育を目的とした施設」であるようにはとても思えない。


 そして「何もない舞台」は一見自由度の高い施設に感じるが、気軽に使うには正直少し威圧感がある。

 今は誰も座っていないとはいえ、周りを客席に取り囲まれ監視されている気分になる。円形に開いた天井もない空間は、どことなく「何も支えてくれるものがない」ような感覚にさせられる。……上手く言葉にできないが、まあ要は俺が単純にこの空間が苦手なだけかもしれない。



 ヴィクトリアが指したのは小舞台の一つ。

 どうやら四つの小舞台ではそれぞれ教員が白人形を操り、対魔物との模擬戦闘を指導してくれるらしい。

 後で聞いた話だと、今回は裏森での戦闘を想定した訓練であるため大舞台では広すぎるのだそうだ。確かに森の中では木々が当然邪魔をして十分な交戦スペースを取れない状況がほとんどだろう。


 ちなみに大舞台では「せっかくだから」とグループ同士の模擬戦が行われている。

 今回は小舞台がメインで訓練しているとはいえ、他者と連携を取る経験がある生徒の方が少ないだろうし、複数対複数の訓練をしておきたいというのはいいことだろう。

 一応、監督に一人教員が付いているようだ。そう考えると新入生だけに教員五人。精々長くて半日だけとはいえ、今思えばかなりの好待遇である。

 


 と、そんなことを考えていると我々の順番が回ってきた。我々が全員揃った時にはすでに多くのグループが決闘場に集まっていたが、どうやらタイミングよく一つか二つ待つ程度で済んだようだ。


「そろそろ空いたみたいだぞ」


 俺は後ろで姦しく会話を楽しんでいる三人娘に声をかけると、ボズマーと並んで舞台上に上がるための段差をゆっくりと上がっていく。


 舞台上には入試の時に見かけた小柄な中年女性。この舞台では彼女が白人形を操ってくれるようだ。


 丸っこい顔にころころとした笑顔を絶やさない、とても優しそうな教員だった。入試の時からその安心感を与える雰囲気が好ましいと思っていた。

 しかしよくよく考えてみると今でも彼女の名前は知らない。受けている講義で見かけたこともないから、きっとかなり理論畑の講師なのだろう。


 魔法を学問というより生活のための技術と捉えていた俺は、あまりかかわりがない授業や講師も多いのだから知らなくても不思議じゃない。




 当時の俺は生意気に「ハズレかなあ」なんて考えていた。

 もっと実践的な講義や実技を担当している先生の方が、きっとスリリングで発展的で勉強になる模擬戦闘を経験させてくれるだろう。……と、要は幼少期によくみられる「相手の見た目などで判断して舐めた態度を取るクソガキ」だったと言われれば……恥ずかしながら否定できない。


「おいボズマー。これ大丈夫か?一応俺達は魔法戦闘学年一位扱いのグループなんだろ?」


「……失礼だぞ。……まああの雰囲気を見ると言いたいことはわからんでもないが、仮にもシェロン学園の魔術講師だ。我々のような子供相手なら問題なく対応できるんじゃないか?」


 みなまで言わずとも、俺の失礼な発言を理解を示した上で窘める。

 ボズマーは当時から紳士で大人な奴だったから俺の話に乗ってくることこそしないが、恐らく似たようなことは感じていたのだろうと口ぶりでわかった。


「まあそりゃ対面一対一ならそうだろうけどさ。今回は白人形経由で、しかもこっちは六人だぜ?流石の先生でもしんどいんじゃないか?」


 まあ俺も当然わざわざ優しそうな先生に悪口を言いたいわけじゃない。

 こそこそとボズマーに耳打ちして、今からでも他の講師が対応してくれる小舞台に並びなおそうかと考えていた。



「あらあらあら。別に一回しか並んではいけないという決まりはないんですよ?

 試しに一回挑戦してみませんか?」


 不意打ちで響いた女性講師の声に思わず「ビクッ!?」と体が跳ねる。

 周りも模擬戦を行っている中、更には別に私語を禁じられているわけでもないので話し声も多い。

 同じ舞台上にいるとはいえ、まだそこまで距離が近いとも言えないのにまさか声が届いているとは思わなかった。


「……っとすいません!聞こえました?いや、別に悪く言おうってつもりじゃあ……すいません」


 咄嗟になにか言い繕おうとして、いやなにを言っても言い訳にもならないなと諦めて素直に頭を下げる。


「いいんですよぉ。実際に私の専攻は実技じゃなくて理論系ですから。でも、こんな頼りない雰囲気でも、意外とやるんですよお?

 ……そりゃあ、軍隊とか騎士団あがりとかの実技の先生には勝てないかもしれませんが……」


 そういう彼女の姿は余計に頼りなく見えるくらい、しょんぼりと猫背を作っていた。


「あら?何かありましたの?」


 後ろからヴィクトリア達がゆっくりと舞台に上がってきた。さっきまでの自分の発言には当然後ろめたさしかないので曖昧に笑って返す。


「皆さん揃いましたね?――――――では、今までの授業のおさらいを始めましょうか」


 女性講師は柔らかな雰囲気と優し気な話し方のまま白人形を立ち上げる。

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