第16話 「あくまで主観の話」とかいう誤魔化し@ばん

 いつからだろう。「自分は変われた」という間違いにようやく気が付いたのは。


 いつからだろう。「成長した」とか「大人になった」とかなんでもいい、自分が「もっといい人間になれた」と感じる瞬間が少なくなったのは。


 いつしか「これが自分だから」と心の中で誰にも聞かせるつもりのない言い訳を重ねて「諦める」ようなことが多くなった。



 周りの少年少女は一足飛びで成長して変わっていく。私の、前世から数えたら何十何年目のたった一日に、彼ら彼女らは小さな発見をして大きく背を伸ばす。


 今年の新入生はほとんどが十歳前後の子どもらしい。このクラスで伸び切ってしまった上背を持て余しているのは私だけだった。


 少女は今日も、少しでも大きく見せようと背伸びをする。もう恒例となりつつある「勝負事」は、老いた私には意義を感じられなかった。


 私はいつも彼女を適当にあしらって、彼女だってそれに気が付いているはずなのに、それでも何度も私の背を叩いてくる。


 正直億劫でしかない。私はとうとう彼女に現実を見せつけて諦めさせようと思った。大人げなく脅かして、「いい加減構ってくれるな」と上から𠮟りつけようとした。


 わざわざこんな祭りの日にそう思ったのは、私の小ささが所以。前の私からそのまま引き継がれた小心者が、私をいつまでも孤独にしていたから。



 ああそうだよ。ぼっちだよ。悪いかよ。


 あーあ。美少年に産まれて「これで人生イージーモード」なんて胡坐をかいて生きていたらこのザマだよ。どうなってんだよ。なにもしなかったんだよ。


 どうやら私は「近寄りがたい高嶺の花系美少年」だったらしく、前世からの受け身一辺倒のコミュ力じゃあどうあがいても友達なんてできるはずもなく……。


 「いやいや、精神年齢的に?話も合わないだろうし?子供なんて相手にしてられないからね?」と目をきょろきょろと無様にバタ足させてなんとか平静を保って生きてきた学校生活でしたよ。

 その虚しい言い訳もまあ――――――奇跡的に話しかけてくれたドワーフのゼファー君がこれまたいい子で、ええ、話、めちゃくちゃ合いました。


 図書館で暇を持て余していると、「何か探しているの?」と声をかけてくれた。

 既に半年近く孤高の美少年だった私は、歓喜のあまり精一杯どもりながら「暇」という内容を事細かに説明した。


 その無様な孤高の人を見つけると、彼はなにやら嬉しそうな顔になっていろいろと自分の好きな本を紹介してくれた。やはりどの世界でも「布教」とはオタクの最上級娯楽であるらしい。


 ゼファー君は物語系の本が好きらしく、この世界の色々なお話を聞かせてくれた。

 この世界の昔話や伝説や伝記や歴史やらなにやら、この世の中の人々には退屈かもしれないただの事実でも、私にはファンタジー小説としてするすると楽しめた。


 私の方でも、前世で読んだネット小説やらの内容を「自費出版で数えるほどだけ出版された、もう手に入らないであろう書籍」として話してみせる。それを探すのが趣味なんだと嘯きつつ彼に次々披露していった。


 彼はきらきらとした純粋な目で「そんな本があったなんて!羨ましい!僕も読みたい!」と私の話を真剣に聞いてくれた。私だってオタク気質で、そんな関わり方が楽しくて仕方がなかった。


 私たちの出会いは図書館で、仲良くするのもほとんどが図書館だった。彼は私と似たように物静かに日々を過ごす人で、私と違ってそれをさほど気にも留めていないようだった。


 それでも「同じ目線で話せる」友人を、どこかでずっと探していたとぽろりとこぼしたのを覚えている。

 教室ではアイコンタクトで触れ合う程度で、放課後に図書館でその時のことを思い出し、笑いあう。それがなんだか秘密の遊びの様で心地よかった。



 祭りの日は絶対に彼を誘って遊びに行こうと決意した。王都のこの日がどんな盛大なものかは噂に聞いていたから、だからこそ一人はちょっと流石にキツかった。


「明日は……ちょっと忙しいかもしれない……」


 まさか断られるなんて夢にも思わなかった。

 私たちの友情はそんなものだったのか!なんて、逆上するなんてことは一切なく、ただただしょぼくれた。「もしかして今までもぼっちの私に気を使ってくれていただけで本当は友情なんてこっちの勝手な思い上がりなのではないか」と瞬きの間に羞恥と申し訳なさと寂しさと大きな後悔の入った渦潮に放り込まれていく。


 私のそんな顔をみて彼は申し訳なさそうに少し笑顔をみせると


「最近頑張っている研究が大詰めなんだ。そっちが気になってしまって祭りも楽しめないくらいで……。

 ごめんね。キリのいいところでどうにかして合流してみせるから、待ってて?」


 なんて言ってくれた。どうしよう。もう私は彼なしでは生きていけないかもしれない。


「ゼファー君は真面目だなあ。

 確か、前から目標にしてた魔法を研究しているんだっけ?

 副担のフレードル先生が協力してくれることになってから、最近良い感じなんだっけ?」


 取り繕うように、からかうような声色で誤魔化す。

 きっと彼にはもうこのポーカーフェイスも通用していないのだろうけど。


「そうなんだ!夢だった魔法が明日には完成しそうで……!

 ……だからごめんね?来年は絶対に最初から最後まで一緒に回ろう?」


 多分今も無表情な私の様子から、寂しがっていることが彼にはわかってしまったのだろう。どこか嬉しそうな、それでいて本当に申し訳なさそうな様子で私の手を握る。


 子供同士ならこういうタイミングで別に手を握るくらいは不自然でもないのはわかっているけれど。

 枯れ切った前世の魂がさわさわと揺すられるようにときめく。萌える。これが「萌える」ということか。


***


 そんなこんなで当日午前授業。いつものようにシェリルさんに絡まれると、なんだかいつもの数倍かったるく感じたわけである。


「上等じゃねえか!おめえとオラの実力差っちゅうもんを見せつけちゃる!!!精々沫食って後悔する間もなくへっこまされて帰りな!!!」


 という意気込みを、教室に貼ってある学級目標くらいの存在感で瞳に込める。

 深い溜息をついていかにも「迷惑しています」という上から目線な態度で煽っていく。

 途中「ちょっとこの煽り方はやりすぎかも」と思い直して腕を組んでいかにも「考え事してます」のポーズ。いや違いますよ?さっきの溜息はちょっと返答に困って悩んでいる感じの溜息ですよ?別に喧嘩売ってるとかじゃなくてね?


 こんな感じに私が着地点を見失っていると、畳みかけるようにシェリルさんはど正論で私を責め立てる。


「なに?いつもいつも適当に手を抜いているのは、私にはわかっているのよ?不服なら本気で授業に取り組んだらどうかしら?」


 両手を腰に、胸を張って真面目系委員長のポーズ。

 確かに私は真面目にやってないから何も言い返せない。寧ろ咄嗟に「ごめんなさい」と言いそうになる。


「む……」


 左手が口を押えていてよかった。口から零れ出た謝罪の言葉をすんでのところで塞き止める。

 ここで咄嗟に謝ったりしたら今までの対応はマジでなんだったのかとなってしまう。私がただただ失礼な人間ということになってしまう。



 「続いて、Bクラスギルベルト対Aクラスボズマー・シュトレイン」


 響く教師の声に釣られて自然と視線は舞台に向かう。

 そこには見覚えのあるようで初めて見た存在が立っていた。


(えっモヒカンじゃん)


 完全に世紀末にヒャッハー暴徒してそうなビジュアルの生徒がいた。私より少し年上くらいの少年だ。その風貌と年齢のアンバランスさが彼の異様さを際立たせる。

 成長したら強面になっていても不思議じゃないが、この年齢だとどうしたってまだまだ純朴さを纏った顔つきが抜けきらない。


 もうシェリルのことなんて完全に頭から抜け落ちる。リアルモヒカンヘアーなんて前世から数えても初めて見た。もう彼から目が離せそうにない。


 そして始まる試合。―――――ガチで「ヒャッハー」言ってますけど!?


 っていうか「雑魚そう」な風貌に対する固定観念を吹っ飛ばすほどの迸るアクロバット。

 それを見ていた私は気が付いたら無表情のまま口が開いてしまう。……ホント自分の左手が良い配置してた。おかげで口半開きのアホ面を晒さずに済んだ。


 相手もうまく対応していたように見えたけど、そのまま勢いに押されてモヒカン君の勝利。

 え。本当にすごい。なんか感動した。技名もよかった。なんか拘りが感じられて私は好き。


 いいもの見れた――――――と鼻息を少し荒くして。


「放課後、一人で、演習場に来てください。『まじめ』にやるので。できればそれである程度納得して貰いたいです」


 モヒカンのヒャッハーな勢いに押されて、ポロリと零すように宣戦布告である。

 ありがとう。モヒカン。ありがとう。ヒャッハー。勇気を、ありがとう。


***


 今日は午前で授業が終わり、頭の中でモヒカンの雄姿をリフレインしていたらあっという間に約束の放課後になっていた。


 彼女に見せつけるなら何がいいだろう。約束の決闘場に向かう道すがら考える。

 実力差を見せつけて圧倒してやりたい。もうここまで来たら遠慮なく威圧してやって、もう構ってくる気なんて起きないほどこてんぱんにしてやる。


 私はそんな謎の勢いに押されるまま、大人げない計画を練っていた。


(そうだな。あの子が入試の時にやっていた魔法にしよう。あれを派手にサラッとやって見せたら、ちょっとはびっくりするだろう)


 方向性が定まると、おぼろげな記憶を呼び起こす。

 当然詠唱なんて覚えていない。正直、大体イメージできれば魔法なんてすぐにできるのに、わざわざ詠唱を覚えたり勉強したりが面倒に思えて仕方がない。

 最初は憧れるとかかっこいいだとか思っていたけれど、実際『やらなくちゃ』って感じになるとすぐに飽きて面倒くささが勝ってしまった。


 (まあ、細かいところは適当でいいか。大体見た目がそれっぽくて効果を派手にしとけばインパクトは残せるだろう)


 そんな適当なことを考えていると、彼女が待っている姿が見えた。おや?予定があったように聞いたけれどどうしたのか。


 聞くと暇を持て余して待っていたとか。祭りの日にである。これは彼女もぼっち仲間かもしれない。ちょっと仲間意識が芽生えてうれしくなって、少しにやけてしまう。


 (まあね。私も大人げない感じなところもあったし?せめて態度くらいは優しくしてあげよう)


 とか考えつつ、「今日のことは内緒ね」といった約束を取り付ける。これは拘りポイントである。やはり強大な力は一旦隠してこそ輝く。ロマンである。


 後はサラッと魔法を見せつけて終わり!どうよ!これで満足かあー!


 とかなんとか調子に乗っていたら魔法をぶつけた人形が溶けていっているのに全然気が付かなかった。


「ああ……学校の備品なのにこんな……ああ……どうしよう……」


 本当に調子に乗るのはいけない。それで今回みたいに何度失敗を繰り返してきたことか。私はいつになったら学習するのか。


 

「あの……今まで……ごめんなさい。あなたの事情も考えず、私、勝手な人間だった」


 あわあわしていたら急にシェリルさんが謝ってきた。え……?やだなに?こわい……。


 どうやら私が何か暗い過去やら背景を持っていて、そのせいでわざと能力を低く見せていたのだと考えたようだ。


 いや、確かに「子供のうちからやりすぎたら面倒なことに巻き込まれそうで嫌だなあ」くらいは思っているが、別に何か昔に事件が起こったとかそういったことはない。むしろ「隠された力ってなんかかっこいいじゃん」くらいに考えていた。


 そんなアホみたいな本音を自分で直視してしまうほどには彼女の姿勢は真摯に見えた。


 途端に自分が恥ずかしくて仕方がなくなる。何を偉そうに「実力差を見せつけてやる」だ。自分が持っているものなんてほとんど神様的なものから力を与えられただけで、自分の力で得たものなんて大してないだろうに。


 純粋な向上心をもって頑張っている少女に、こんな不真面目な人間が気を使われてしまうなんて—―――――。



 表情を失ってしまったように硬直して、ただ、彼女を見ていた。


 見ていたなんて言っても、視界がぼやけたようにただ彼女の輪郭を感じていただけだった。


 十代に入ったばかりの幼い少女。年相応に純粋な喜怒哀楽が彼女の輪郭を歪ませる。ページを一つ捲るほどの感覚で変化を見せるぼやけた少女の形。歪んでいるように見えているだけなのに、その変化の揺らめきは私の瞳にちくちくとトゲのような痛みを差し込んだ。


 ああ。いつからだろう。こんな風に心から人を思いやり、自分を省みて、恥ずかしさを乗り越えて、彼女はまた一センチ背を伸ばす。いつからだろう。私はいつから背が伸びなくなってしまったんだろう。


 このトゲのような光線を放つ少女は、きっと澄み切った泉のようなもので。だからたくさんの光を集めて返しているのだろう。淀んだ水の奥底まで差し込むほどの光を返す程に、きっと彼女は様々な閃きを吸収していくのだろう。


 彼女の声が遠くで響く。手を伸ばせば届く距離で、私はただひたすらに溶けてしまった木人形を抱きしめていた。


 一言「違う」と、一言「ごめん」と、そういえば彼女の背負ってしまった荷はなくなるのだろう。

 遠く遠く微かに聞こえた言葉は、かんかんかんと忙しく鳴る。火事なんかの災害や、何かよからぬものが襲ってきたときになる警報のイメージ。そんな少し愉快にも感じる焦燥感が私を支配する。


 一言なにか。なにか一言。血が波のように引いていく。頭の中の警報は、きっとその引いていく血潮が体を揺らして、脳まで揺らしているから鳴っているのだろう。


 罪悪感と焦燥感と羞恥心と――――――。そんな感情に揺られていることで自分を誤魔化している。だって私は今、口を開くこともしていないじゃないか!


 せめて口を開けば、それをみた彼女が私が言葉を発するまでこちらを気にしてくれるかもしれない。


 せめて首を振れば、きっと彼女ははにかんで私に「どうしたの?」と訊ねてくれるかもしれない。


 せめて表情が変われば、「何事か」と空気が変わって、私はもしかしたら馬鹿馬鹿しい罪を懺悔できたかもしれない。


 でも、そのどれも私はしなかった。できなかったとは言いたくない。しなかったのだ。


 ただ真顔で彼女の輪郭を眺め、する必要のない彼女の懺悔を聞き流し、自分自身の馬鹿馬鹿しい自尊心を捨てきれないがために真剣なフリをした。


 自分の醜さ、小ささに、見せつけられた卑しさに、口を開けば顎が震えてしまう気がして。

 そんな「どうでもいい」と言ってしまえる程度でしかない、自分の無様な姿を晒すことを何故か恐れて。そんなしようもない理由で、私は彼女の気遣いを享受していった。甘んじることにした。そして何かを飲み込んだ。


 わざわざそれを否定して、彼女の勘違いを指摘しても、そんなことをしたって彼女を辱めるだけだから。

 私がこのまま黙っていれば、それで誰か傷付くということなどないのだから。


 そんなおためごかしを並べ立て、私はしばらく黙秘した。


 そうやってまごついていれば、いつしか彼女は満足するまで言い終わり、小走りで駆けていく。


 ああ。行ってしまった。行ってしまったならしかたない。行ってしまったならもう謝れない。誤解のまま解かなくてもいい。私は恰好のつくままでいられたんだ。


 もう私の中でどんな言い訳を並べても、どう良いように考えたって「恰好のつく」ことなんて二度とない。自分がいかに恰好悪い人間かを思い知り続けることにしかならない。

 心の深いところではそれを理解していても、それに蓋をした。


 だってうまくいかなかったから。仕方がなかったから。彼女はもう行ってしまったから。


 ぼやけた視界で彼女の去った残像を眺めていた。しばらくそうしていると、抱いていた人形は脆くなっていたのか、灰のように粉々に砕けて風に乗って消えた。

 自分の体を支えるようにそれを抱きしめていたから、ふっと体を揺らされたような心地になって軽くなった腕を見る。


 ああ、そうだ。この後は祭りに行かなくては。


 ゼファー君が、もしかしたらもう待っているかもしれない。待たせていたなら申し訳ない。

 もしまだ彼が来るまで時間がかかるようでも、私だけで先に周っておいて、二人で行きたい場所をリストアップしておこう。


 少女の残像も、砕けた人形の灰も、とっくに消えていることにようやく気が付いて、体を前に倒すように歩き出す。

 体にかかる重力や、頭の重さに引きずられていくような感覚。もしかしたら灰になったしまった代わりをするために、私はいつの間にか人形になってしまったのかもしれない。


 誰かと周るお祭りは初めてだ。来られないかもしれないって言ってたけど、それでも誰かと約束できたお祭りは初めてだ。ならもしかしたら少しだけ会えるかもしれないし、きっと会えると思うんだ。


 大事なことを少しも言ってあげられない、不甲斐ない元大人は、子供よりも勇気のないままでとぼとぼとその場を去っていった。

 

***


ゼファー君とは会えませんでした。私はりんご飴だけ買いました。寮に帰ってからそれを一口二口齧ると、甘すぎて食べきれなくて。飲み終わったティーカップが机に出しっぱなしであったので、その中に放りました。そしてそのままその日はベッドにうつ伏せで寝てました。

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