第15話 グループ

 「さて。最後に最年少にしてこの中で最高位貴族でもあるヴァンダルム氏におねがいしようかな?」

 

 こんな芝居がかった話し方もボズマーなら似合ってしまってあまり違和感がない。多分あいつは少し緊張しているのだろう。付き合いが長いからそんな風に感じる。

 ヴァンダルムの隠したがっている才能を見てしまって、別にこんなやりとりで何がわかるというわけでもないだろうに意識してしまう。


 そもそもヴァンダルムが話している姿なんてほとんど見たことがない。同じクラスのボズマーに世間話の延長で聞いたことがあるが、普段から誰かと喋ったり授業で発言したりはあまりしないようだ。

 声をかけられたら返答は丁寧なようだが、自分から誰かに話しかける姿はあいつも見たことがないらしい。

 同じく物静かなドワーフとは何度か喋っているところを見たそうだが、それ以外で彼が話す姿を見ることは殆どないと言っていた。


「えー……ヴァンダルム・V・ヴァルバスです。体を動かすのは……苦手だと思います。魔法も……皆さんと比べるとそこそこだと思うのですが……一応火魔法が得意……ということで」


 血圧の低そうな話し方をする。ダメだ。表情が全く読めない。何を考えているのかわからないけど、何か考えながら話しているような……?いや、まともに話したこともないからこれがこいつの素の話し方なのかもしれないし……?


「えー!?すっごい謙遜するじゃん!!みてたよー!こないだの決闘場の魔法!その歳であれできる人なんてシェリルしか見たことなかったもん!!」


 ヴァンダルムとの距離感を図りかねていると、メアリーがとんだ爆弾を落としていった。


 事情を知っている三人は首が吹っ飛んでいくんじゃないかってくらいの勢いで能天気女に振り返る。


「ななななななななにを言ってるのかしら???メアリー????」


 わかりやすいほど動揺している。シェリルお前……。


「えっ?シェリルもいたよね?私たちは観客席の後ろの方にいたから遠かったけどシェリルは隣にいたでしょ?あとそっちの二人も下にいたよね?私目はいいから多分君たちであってたと思うけど……?」


 今度は並んで座っているボズマーと俺に向かって首を飛ばす。シェリルはそのままあわあわと口を震わせ、わなわなと宙にさまよわせた手をゾンビみたいに震わせている。


「ああ。真下にいたよ。いや、あれはいつものシェリルさんの不思議なあれだろう?ヴァンダルムに対する謎の対抗心というか……。あの魔法もヴァンダルムにシェリルさんが見せてたはずだけど?彼がやったように見えたのかい?」


 流石ボズマー!貴族として腹芸は上手くできなきゃな!動揺が抑えきれずにいつもより語尾が上がりすぎているような気もするが、一見全然不自然に見えないぞ!


「そうそうそう!そうなのよ!あれ私!」


 シェリル、お前はもうしゃべるな。


「えー?そうなの?私てっきり、ヴァンダルム君が実はすごい魔法使いで、その実力を認めたからシェリルが絡むのをやめたんだと……」


 よかった。目撃はしたけどしっかり確信を持っていたわけじゃなかったのか。より近い位置で見ていた人間の証言が否定しているなら「そうだったのか」と納得する程度だったようだ。


「わ。……私自身が大人げないって恥ずかしくなったの。見せびらかすように魔法を使って、嫌がる彼に挑み続けて。元々V教授の推薦のうちのもう一人が彼だって噂を聞いていたから、『きっともっとできるのを隠してるはずだ』って思い込みがあって……。ほら、私がV教授をどれほど敬愛してるかは知ってるでしょう?」


 おお。最初怪しかったがうまく取り戻した気がするぞ!やったな!シェリル!でもなんでそんなに早口なんだ?


「そうだったのかあ……。じゃあ悪いことしたなあ。

 あの日、『やっぱりシェリルも一緒にオシャレさせよう!どうせ興味ないからって面倒くさがっているだけなんだから、私たちのクロゼットから似合うやつを探して押し付けてやろう!』って話になって。結局ヴィクトリアに『嫌がるから無理に勧めるのはやめましょう』って言われて泣く泣くやめにしたんだけどね。


 その時に決闘場ですっごい魔法を出してるのをみて、興奮して私、結構いろんな人にしゃべっちゃったんだよね……。ごめん!ヴァンダルム君!」


 おまえかあああああああああああああああ!!!!!噂の発信源!!!!!


「だから言ったじゃないの。隠れ見たようなものを勝手に周りに吹聴するのはよくないですわって」


「むう……だってヴィクトリア……推薦者の噂は私も聞いてたし、実力があって一目置かれるのはいいことかなって……」


 ヴィクトリアは髪をくるくるいじりながらため息をつく。彼女は何か察してしまっているような気がする。


「そんなこといって……あなたが面白がっただけじゃありませんの?もっとちゃんと謝った方がいいと思いますわよ?」


「ぐぬっ……!……ヴァンダルム君。本当にごめんなさい!話しちゃった子にも、後で訂正しておくから……!」


 メアリーは手を合わせて、くくった髪をぶんぶん暴れさせながら頭を下げる。


「いえ……誤解が解けたならそれで……」


 ヴァンダルム、お前は器がデカいよ。



 これで一件落着!憂いもなくなって、その後は段々とこのグループも打ち解けあうことができたと思う。相変わらずヴァンダルムは言葉を発しないが。


 順調に会議を進めると、すぐに大まかな方向性が定まってくる。というよりも、火力三人娘を俺とボズマーがフォローしていく形が一番わかりやすくて連携も取れやすいだろうって話になった。


 そもそも狼系がいないなら、いやこの面子ならそこいらの狼系魔物でも怪我無く倒せるだろう。学校でも頭一つ抜けた生徒が揃っている。


 代わりに当然コースは一番危険度が高いルートだ。だからか、他の生徒達からも戦力の偏りに文句の声があがることはなかった。危険度が高いといっても緑ゴブリンが住処にしやすい洞窟があったり、一角イノシシが強襲してくる餌場の近くを通ったりとその程度。正直それくらいなら俺一人でもなんとかなる。


 しかも当日は先生と、臨時で雇う冒険者が引率として巡回しているらしい。引率は基本的に戦闘になっても手は出さないが、万が一の場合があっても問題は起こらないと言っていいだろう。


 ここまでくると過保護すぎる気もするが、それだけ俺たちがまだまだガキだってことだろう。

 こんな新入生のイベントなんて来年からどんどん難易度があがる演習の予行演習のようなものだ。実際はじめに「雰囲気を掴んでこい」って説明を受けたしな。



 とまあ、森歩きや戦闘対策の方向性も定まったところで、俺たちも喜び勇んで決闘場まで行くことにした。後は実際に連携を取ってみて、違和感のある所や不具合を修正していこうって話になった。


 三人娘は運動着に着替えると言って、一旦男だけで演習場に向かう。男どもはある程度制服が汚れても気にしないが、流石にスカートで訓練をするのは憚れるだろう。


 決闘場にはすでに何組かのグループが連携訓練をしていた。

 やはりと言ってはあれだが、他のグループの生徒たちの動きは俺たちに比べてかなり緩慢に見える。いや、今年の新入生は殆ど同じ年頃のガキしかいなかったはずだから、それを考えると動けている方なのかもしれない。


 すると、すぐ後ろから少しガラの悪い連中がきた。

 恥ずかしながら同じBクラスのティム達だ。今ノッている商家の跡取りだか何だか知らんが、いつも子分を引き連れてイキっている。あいつが貴族に絡んでる姿は見たことがないが、よく大人しい平民の生徒には絡んでいるのを見る。


「おーいおいおいギルベルトくんじゃあないか。今日も面白いヘアスタイルだねえ。そのうちそこからブーメランみたいに飛んでいくんじゃあないか?」


 なにが楽しいのかけたけたと子分たちと笑いあう。よくこうやって煽っておちょくってくるが、ちょっと馬鹿にされたくらいで真面目に相手するのは馬鹿馬鹿しくなる。


「なんか用か?俺たちはこれから連携訓練だ。悪いけどこっちを優先させてもらうぜ?」


 奴の反対側、俺の陰に隠れていたうちの班員を顎で示す。そんなつもりは俺にはなかったが、その先にボズマーがいるのを見つけたようだ。

 ティムは少し肩をビクッと震わせると、俺にだけ聞こえるように少し耳元に近づいてきた。


「シュトレイン家の腰巾着め。威を借って威圧してくるなんて小さい男だ」


「ティム・プルーマ。私の友人に用がないなら返してもらおうか。……ああ。先に謝っておくが、私はかなり器が小さい男だから、友人を侮辱されるとすぐに激昂する癖があるんだ。悪いが頭に入れといてくれ」


 腕を組んで指先で腕をとんとんと叩いている。ボズマー……かなりイラついているな……。俺としては悪くない心地だが、こんなんに関わってやらんでもいいんだ。お前が気にすることじゃない。


「……ッ!いや、なに。ただ同じクラスのよしみで世間話がてら情報収集でもって感じでしてね?いやはや、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」


 いびつになった笑顔をボズマーに向けると、すぐにまたこちらに振り返ってひと睨み。そのまま肩で風を切るようにスタスタと去っていった。

 一体俺のどこがそんなに奴の興味を引いているのか。気に食わないならほっといてくれりゃいいのに。


「一応怒ってくれてありがとうな。一応だがな?あんなのほっときゃいいぞ。無駄に損した気分になるだけだ」


「言っただろ。私は器が小さいんだ。それだけだから気にするな」


「気にするなってお前なあ……」


 すねたように言うボズマーに少し気分が和んでいると、ふとヴァンダルムが目に映った。


 珍しくにこやかに会話をしている。そんなたくさん関わってはいないが、あいつのあんな穏やかな笑顔は初めて見た気がする。笑顔自体見た記憶がない。


 相手は小さなドワーフだった。ドワーフは身長が伸びづらい人種だが、その中でも一際小さいように思える。確か名前はゼファーだったか。


 思わず注目してしまったが、あまりじろじろと眺めているのも失礼だろうと気を取り直す。すると逸らした視線の先から着替えを終えた三人娘が姦しくやってきていた。


「お待たせいたしましたわ。決闘場は空いてまして?混んでるようならAクラスの広場も使えるそうですわよ?」


「いや、混んではいるが、どうやら今日はアレが相手してくれるようだ。一度戦闘をしたら次っていうように順番待ちはあるが確実に順番は回ってくるそうだ。

 せっかくだし面白そうだから並んでみないか?」


 ボズマーが顎で指し示した先には、人間の大人と子供の中間くらいの大きさの、真っ白な人形が立っていた。


 どうやら疑似魔物として白人形が相手をしてくれるらしい。白人形は魔力で動かす練習人形だ。動き回る対象に魔法を当てる訓練なんかによく使われる。


 木人形よりも耐久に劣るが、直しやすく、動かすための魔力労力が少なくて済むのだそうだ。


「あら、先生方がわざわざ操作してくださっているのね。なら折角なら並んでみましょうか」

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