第14話 いつまで経っても克服できないことって誰だってあるよね私悪くないよね

 私シェリル・アンドレアは、彼の「真面目」な姿を見せてもらってからわかりやすいほど態度を変えてしまった。


 不器用な私は、彼の切ない望みを叶えるために全力で空回りしていた気もする。不自然なほど前とは違う態度。

 彼を目立たせないようにまるで目立ちたがり屋のように振舞って……でもその振舞いはなんだかうまく受け入れられてしまって、「ああ、案外みんな私のことそんな風に見ていたのか」と少し切なくもなった。



 祭りの翌日には校内に二つの噂が流れ始めた。

 一つは裏森に出る人狼の噂。もう一つは「新入生の中に実力を隠した天才がいる」というものだった。

 

 なんでも、V教授の正当な後継者に選ばれたとか、実力はすでに教授に並ぶほどだとか、亡国の王子が命を狙われることを恐れて目立たぬようにしているらしいだとか。尾鰭が付きすぎて実は産まれ変わった伝説の賢者の魂が宿っている、なんてのもあった。


 それまでの私の態度は悪い方悪い方へと作用した。


 元々彼は見た目の良さで注目を集めやすいのもあって、噂の天才魔術師とは彼のことなのではないかと疑う視線が集まり始めていた。

 そこへ元々魔法の実力で目立っていた私の態度があからさまに変わった様子を見て、噂も信憑性があるんじゃないかということだそうだ。


 いったいどこから広まってしまったのか。

 焦った私はわざとらしく「馬鹿馬鹿しい。私よりすごい新入生なんているはずがないのですから」なんて周りに聞こえるように言ってみたりもしたが、効果のほどはあまり感じられなかった。恥ずかしいのを我慢して本校舎の大食堂のど真ん中で大声を張ったのに……。



 魔術科では近く野外演習がある。新入生が毎年行っているもので、内容は毎年同じ「裏森の中域に行き、狐から木札を受け取ること」である。「狐」とは魔術科召喚術講師マリアンヌの召喚獣である。


 あくまで新入生の子供がやることを想定しているので、難易度的にも演習というよりハイキングに近い。

 ただいかに裏森の危険性が低いとは言っても低難度の魔物は生息している。「戦闘の危険性が多少存在するハイキング」といったところか。


 先日行われた模擬戦は現時点での新入生の戦闘習熟度を調べるためのものだった。あの日の様子を見て、大体同じレベルの生徒同士を組ませて、進ませるコースもそのグループのレベルに合わせて決める。

 「バランスよく成績上位者と下位者を組ませよう」なんて気が微塵もないところがこの学校らしくて私は好感が持てる。


 人狼の噂はこれに付随して大きくなったものだった。

 元々冒険者ギルドに「裏森に狼系の魔物が出た」という調査依頼が来ていたことは少しだけ噂になっていた。そこに演習が重なり、生徒たちの不安を煽ったのだろう。

 はじめはまともに「狼系の魔物」だったのが、いつのまにか「夜な夜な月明かりを浴びると人狼に変身する凶暴な魔人がいる」という話になっていた。


 流石にあり得ないということは薄々みんなもわかっていたようで、ギルドから「異常は確認できなかった」との調査結果が発表されると噂も段々と収まっていった。

 大方「獣人に見慣れない者がそれを大きな狼魔物と見間違えたのだろう」というのが今の通説である。

 この国の王都には獣人がほぼいないし、狼の目撃情報と同時期に王都を訪れた旅人の獣人がいることも確認されたらしい。


 片方の噂が程よく否定され霧散していくと、なんだかもうひとつの方も怪しく感じてくるのが人の心の様で……うまいこと「天才魔術師」の方もブームが去って行ってくれた。

 責任を強く感じていた私はほっと胸を撫でおろし、反動のように「二度と彼にこんな迷惑はかけまい」と心に誓ったのである。


 

 演習は六人一グループ。AとBクラスは模擬戦と同じく合同である。こと魔法戦闘技術においてはAとBにそれほど差はないらしい。


 成績的に私は間違いなく上位のグループに配属されるだろうとわかっていた。

 しかし魔法戦闘についての経験が全くないため自信がない。それでももし同グループの仲間も戦闘が苦手だったら、間違いなく私は「頼られる側」の人間となってしまうことだろう。


 そんな不安を抱えていたが、模擬戦で圧倒的に戦闘巧者だったボズマーくんとギルベルトさんが同グループと聞いて途端に気が楽になる。

 任せきるつもりはないが、これで万が一にも慣れない仲間にケガをさせたりだとかの心配は格段に減った。


 他のメンバーはAクラスにいる幼馴染のヴィクトリア。それとBクラスの友人メアリー。

 この二人は祭りも一緒に回るほど仲が良いので道中も退屈せずに済むだろう。


 そして最後の一人。成績は平均値を少し下回る程度だったヴァンダルムくんも、何故か同じグループに配属されていた。



 ヴィクトリアは幼いころから実家ぐるみで仲が良く、よく魔法の練習を一緒にしていた。彼女の実家も魔術師一家ということもあり、私たちは言わばサラブレッドに英才教育と言ったところ。


 メアリーの魔法の実力はAクラスに比べたら程々といった所。だが騎士の家に産まれた肉体派である。性格はかなりミーハー気質な女の子らしい子だ。

 でもひとたび剣を握ると特異な身体強化魔法と属性付与を使って炎を纏う大剣を軽々振り回したりする。私が魔法で同じ身体能力まで底上げして真似したとしても絶対に自傷してしまうだろう。


 私に都合のいい人選のように思えてしまうが、「魔法戦闘に長けた者を集めたグループ」として、あくまで妥当なグループ分けなのである。



 だからヴァンダルムくんが異様に目立って仕方がない。

 せっかく噂も下火になってきたのに「V教授の贔屓では……?やはり後継者の噂は本当に……?」といった声がちらほら聞こえ始める。


 ヴァンダルムくんは何も言わない。人と関わることを極端に恐れているように。

 私自身、今までの態度を反省して彼には極力関わらないように努めていた。なので詳しく訪ねたり見ていたわけではないが、彼は平素よりの静かな態度を変えないまま、一人噂に関わることもなく過ごしているようだった。



 本日は来週に迫った野外演習のためのグループ会議が主な日程となる。

 先生に意見を求めつつ、グループ内での戦闘の立ち回りや、各自コースの確認、野外を歩く際の注意点などを纏め、その後は実際にそれをもとに訓練を行う。


 大まかに決まったら順次先日の決闘場に向かい訓練を始められるとのことだった。

 なので実際に魔法を使うことが好きな生徒一同は、会議のためと集められた本校舎にある講堂を騒がしく占領していた。



 「ワタクシ、水魔法は得意ですけど体力には全く自信ありませんの。シェリルもそうでしょう?」


 ヴィクトリアはくるくると縦に巻いた髪を優雅に手で払うようにしながら得意げに言う。

 偉そうな態度だが、こういう時に気を使って話を切り出してくれているのだ。

 リーダーシップというよりは「必要ならさっさとやってしまおう」という感じの性格。少しきつい印象を与えることもあるが、彼女は効率を重んじているだけである。そういった所も気が合うというか、彼女の好きな一面だ。


「そうね。申し訳ないけれど森歩きしてその上で魔物との戦闘となると、あまり動き回って立ち回るというのは安定しないと思うわ。

 その代わり魔法攻撃は二人とも大きいのも早いのもそこそこ使えると思ってもらって構わないです」


「わたしは逆に魔法単体で戦うと息切れが早いかも。あ!特技は身体強化系ね!得物はクレイモアとかツヴァイヘンダーとか……大きい剣が好き!あまり器用な方じゃないから盾持ち片手剣とか、そういったタンク役には向かないかもって感じ」


 メアリーが私に続くようにからっと笑う。片方だけサイドに結った髪が話すたびに少し揺れている。

 少し高圧的にみられやすい私とヴィクトリアの隣に彼女が居てくれると雰囲気を和らげてくれるようで助かっている。


「仲が良いとは思っていたが、随分と攻撃的な三人組だったのだな。

 敵方の攻撃を受け止めるタンク役がいない、『やられる前に火力で押し切るチーム』と言った所か。

 いや、戦闘を前提に三人一緒にいるわけじゃあないから当然なんだが、なんだか方向性が似ているように感じて、仲の良さの一端を見せてもらった気分だよ」


 ボズマーくんは軽いジョークを交えて紳士的な笑みを見せる。

 普段から彼は「貴族」としての立ち回りをとても大事にしている気がする。こういった女性に対する紳士的振る舞いは、とても「好ましい貴族」として目に映る。


「それを言うならボズマーくんも!なんだかギルくんと仲が良いよね!!見た目とか立場とか振舞いとか違いすぎでとっても以外!」


 メアリーは天真爛漫な印象を持たれやすいが、それに比例するようにあけすけにものを言いがちな所がある。

 彼女の朗らかな様のおかげか全く気にはされないが、友人としてはたまにひやひやしてしまうこともある。


「ああ、言われると思った。まあコイツとも長い付き合いになる。六歳の誕生日を迎える頃にはごっこ遊びの延長で一緒に戦闘を仕込まれていたからな。腐れ縁だとでも思ってくれ」


 ボズマーくんも全く気にしていないように言う。寧ろ少し嬉しそうに笑みをこぼす姿を見て、なんだかこちらもほっこりした心地だ。

 彼が「コイツ」なんて言葉遣いをするところなんて初めて見た。


「さて、次は私の自己紹介かな。魔法単体で言えばそちらのレディ二人には敵わないとは思うが、こと魔法戦闘においては自信がある。自分で言うのは憚られるが器用で大抵はこなせる。


 帯剣は一般的なブロードソードだが、片手剣なら刺突用でもなんでも得意だ。盾は普段あまり持たないが訓練はしている。両手剣も使うのでタージェのような小さな丸盾を使うことが多いが……まあ今回は様子を見て他のものも検討しようと思う。その程度には使えると思ってもらっていい。


 ちなみに魔法に関しても器用な方だが……今回は魔術科ともあってそちらの出番は少なそうだな」


 腰に提げた剣をひと撫でしつつ、考えながら話している様子だ。私たちの戦闘スタイルを考慮しながら必要な情報を思い浮かべているのだろう。真面目というか、戦闘に対する真摯な姿に好感が持てた。


「ああちなみにギルベルト。一人だけ平民で気を使っているのかは知らんがやけに静かだな?私がついでにお前の説明をしてやろうか?」


「事実ちょっと気が引けてたのは認める。認めるが、わざわざ煽るなよボズマー。……悪かったよ。じゃあ次は俺だな?」


 挑むような笑顔を向けられて観念したかのように真剣な顔を崩して笑うギルベルトさん。特徴的な髪型も相まって彼の真剣な表情は……私には少し怖かった。


「ギルくーん?なんだいなんだい緊張しているのかい?ここで貴族だ平民だ気にする人はいないから安心して喋っていいんだぞー?」


 からかうような笑みを向けるメアリー。大丈夫なのだろうか。あのトサカは急に外れてブーメランのように襲い掛かったりしないのだろうか。


「うるせえメアリー!Bだとそんなに貴族っぽい振舞いの奴もすくねえから新鮮なんだよ!ボズマーはともかく、俺の周りに普段そんな『ちゃんとした貴族』いねえんだから少し気が引けたってしょうがないだろ!」


 そういえば彼、普通に話しているけれど……「ヒャッハー」はどうしたのだろう?模擬戦の時はあんなに鳴き声のように激しかったのに。普段は言わないのだろうか。だとしたらなぜ戦闘中は出てきてしまうのだろうか。本能的なやつなのだろうか。だれも不思議に思わないのだろうか。


「あー!!!それって私も貴族っぽくなくてガサツって言いたいのー!??」


「おーおー。好きに受け取んな。一つ言うならお前に対してはひとっつも気が引けたりしないから安心してくれていいぞ」


「むー!失礼なやつめ!!!」


 メアリー……同じクラスだからか仲が良さそうね……。いつもの調子にさらに軽口まで……。すごいわ……。


「悪ぃな。ちょっと産まれのガラがあまりよろしくねえもんで。ちっと口が悪いかもしれねえが気にしないでもらえると助かる。メアリーといつもこんな調子で言い合ってるから取り繕ってもボロが出るだろうから先に謝っとくわ」


「気にしませんわ。あなたの模擬戦拝見しましたの。素晴らしい戦闘スキルでしたわ。ワタクシ、優れたものを会得した人は大変好ましく思いますの。

 あれほどの高速戦闘をその年で行えるのは、かなりの訓練と努力が必要だったはずですわ。敬意を抱きこそすれ、少しの文化の差や言葉遣いがどうので気分を害することなどありえませんわ」


 わあ……すごい……。ヴィクトリアまで……。そうね……彼女は細かいことは気にしない方だったわね……。細かい……のかしら……。


「そう言ってくれると助かる。

 ……模擬戦を見てもらっていたなら話は早いが、俺の特技は風魔法とそれを駆使した高速戦闘だ。身体強化も併用した「魔法兵装」に近い独自の魔法構成だな。これはかなり使い込んでるから息をするように展開できる。


 徒手格闘も得意だが、ククリナイフみたいなのを双剣で使うことが多い。冒険者に憧れてるもんで、一応斥候まがいのことも練習してるから頼ってくれていいぜ」


 頭を掻きながら恐縮する態度を見せる。つるつるとした頭皮を掻く度にトサカが揺れる。獣にかき分けられた草原……いや、草が単体なので水をかけられた稲穂かしら?そんな風に揺れている。あのトサカはどのようにしてあそこに居られるのだろう?水がかかるとしおれるのかしら?


 私は未だにギルベルトさんとの距離を掴み切れないでいる。何故か未だに慣れないでいる。私にもわからない。わからないけれど、未だ彼だけは「さん」付けをやめられないでいる。



「さて。最後に最年少にしてこの中で最高位貴族でもあるヴァンダルム氏におねがいしようかな?」

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