第12話 テンサイ

 模擬戦でギリギリの戦いをしたあの日。

 隙を見せたら間違いなく次の一瞬に倒れていたのは俺だったから、さすがに寸止めしたりってとこまで気が回らなかった。


 相手は幼少期からの親友であるボズマー。

 「どうして貴族と平民が?」ってよく聞かれるけれど、あいつとの出会いも、何年か前のこの日だった。


 なんてことはない。英霊降臨祭で下町まで忍び込んだあいつが迷子になってて、困ってるところを下町育ちの俺が助けたら意気投合したんだ。あいつ未だに、頑なに迷子だったことだけは認めないけどな。


 それからも何度かあいつんちのだだっ広い裏庭に、今度は俺の方が忍び込んで一緒に魔法の特訓とか戦闘訓練の真似事みたいなことをしてた。

 すぐにあいつの家の人にバレて、その日はすっごい怒られたっけ。

 

 でも俺たちがしてた戦闘訓練ごっこをみると、なんでか元騎士の先生を連れてきて、二人まとめて面倒をみてもらったりした。


 あいつのうちを起こしたご先祖様がすごく強い騎士様で、代々それに倣って騎士や軍人や、とにかく武人として一角になれってのが家訓らしい。


 どうやら俺とのお遊びが思いのほか現当主様のお眼鏡にかなったみたいで、それからというものの必要以上にしごかれる日々だった。

 言うまでもなくあいつの親父殿が当主様なんだけどさ。しごかれすぎてちょっと一言では言い表せない複雑な感情を抱いてしまう人物というか。まあ、頭の上がらない人というか。


 だからこそ、こと戦闘においては、恐らく俺たちは同世代の中じゃトップクラスだったと思う。


 自信過剰に聞こえるかもしれないが、本当のことだ。

 魔法の成績じゃ俺はBクラスだったし、ボズマーよりも魔法がうまくて得意な奴も少なくないだろう。


 けれど魔法を活用した対人、対魔物戦闘ならばこれまで俺たち以外にここまで「できる」奴はいなかった。

 学校の模擬戦闘を上の代まで見学してみても、あるいは現職の魔法部隊や騎士にだって一対一なら張り合えるだろう。



 そんな結論を早々に出して、やっぱりこの学校では魔法技術の修練をメインに頑張ろうかと思っていたせいかもしれない。

 久々に歯ごたえのある相手と模擬戦が行えると聞けば、お互いにテンションが高まってしまって少しやりすぎた。


 最後吹っ飛ばしたときに腰を強打した違和感がまだ拭えないらしく、俺はボズマーに肩を貸しながら医務室を後にする。


「そういえば、知ってるか?裏森に狼系が目撃されて今冒険者ギルドが対応してるらしいぜ?」


 何気ない世間話。俺達みたいな子供がするにしては上等な話題って感じだ。

 別にこいつとなら大した話題なんてなくたって構わないけれど、せっかくならちょっと大人びて話してみたい年頃って感じだった。


「本当か?野外演習は裏森で行うはずだったが、大丈夫なんだろうか」


 ボズマーが素で少しカチコチしたしゃべり方をするもんだから、なんか「負けたくないな」みたいな対抗心が燻ってた。

 なんか大人っぽくてかっこいい感じがするじゃん。


「あー、そうだな。どうするのかは知らないけど、さすがに学校にも情報は入っているだろうから、特に連絡がないってことは大丈夫なんだろ。

 その狼系っていうのも、大方見間違えか、実際いてもはぐれだからすぐ狩られちまうだろ」


「ああ。情報源はゲントさんか。Bクラス冒険者が出張っているなら、どちらにせよすぐに解決はするだろうな」


 はたから聞いたら話が飛んでいるようだが、これで話が通じ合ってるのだから仕方がない。


 ボズマーも軽い世間話はすぐ終わったとばかりに、大きな息を吐いて新しい、正確には彼にとって今日一番ホットな議題を取り出した。


「それにしても、今日は体よくやられてしまった……。

 お前の高速軌道を捕まえるテンプレートができても、一回見せたものはもう駄目だな。

 今回のは何度か成功したし、今回は舞台にスペースの制限があったから問題はないと思ったが……」


「お前……治療中からずっと言ってるな……。

 そこはしょうがないだろ。いい対戦相手がお互いだけだと、どうしても相手の手の内に慣れちまうし……」


「いや、それでもだギルベルト。お前は純粋な高フィジカルでの高速戦闘が強みだから隙がない。欠点もあるが、それ以上の対応力がある。

 その点私はあくまで魔術の組み合わせがメインになってしまうから、『自分に行使可能な魔術』に限りがある分、手の内がバレた時のディスアドバンテージが大きすぎるんだ。


 今までは使える魔術を増やすことでなんとかしようとしてきたが、今後はそれと並行してなにか根本的な解決策を考えなければ……」


 真剣な顔で腕を組み、たまに顎を撫でるように考え込む。

 今は肩を組んでるので空いた右手で顎を触るのみだが、この癖が出た時は長いんだ。反省と対策を全力で思案している。かといって適当に返事を返すと「聞いてないだろ!」と怒られる。

 自分で言葉に出して、相手から返してもらう。本人が言うにはそのプロセスが一番頭が整理されるらしい。


 まあ今回の議題は戦闘に関してだからまだいいけどよ。


「いやけどよ。お前には剣術があるだろ?今回は純粋な魔術合戦だから素手だったけど、剣術と合わせたらお前の言う『対応力』もうまいこといくと思うんだけどな」


「しかし……いや、剣が手元にない場合など、今回のように制限がある状況下での戦闘も視野に入れておくべきではないか?そうなるとやはり何かしら対策が……」


「いや、贅沢いいすぎだろ!今だって別に遅れをとってるわけじゃないんだ。すでに剣があるなら、それを伸ばした方がいいと思うぜ?

 護身用の剣は肌身離さずが基本なんだから、それがない特殊な状況なんて考えるよりあるものでなんとかするべきだと思うよ俺は。


 考えることは別に悪くないかもしれんが、迷走しすぎて持っているものに身が入らなきゃ本末転倒だぜ?おれらはまだまだガキなんだから、まずはそこからだろ」


 しょうもないことで悩んでいるので、さすがに早いとこ話を切り上げたくなって、まくしたてるように話す。


「なるほど……。それもそうだな!うむ!助かった!お前はいつも大事なことを思い出させてくれる!」


 スッキリした表情。これでなんとか話は切り上げられた。


「真面目だねえ……。じゃあ、昼までまだあるし、このまま決闘場までいって感想戦でもしようぜ。その方がスッキリすんだろ」


 なんだかんだ面倒に思いつつも、俺もこいつとの戦闘訓練は好きだからついつい提案してしまう。


 すると肩に乗って真隣に置いてある顔から、なんだかきらきらとした息遣いを感じる。


「お前は……本当にわかってるな!それでこそ我がライバル!我が親友だ!!!」


「いやさすがにきっついわ。真正面からそう言われると恥ずかしいわ」


 ボズマーはよくも悪くも素直で真面目。勤勉で賢いのにアホである。



 「腰はもういいのか」と聞きたくなるほど元気に意気揚々と前を進みだしたボズマーを追って、決闘場へと向かう。


 決闘場は騒音対策で授業を行う本棟とは少し離れて、渡り廊下の先にある。

 ちなみに医務室は本棟側、渡り廊下のすぐ手前にあるので、玄関口に向かっていた我々は引き返してきた形になる。


 渡り廊下と言っても、精々屋根が付いただけの舗装された道といった方が近い。

 頭が横風に揺られているのを感じながら「別に急ぐこともあるまい」くらいのつもりで歩く。


 ちなみにボズマーはすでに決闘場の中に入っていて背中も見えていない。


 なんの気なく後に続いて入ろうとすると、なんだか急に明るさが変わったような気がした。すこしごろごろと音もする。


 決闘場は天井がなく、一応防音対策がある程度なされているようだがこの距離まで近づくとさすがにかなり音が漏れている。珍しい。こんな祭りの日にだれか先に入って練習でもしているのだろうか。


 まあ埋まってるほど人が多いことはさすがにないだろうから気にせずに入ろう。

 そこまで深く考えもせずに中に入ると、なぜかボズマーがメインステージに入る入口手前で突っ立っている。


 わざわざ俺のことを待ってたのか?いぶかしげに近づくと、なんだか様子が変だ。


「おい。どうした?中に入らないの……か……?」


 こいつがぼーっと立ち止まった理由ならすぐにわかった。


 ここからはすぐに、先程俺たちが戦ったステージが見える。舞台を囲むように上に広がる観覧席があり、その下中心にトンネルを開けるようにある選手入場口。そこから入ってせりあがった舞台を見上げる形だ。


 舞台上に空から光の糸が落ちてきていた。いや、大きさ的に円柱といった方がいいだろう。

 ただあまりに遠く空の上から垂れてくるその炎の光を、一体どこから降ってきているのかとその先を見上げすぎてそう感じてしまった。


 気が付けば口が開いたまま、視線は光をたどって舞台へ落ちる。

 あれは……Aクラスのシェリル・アンドレアと、それに絡まれていたやつか。


 入試の時にシェリルがあんな魔法を発動して周りに騒がれてたって聞いたな。

 確かにすごい。しかし一体またどうして?またあの男子生徒に絡んでいるのだろうか。



 ボズマーは震えながら口を開いた。


「さっきの答えがここにあったぞギル。

 これはシェリルがやったんじゃない。あのヴァンダルムって男が手をかざすと、二つ数える間もなく、音も声もなく、手ぶらであれを落としたんだ。」


 なんだか言葉がおかしくなっていたけど、それでも俺はその言葉の意味を理解して、驚愕する。


「まてまてまて!あれを無詠唱で、しかも発動も即時だって?!そんなの。いやそれは無理だろ!!」


「だが見たものは見た。あいつの魔力の流れまでみた。こんな日にここにいるなんて珍しいものをみたなんて注目していたから間違いなく見た。


 確かに俺の『粘水網』くらいの展開スピードで、それ以上の手軽さで『アレ』発動していた」


 こいつの「粘水網」だって、そう簡単な魔法じゃない。


 例えば基本の属性魔法にそれの形態変化術式。さらにそれを性質変化させて使いやすくなるように指向性も改良されている。

 そういった大まかな工程を含む十数の細かな調整を施したものをかなりの回数反復練習を行ってようやくあのレベルの練度を出しているはずだ。


 今見た魔法はどうだろう。そもそも見たところ属性魔法の時点で上級以上の類のはずだ。

 ここまでくる熱風が、段々と溶け行く木人形が、あの魔法の威力を物語っている。単純に込めている魔力量自体が常人には扱えないものとしているだろう。


 更には単純な形態変化とも呼べない、複雑に作用しあう現象。ただの炎の円柱を作るのとはわけが違う。これだけで数十の工程が必要とされそうだ。

 呪文学に明るくない俺には詳しいところはわからないが、恐らく数百工程の詠唱、術式を操れなければ発動すらしないだろう。


「ギルベルト。馬鹿馬鹿しいがこれが先ほどの問答の答えだろう。

 どれほどの訓練をしたのかはわからんが、これほどの魔法を『即時』レベルまで極めているなら、まさかもっと難度の低いものができないということはないだろう。

 いや、そもそもこの早さで展開された超級魔法の時点で対応が難しい。いくらこの魔法が当てづらいからって、こんな威力を即時に出されたら……。


 魔法の圧倒的高速化。そのうえで高威力。可能なら広範囲。言葉はおかしいが、お前の高フィジカルをそのまま魔法に落とし込むだけで、非常に対応が難しくなる。

 ……言うには易いがどれほどの訓練で辿り着ける領域だろうな……」


 自嘲するように笑うと、ボズマーはそのまま振り返ってこちらをみる。


「俺たちは少々世間知らずだったようだ。流石はシェロン。上には上がいるとようやく理解させられたよ」


 ひきつるような笑顔で、奴には似合わない顔をして笑う。

 俺は思わず考えなしに否定の言葉を吐きそうになって、抑えた。


 だって俺も同じだったから。きっと同じように悔しくて、恥ずかしくて、恐怖した。

 理解の範疇を超えた魔術師をみて、それが自分たちと同じ、いや寧ろ少し年下の子供が行ったという事実が恐ろしかった。


 この感情を否定すれば、きっと少しだけ折れてしまう。「あれには敵わない」ことが自分たちの中で当たり前になってしまう。

 それをするにはまだ俺たちは幼く、未熟で、未来があるはずだ。


 それだけは、「もっと強くなりたい」と微かに震えたこの情念だけは、軽々しい慰めの否定で失いたくはなかった。


「いいもん見れたじゃねえか。自分のちっぽけさが良くわかって、まだまだ全然俺たちは足りねえんだって。いいじゃねえか。それで。足りないだけだ。

 なら足して、上乗せして、もっともっと上を見て……そうするだけだろ?

 今までだって俺たちは大人を見てそうしてきたんだ。同じガキ同士でまさかここまで差を感じるなんて思っちゃいなかった。だがそれだけだ。俺たちはもっと上を目指していいんだ。」


 一つ一つ息を深く吸うように言葉を探す。決して嘘にはならないように。けれど決して下を向かないように。


「鼻っ柱を折ってくれてむしろ感謝しなきゃならないぜ?」


 殊更に明るく笑う。


「……そうだな。やはりお前はいつも良いことを言う。」


 吹っ切れたようににかっと笑う。あまり見たことのない、こいつには似合わないだろう笑顔も、なぜだかそれはとても自然に見えた。


 熱風が俺の髪をぼすぼすと叩くように撫ぜていた。



 衝撃に一息、無意識の休憩を取っていると、いつの間にやら超級魔法は鳴りを潜めていた。残すは少し心地よく感じる残り香のような熱ばかり。


 魔法現象に伴った光も落ち着いたので、引き寄せられるように舞台の上へ視線を送る。


 なにやら慌てたように右往左往している天才魔術師にシェリルがなにやら声をかけている。なるほど、だから彼は目立たず今まで過ごしてきたのか。


 こんなすごいものを見せられた後では、「もったいない」と思う自分と「納得してしまう」自分とがせめぎあう。

 しかし彼はどうやら自分の才能と能力を広めたくないようだ。


 シェリルが詫びのように捲し立てている彼に対する「恐怖」の可能性。ひどい話だとは思うが、実際にそんな「酷い話」が彼の身に降りかかったことがあるのだろう。


 人はどうしたって異質なものを怖がる。それは危険なものをなるべく避けるための本能だろうし、きっと彼が抱いた恐怖に対する恐怖心は悲しい事故のようなものだったのだろう。


 何を言うでもなく俺はボズマーと視線を交わし、頷きあう。今日見たことは、少なくとも彼が前に進めるようになるまで胸にしまっておこう。


 それがいいものを見せてもらった彼に対する礼であり、勝手に覗き見ることになってしまった俺達が通すべき義理というものだろう。


 それならこのまま何も言わずに去ろうじゃないか。もう祭りって気分でもないが、昼飯を軽く屋台で済ませて気分だけ味わおう。そしたら多分すぐにボズマーの家の裏庭に引っ張られて特訓だ。悪くない。


 最初とは違う理由で、今度は俺からボズマーに腕をまわして、肩を組むようにその場を去った。



 そして翌日。祭りの後の熱気と共に、とある天才魔術師の噂が学校中に広まっていた。

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