第9話 オオカミ
事件は後期の授業が始まる前にひっそりと起きていた。
俺と同じ、魔術科Bクラスのハインツが授業に来なくなった。話したことはあるけれど、大人しい性格で目立たない奴だった。
だからか、同じ授業を取っている奴らもしばらくは気が付かったみたいだ。
先生から聞いた話だと、授業についていけずにそのまま辞めてしまう生徒は毎年何人かいるそうだ。せっかく受かったのにもったいない。
俺も大して興味があるわけではないけど、ここのBクラスといえばかなりのキャリアと言える。卒業まで頑張れば、たとえ少し成績が落ちても職には困らないだろう。
まあ、その分授業のレベルは高いし、キャリアを積める分のプレッシャーも強いのだろう。まあ彼は実家がそこそこ流行ってる飯屋だって言うし、元々魔法に拘りもなかったんだろうと一人納得した。
たまたま魔術的素養が高かったせいで周りが勝手に盛り上がってやむにやまれず……みたいなことを言ってるやつもちらほら見た覚えがあるから、きっとその感じだろう。
俺みたいにそこそこの才能があって、魔法を上手くなりたい理由がなければ、授業についていくのは少ししんどいのだろう。
俺はうだつが上がらない兵士の息子だ。親父は門番とか街の警邏を担当している。
平民にしては裕福な方かもしれないが、親父みたいにパッとしない職には就きたくないと漠然と考えていた。
街で見かける冒険者と呼ばれる人種は、俺の目にはとてもかっこよく映った。
自由で、強くて、強面だがどこか人情味があって。なにより自分の身一つで命を張って生きている感じが、都会でぬくぬくと育った自分には眩しかった。
俺としては自然な流れで、彼らのような冒険者になりたいと夢を見るようになっていた。
母親には反対されたけど、別にそんな無茶な冒険がしたいってわけじゃない。
出世して偉くなりたいってほどじゃない。ただ自分が一角の人間になれたって実感が欲しかった。
運よく少しだけ周りより魔法の素質があった俺は、せっかくだからこれを伸ばして将来の冒険者暮らしに役立てようと考えた。
あわよくば将来はAランク冒険者になれるかもなんて夢想した。でも小さなころからなんだかんだ安定志向で無茶はしない性格だったので、夢想するだけ。そこまで本気じゃない。
そんな思考でよく「冒険」者になろうと考えたなとは思うが、まあこんな自分も嫌いではないのだ。
完全に親父の遺伝である『安定志向』な性格は、それはそれで嫌いになれないと思う程度には、親子仲は良好である。
*
よく冒険者ギルドに顔を出しては、顔なじみになったいい兄貴分達に色々話を聞かせて貰った。
彼らは別に自分の生き様を誇ってばかりじゃなかった。寧ろ幼い俺には「やめとけやめとけ」ってな具合に、自分の失敗談や苦労話なんかを聞かせることが多かった。
でもそんな話をしている彼らの苦笑いすら、とっても暖かくて。もっと彼らの近くでそんな温度を感じていたいなんて漠然と思っていた。
前期終わりの長期休み中。俺は例に漏れず冒険者ギルドに入り浸っていた。
この時期、王都に住んでる生徒はほとんど寮から実家に帰って、例えば平民は遠慮なく家業の手伝いなんかでこき使われている。
その点俺は家業なんてない家だから、ありがたく自由に遊びまわっていた。
*
「おい!ギル坊」
会うたびに飴を寄越してくれるゲント兄ちゃんに呼ばれて、ギルドに併設してある食堂から出入口まで小走りで向かった。
いつも俺を見るたびに「故郷の弟を思い出す」なんてにっこにこで飴をくれる。多分ゲント兄ちゃんの左袖についたポケットには飴玉しか入ってない。本人には怒られそうで言えないけど、正直実家の隣に住んでるカーラばあちゃんみたいだ。
そんな気のいい兄ちゃんだったけど、その日はなんだか様子が違っていた。
「ギル坊。お前、裏森に入る用事はあるか?」
なんだか真剣な様子で両肩を掴んでくる。ゲント兄ちゃんは強面だから、真剣な表情をされるとちょっと怖い。
「ないけど……どうしたの?」
「実はな。最近裏森の浅い場所にも魔物が出るってんで、調査依頼がギルドまでまわってきてた。大した事はないだろうが、一応落ち着くまであそこには入るな。」
裏森は文字通り王都の裏にある森で、普段なら子供だけで遊びに行っても問題ないほど安全なところだ。俺も何度か友達と川遊びをしに行ったことがある。
「でも、あそこって深いところでも精々一角イノシシとか、はぐれの緑ゴブリンしかいなかったんじゃないの?それくらいなら逃げるくらい簡単だけど……?」
裏森は深部でもビギナーの冒険者が狩ってる程度の魔物しかいなかったはずだ。知能が低くて、単純な行動しかしないから、子供でもジグザグに走って逃げられさえすれば基本そこまで危ないことはない。
もちろん「じゃあ試しに倒してみよう」なんて思わないように、王都の子供は親から泣くほど魔物の恐ろしさを教わっている。
俺は魔法が使えるから、本当にちゃんと戦えてしまうからこそ、本気で大人たちから忠告を受けている。
俺も、そりゃ興味はあったけど、そんなしょうもない『やんちゃ』でギルドに行くことを禁止されたらたまらないのでちゃんと言いつけは守っている。そのうちいやでも学園の実習で狩ることになるし。
「まあ、ギル坊は魔法もうまいし、やるなっつった事はちゃんと守るのは信頼してるけどな。今回はちょっと情報がごたついててよ。話によると、川付近で狼系の魔物を見たってやつがいるんだ。」
「ええっ!?見間違いじゃないの?!さすがに裏森で狼系の魔物なんて聞いたことがないよ!」
狼系の魔物は最弱の種類でも一般人には手に負えない。素早いし、戦闘に関しての知能が高い。
冒険者なら低ランクでも狩ることはできる程度の強さもいるが、それでもつがいだったり、群れを作るタイプだと危険だ。しかも狼系は一目で単独か複数かわかりづらい。たまに斥候を放ったりするほど頭がいいのだ。
だから最低でも戦闘クエストを何度かこなした実績のあるDランクか、基本的にはCランクの冒険者が担当することになる。
「俺もはじめは何かの見間違いだと思ってたんだが、どうやら複数回目撃証言がでたみたいでな。流石に調べないとまずいってんで、むこうしばらくは封鎖するって話だ。
だけどまあ、森なんて入ろうと思えばどっからでも入れちまう。いくら封鎖って言っても全部に手は回らないから、こうして人の口からもある程度噂を流してるってわけだ。」
「なるほど……じゃあおれの方でも、友達とかに言っとくよ!」
「おう!サンキュな!」
そう言うとゲント兄ちゃんはいつものようにニカっと笑って、俺の肩をバシンと叩くとギルドの奥の方に入っていった。
ゲント兄ちゃんはランクが高い方だから、多分この件にもギルドから協力を求められているんだろう。
それがなんだか無性に嬉しいような、憧れるような感じがして、少しだけふわふわしていた。
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