第7話 ある教師の思い出話1
少年について語るならば、恐らく私が適任であろう。
ただし、少年が台頭し始めたのは入学してしばらく後の話になる。なのでしばらくは私の思い出話のようになってしまう。まあ当時の様子を知れるというのは間違いないので、それでよければ付き合ってもらおう。
*
私が例の生徒を初めて見たとき、特別例年の新入生と違いがあるようには見えなかった。
稀代の魔法使いであり、伝説が永劫語り継がれる女傑が注目するような点は何一つ感じられなかった。
今思えばただの節穴でしかなかったのは言うまでもないが、それほどヴァンダルム・ヴァイザル・ヴァルバス辺境伯令息は目立つことを嫌ったようだった。
目立っていたのはその異常なまでの美貌くらいで、特徴といえば表情の変化が乏しく、何を考えているかわかりづらい生徒という印象。
私のデモンストレーションを見てもピクリともしなかったのには少し悔しくも思う。
毎年必ず私の「鱗粉」は生徒たちに受け入れられているという自負があったからね。
この魔法は見せた相手が心を動かすほどよく絡みつくのだ。まさか肌の人撫でもできないほど興味を持たない子供がいるとは思わなかった。
だからまあ、少しは悔しかったので。彼にはその後も注目していた。数年ぶりのV教授推薦生徒二人のうち、特に彼女の注目の圧が激しかった方という印象も大きい。
ただまあ、だからと言って特別なことをするでもない。
V教授からのアプローチによる贔屓はむしろ才能あるものの権利であり義務であるが、通常授業における生徒への対応はあくまで平等であることが求められている。
つまりは『自主的に何か協力を求められたならこれを決して拒むことなく、求めるものが何かわからないようならばこれを導き、求めることがないようならば無慈悲なまでにありのままを受け入れること』――――――当校教職員全員が厳守を義務付けられている「教育の心得」に書かれている一説そのままである。あらためて当校は極端なほど「怠惰」を嫌っているのがわかる一説だ。
私も「心得」に逆らうつもりもなく。むしろ賛同したからこそ教員として今も居続けているのだから、当然極端なアプローチは避けた。
せいぜいが実技実験を代表して何人かに実践させてみる場面で、ちょっと彼に「お願い」する場面が他より多かったりだとか。テスト内容を少し意識的に覗き見たりだとか。
自分が生徒ならそんなことをする教員はなるだけ避けたくなるだろうとは心から思うので、彼には申し訳ない気持ちが当時からあるにはあった。気持ちがあるにはあったのだが、「好奇心」を抑え込むのは私のような研究畑の人間にはそれはそれは難しいことなのだ。
しかし当初の期待と呼べる前のめりな彼への挑戦心は、ほんの少しの落胆と共にしばらくして霧散した。
何を「お願い」しても彼は逸脱することはなく優秀だった。
例えば私の見本をそっくりそのままなぞり、例えば自分より先に挑戦した生徒をそっくりそのままなぞり、例えばどんな授業でもずっと無表情なまま質問等も何もせず、例えばAクラス平均のほんの少し上くらいの点数を取り続けたりした。
その異常性に全く気が付くこともなく、前期も終わり学園全体が長期休みに入ろうといった時期には、私は彼に一切の雑念を抱くこともなくなった。
優秀なのは疑いようもなく、ただ自主性と積極性に乏しい上に抜きんでた何かを見せることもない。「見るものもないし、ほっといてもそれなりに結果を残す」。そんな「手のかからない生徒」。それがしばらく彼を観察した私の結論であった。
むしろ受験当時かの大魔法を成功させてみせたシェリルという少女の方が、私としては注目すべき点が多くみられた。
彼女もV教授に推薦された生徒の一人だ。当然といったら少女の努力に対して不誠実だが、Aクラスの間でも特に目立つ生徒だった。
座学も実技も常にトップ。特に火炎系の魔法には自信があるようで、私と似たような性質に親近感を覚えた。
そんな彼女の難点が唯一。なぜか彼女はヴァンダルム少年のことになるとムキになる。
はじめは惚れた腫れたの延長だろうと安直に考えていた。しかしどうやら様子が違うようだ。
手始めにデモンストレーションの二日後。仮受講申請を行うために集まった朝っぱらに騒ぎを起こした。
私が駆け付けた時には教室のざわめき以外には異常はなくなっていた。しかしどうやら少女の方が少年に対して挑戦状をたたきつけていたらしい。
いくら貴族的慣習は持ち込まないとしている魔術科といえど、自分より階級が上の男児に対してそのような態度で挑める新入生などいない。
貴族の家に産まれた子供ならば一番最初に叩き込まれるといっても過言ではないのが「格」である。多くは両親を目上、使用人を下として扱うことを訓練、というよりも常識として叩き込まれる。
私には彼にどうしてそこまで固執するのかわからなかった。その後もことあるごとに少女は対抗心を燃やし、少年と競い合おうと意固地になっていた。
少年は取り合わなかった。私の見た限りでは前期が終わるまでずっと少女は少年に挑み続けた。挑み続けるといっても、いつだって勝負は少女の勝利で終わっていた。
確かに少年はAクラスの中でも優秀といっていいほどの結果を残すこともあった。けれど、どんな内容で勝負を挑まれた時も必ず少女より少し劣った結果を見せた。
今思えばのらりくらりとかわしていただけだったことがわかる。少女もだからこそ余計にムキになっていったんだろう。
当時の私としては、少女やV教授がなぜそこまで彼に固執するのかまったく理解できなかった。
探求心に乏しく研究には向かない。挑戦心も見られずこれ以上の向上もあまり見込めないだろう。よくいる「井の中の蛙タイプ」の天才という感じだ。
たいていこのタイプはAクラスに入ることで「上には上がいる」ことを知る。それから志を新たに一皮むけるか、気づかされた自分の小ささに絶望して腐ってしまうか。
せめて教育者として腐りすぎないように誘導してあげたい。その程度であってそれ以上はあまり見かけない。その程度の「天才」はこの世にたくさんいて、その上で努力を怠らない逸材だって少なくないのだ。
少女はまさに適任だと思った。彼女はその「努力する天才」まさにその逸材だった。
少年に固執している関心を、少しばかり軌道修正してあげれば素晴らしい結果を残してくれるだろう。
元々彼女はV教授に憧れていたと聞いた。そこらへんをくすぐってあげればきっとうまく事が運ぶだろう。
他にもいくらか気になる生徒は何人かいた。
平民出身だが大昔に商家として大成したエルダードワーフの末裔がいたはずだ。彼もとても良い。
魔術適正が偏っているのが難点だが、古代種の血を引いている点や、彼自身の魔術知識に対する熱心な興味はとても良い。
授業が始まってから一週間足らずで、すでに何度も何度も私を訪ね、質問をしてくる。たまにお茶なんかをしながら、心から仲良くなれたと思っているのは私だけではなかったはずだ。
研究室にはまず彼を呼んでみることにした。
少女はある程度少年への興味を薄れさせてからでいいだろう。とりあえずはアドバイスなどをして、親しくなるところから始めておけばいい。
私としては花開くのはどちらでも構わないのだ。両方だっていい。いや、Aクラス全員だっていい。
ただ惜しむべきは私自身の才能である。全員に完璧に手が回せるほど自分は有能ではないのだ。
だからこそ生徒自身の熱意が必要なのだ。「鱗粉」を全身に浴び、目をきらきらと輝かせた子供達には、本当に無限の可能性がある。
ああ。教師とはなんと素晴らしい職業であろうか。
……
ああ、話が散らかってしまった。
少年には悪いが、私は少女に興味を移すことにした。しかしまずはじめはドワーフの少年にアプローチをすることにした。
そう決めて動き始めた頃だった。あれは後期がはじまってすぐだったか。
なぜか突然少女は少年に絡むことをぱったりとやめてしまったのだ。
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