第3話 幼少期に少しイキッてたくらい許して欲しい。前世の記憶あったけど。@ばん
イケメンが自分の顔をイケメンだと認識するのはいつ、なにがきっかけなのだろう。
やっぱり、鏡を見ていて、あるいは人の反応をみて自然に腑に落ちていくように自覚するのだろうか。
私には前世の記憶があるので、そういった認識はすぐできた。
幼少期に初めて水面に映った自分の顔を見て、「あ、これは美形だ美少年だ。人生勝ち組おめでとうございますありがとうございます。」と思わず小躍りしたものだった。
なので一般美少年諸君が、その顔面の尊さを自覚する瞬間というものにとても興味がある。
自覚無く天然にタラシこむ美少年というものも勿論尊いものではあるだが、自分の魅力を理解し、最大限に利用した「あざとさ」というものも、それはそれは良いものであると言えよう。
余談が過ぎてしまったが、私は自分の顔面強度については始めから理解していた。それでも、周りの視線や扱いの違いに驚いたものだ。
この世界はアニメ……いや、なんと言えば良いのか。物語の世界のように劇場で美男美女が演じているわけでは勿論ない。
なので私の故郷基準でも醜女醜男だって普通にいるし、可も無く不可も無くという人間が大半である。
いや、何を当たり前のことをと思うかも知れないが、これが貴族社会では少し事情が変わる。
私は辺境伯家の三男に産まれ、社交界に出て他家の貴族と関わることもあるわけなのだが。まあ貴族の子息令嬢の美形が多いこと多いこと。
特に家柄が高くなるにつれ権力を多く持つにつれ美形が多い。
当然と言えばそうなのだが、血筋を重んじる風習はあるにしても、中でもやはり美形はモテるもの。それはやはり貴族社会でも変わらず。
流石に推奨はされていないが愛人文化だって盛んで、そもそも王国の法で一夫一妻とは明文化されていない。
ならば勿論、美形を嫁に婿に愛人に第二夫人にと、産まれる子供は美形のサラブレッド。
全員が、とまでは言えないが、それでも街へ繰り出すよりはあからさまに美形率が高いのである。
私はその中でも誰もが振り向くほどの美少年だった。
長いまつげに、絹のように繊細で澄んだ川の水面のように輝く黒髪。ルビーのような赤い瞳は人を魅了し、その眼差しは鋭く芯のある光を持ちつつも、少し垂れ目気味で愛嬌もあった。
社交界に出てみれば、赤い顔をしてボーッとしてしまう令嬢。あからさまに媚びた声色で周りを取り囲む令嬢。相手は子供だからという免罪符をもって必要以上にスキンシップをとろうとする奥様方。舐め回すような視線を向けるおじさまなんてのもいた。
普通の子供ならば嫌悪感を抱いたり、人が苦手になったり、最悪なんらかのトラウマを抱える事態も起こりえただろう。
だが私の中身はいい大人なもので。しかも産まれついての加護持ち、胎教時代からの暇つぶしに行った訓練?のおかげで異常なほど高い魔力がある。
自分を害せる人間なんてそうそういないだろう。怖がるだけ損だ。
それにこの見た目だ。魅了されるのも無理はないだろう。なんだったらこの美貌を振りまくのも持って産まれた者の義務であるかもしれない。
なんて、私はわかりやすく天狗になっていた。
天狗になっていたとはいえ理性は働くもので。
いくら美しい顔に産まれたといえど中身が伴わなければ損なわれるという「信念」のもと、それなりに愛想を振りまいていた。
そして貴族として生まれたなら必要だろうと、礼儀作法はしっかりと学ぶことにしていた。
私の持つあからさまに異常な能力は、場合によっては酷く恐れられるだろう。しかしせっかく美少年に産まれたのに、すぐに世捨て人になるつもりはない。
だからといってせっかく面白そうな能力を貰ったのに、それを隠して一生を終えるのも馬鹿らしい。
少なくとも緊急事態に陥るか、自由に力を使っても世間に変な目を向けられない社会的立場を得るまで。それまでは我慢して自分の能力は隠し、ただの完璧な美少年としての毎日を過ごすことにしようとなんとなく考えていた。
実は隠された力があるとか、そういうのなんか格好いいし。
別に派手になんらかの活躍、世間的な実績を残さなくたって、この顔面があれば十分自己肯定感やら自尊心は満たされるのだから。
***
そんな私がシェロン学園の魔術科に受験させられると決まった時は、少し頭を抱えた。
シェロンと言えば魔術科の名門。そこの魔術科生徒というだけでエリートである。当時八歳児の私が噂に聞くレベルの有名校なのだ。
魔術の知識はほとんどないが、そんなものなくても持ち前の高い能力値でゴリ押せば合格は容易だ。だが、それではあからさまに目立ってしまうだろう。
「天才児」という評価で収まる範囲がわからない。無計画に能力を見せびらかせば、一時の充足感と引き替えに化け物と恐れられる未来が待っているかもしれない。
当然自分としてはそんなリスクを背負うつもりもなく、必死に能力を隠しながら通うほど魔術科の授業に魅力も感じない。
この能力値をもってわざわざ魔法を勉強する必要も感じないし、普通に貴族らしく暮らしても不自由なさそうだし。
むしろ「貴族」についての方がわからないので勉強が必要だ。
小市民の魂が入った私に貴族らしさはわからない。そして我が父上を『貴族』の参考として本当に良いものか。実は確信をもって駄目だと感じている。
そんな堅実な私の心をを無視して、親馬鹿が極まってる父上の後押し、というかゴリ押しによって、気が付けば勝手に魔術科への願書は送られていた。
貴族として親の意向は強く逆らえないものであるという常識はまあ、あるよ。
だけどまさか私が貴族科を受けたいと交渉している数日間、その間に何も言わず勝手に送るとは思わなかった。
貴族科を受験したいとどれだけいっても、謙遜だと受け取られ、まともに取り合ってくれない。
「大丈夫!ヴァンダルムなら魔術科の主席にだってなれるさ!自分を信じて!そして君を一番理解し、信じてるお父様をドン!と信用してくれ!」
なんて、なんだか熱血系の物語のような事を言ってくる。
いや、自信がないとかじゃなく、「貴族科に行きたい」ってはっきり言っているはずなんだが。そのつもりで一応準備もしてきたし。
しかしそうは言ってももう申請はされたあと。ウチにも貴族として体裁がある。「やっぱり自信が無いのでやめます」なんて見えてしまうので出願取り消しは出来ない。
しかたない。受けると決まってしまったならば、目標は「平凡なエリート学校生徒」。
まずは測定試験を上手いこと誤魔化す方法を編み出さなければならない。
測定偽装に時間を使うとなると、今からまともに勉強の時間を取るのも難しいだろう。
魔術知識を「家族が使う魔法をちょっと見た」程度しか持ち合わせていない状況で、筆記試験をこなす。
さらに実技はできる限り目立たずに終わらせて、合格する。
そんなことが名門で可能なのか、いや無茶だと思う。
ちょっとくらいなら目立ってもいいけど加減がわからない。なら「実技は不得意」を目標にした方が楽だろうか。
いや、最悪不合格でいいか?少し不名誉は被るだろうが、一年遅れて貴族科を受けるのがベストな気がする。
というか普通こういう貴族の名誉やら尊厳的な話は当主が気を揉むべきことじゃないか?なぜ八歳児の三男が大真面目に考えているのだろう。非常にばからしい。
だけど、何故か私には才能があると信じて疑わない家族は応援してくれる。
アホな父はともかく、きらきらした瞳で「きっと合格できるよ!頑張って!」と応援してくれる、里帰り中の兄上達。
そして「おまもり!ひろったの!おかあさまにおねがいして、ぬってもらったの!きらきらしてて、たぶんすごいやつだよ!」と、ぷくぷくとした手で、可愛い顔を精一杯ほころばせて、庭で拾ってきた石を詰めた袋を渡してくる四歳の可愛い妹。
私の兄妹達はとても可愛くて、「まあ、悲しい顔をさせるのもな」なんて、少し頑張ってみることにした。
***
受験当日。御者と老執事ジェフとの三日間の長旅を経て、念のため一週間早くから到着しても「よっしゃ準備万端!」とは言いがたい。
フワフワした現状と「もう考えるの面倒くさい」の流れに身を任せるままに、ヴァルバス辺境伯家王都邸から馬車で学園へ向かう。
この学園には貴族や金持ちの生徒比率が高いので、なんと御者と馬の待機場まで備わっている。
馬鹿デカい正門は徒歩用と馬車用に分かれており、馬車用から入ると円形道を時計廻りに進む。六時から十二時まで回ると、生徒は優雅に馬車から降り校舎へ。そのまま三時方向へ進めば厩舎や従者の待機場に向かう道に出られるし、そのまま六時まで戻って帰る事も出来る。道幅も広く、一頭立てならば3.5輛並ぶ。
行きも返りも優雅に乗り降り出来る、良く出来たシステムである。
貴族だけで無く商人も、優雅と作法を見せられなければ舐められる。馬鹿らしくも決して軽視出来ない風習である。
例に漏れず私も優雅に馬車から降りる。案の定校舎の方向からちらちらと視線を感じる。
馬車から降りるだけですら礼儀作法だ優雅だなんだと言っている割に、惚けた顔して人のことを凝視するのはいかがなものか。なんて、正直内心ではかなり自尊心を刺激されながら、すました顔と綺麗な姿勢を意識して受験会場へ歩く。
やっぱり何もしなくてもこの容姿は目立ってしまう。予想通りとはいえ、この状況で実技をどう突破したものか。
流石に全てを諦めて異常な能力の片鱗を見せつけるほどは追い込まれてはいない。
将来化け物と揶揄され忌避される存在になる可能性か、家族に悲しい顔をさせるという二択なら当然、家族には泣いてもらう方が良い。
あと、「隠しているけど実は強い」みたいなのに憧れてる。
どちらの理由が大きいかはまあ、「読者の君と同じくらい」と誤魔化しておこう。さあ君も中二の心を思い起こしてみよう!
ここまで悩んだ末が案外私なんて常識の範疇だったりする可能性もなくもないが、いや神様の加護というお墨付きの才能だぞ?絶対面倒は起こる。私はこの手の転生話には詳しいんだ。
試験は一日中、何回かに分かれて行われるので遅刻の心配はない。優雅に来校されるであろう貴族連中への配慮だ。
時計が開発されている癖にこの国の人々はなかなか時間にルーズだし。
しかしこの調子で注目を集め続けるのは良くないだろう。
グダグダと悩みながらも、私はギリギリ直近の試験時間に優雅早歩きで間に合わせた。
***
魔力測定は事前に調べていた通り、謎の水晶に魔力を込めるだけだった。
ちなみに魔力を適切に込めると、中に炎が浮かび上がるような反応が出る。その炎の大きさを見て、一番小さな水晶は一桁切り捨ての数値までがわかるらしい。
どうやら一般的に広く行われている方法らしく、同型の水晶も辺境伯家の手にかかれば簡単に手に入った。
自室でこっそり、試しに一つ全力で魔力を込めてみたら、水晶は砂になった。許容範囲を著しく超えた反応なのは、どう考えても明らかである。
だが、水晶が割れる「までは」まだあることらしい。そうなった場合、より大容量を計測できる大水晶で、再計測も行っているそうだ。
水晶は大きくなるにつれに高価らしい。それもあって一段階大きくして再計測を行い、それでも測定不能ならほぼ合格判定を貰えると母が言っていた。
ステータス画面が他人には見せられない仕様なのは本当に助かった。
ステータス証明書を発行してくれる鑑定士という職業があるが、国内に数人程度である。
受験生全てをまかなうにはあまりに人数が少ない。
レベル差がありすぎるとステータス鑑定スキルをはじかれ、まともに測定できないという問題点もある。あと料金が高い。
全員がステータスを見せられる世界ならそれで測定は事足りてしまう。つまり誤魔化しが効かない。危なかった。
一応「水晶に上手く最大限の力を込められるか」というのも試験の内なのだろう。数値だけ多くても、その一割の力も出せなければ意味が無い。
逆に「水晶に最小限の力を込めれば」私の数値は誤魔化せるということだ。
元々魔力操作には自信があったが、水晶を壊さないよう絞るとなると難しい。
正確な数値は覚えていないが、当時既に魔力総合値が五百万を優に超えていたはずである。
小水晶の測定上限値は一万。大岩を卵の上にうまいこと乗せてみろと言われた気分だろうか。正直投げ出したいレベルで難しい。
*
王都へ旅立つ数日前までかけて、しかしなんとか水晶を割らずに魔力を込めることに成功した。
筆記試験も流石に初等部レベルなら前世の記憶アドバンテージでなんとかなるだろう。
あと魔術関連の筆記試験も赤点レベルは回避できるだろう。一夜漬けは前世でも得意だったし。
一般的な魔力量はわからないが、小水晶上限値ギリギリになってしまった測定結果と、ほどほどの筆記試験結果ならば、実技で上手く手を抜いた計算でも合格の可能性はあるだろう。
***
さて、何事もなく筆記、測定試験を終え、あとは実技を残すのみである。
どうやら三十名程ずつのグループに分かれて、野外の演習場にて実技は行われるようだ。
当時父親や兄達の魔法しか見たことがなかったので、一般的な魔法は全く知らなかった。
当時の私と同じ歳の頃の兄達の魔法を参考にして、凄すぎず弱すぎず。
他の受験生を見ても、火の球くらいなら一般的だろうと感じた。
よし、予定通り使う魔法は火球でいこう。
*
それにしても炎を出すような魔法を使う奴が多い。流行りとか伝統があるのだろうか。
やはり原初より火の力というのは人間の力の象徴だからとかだろうか。それとも扱いやすいとか?
わかりやすく、格好良いので使いたくなる気持ちはわかる。
だがここで氷の魔法だとか、ただの魔力波だとか、あえての地味な強化系魔法、弱体化魔法、暗闇やら煙やらの妨害系魔法なんか使ってみたらキャラ立ちもするしシブいと思うのだがどうだろう。
私としてみれば他の受験生に紛れて、自分の火の玉は目立たなくなるので好都合ではあるのだけれど。
何名かの試験中「おおっ……!」と言った歓声が聞こえる。
嫌味に聞こえるかもしれないが、正直私には違いがわからない。
無詠唱も普通にいるが、どうやらその中でも凄さの上下があるようだ。
詠唱の知識に自信がなかったので無詠唱が割と一般的なのは助かった。
弱い魔法だからと脳天気に詠唱を端折った結果、「無詠唱……だと……!?」みたいに驚かれて目立ってしまう展開はアホすぎる。
一応火球の詠唱だけは練習しておいたので準備に抜かりも万が一もない。最悪詠唱の文言を忘れてもモゴモゴ喋って誤魔化す。
詠唱なあ……。実際魔法を使えるようになるまでは格好いいなあって憧れたんだが、いざ無詠唱に慣れた後だと覚えるの面倒になっちゃったんだよなあ……。
「詠唱魔法を極めた結果、その魔術の無詠唱が出来るようになる」ってのが常識だったらどうしよう。
ボロが出ないように、今後はなにか対策を考えなくてはならないかもしれない。
水晶玉師匠のスパルタ指導のお陰で、(手加減)魔力操作にはそれなりに自信がある。
なので実技については一切対策をしていない。というか対策する時間がなかった。
行き当たりばったり感が否めないのは許して欲しい。八歳児じゃあ得られる情報に限りがあるのだ。
とりあえず無詠唱の火球を出せばお茶を濁す感じになるだろう。歓声を受けてた魔法は最低でも火の槍だったし。
順番が後ろの方だった私はそんなことをポケーッと考えながら暢気になっていた。
水晶を割らないで済んで、筆記試験もそこそこ上手くいって、山場を越えた感じがしたせいであからさまに油断していた。
合格発表は二週間後に貼り出されるらしいし、それまで王都観光とかしてこうかなとか。王都は二度目だけど別に見たいものもないしなあとか考えていた。
最後の詰めを疎かにしてはならない。これは教訓である。
私の一つ前まで順番が回ってきた。疲れた。早く終わらせて帰りたい。
詠唱ながいなあ。気合いが入ってるんだろうな。
……当然か。人生の転機になるか否かってくらいの名門校らしいし。
話が聞こえてきたけど、なんだか滅多に会えない名物教員が試験官に混ざってるらしいし。
おお。おそらくその名物教員を見てるんだろうな。なんか詠唱しながらチラチラ横目で試験官席を見てるけど……コイツ案外余裕あるな。なんか大変そうな詠唱してる割に。
んー。あの赤髪の女が名物教員かな。凄い凄いって興奮してる人間がいる割に若いなあ。見た目だけ?実年齢はもっと上とか?どう多めに見積もっても三十代前半くらいにしか見えない。
わあ……!笑うとちょっと怖いな……!美人だけど。あれ、なんか歯がギザギザしてない?
名物教員が嬉しそうな顔してるけど、やっぱりこのクソ長い詠唱魔法って凄いんだろうなあ。なんか「掘り出しもの見つけた!」って感じ?
はてさてあの子の魔法は上手く発動するかn……おおー!!!凄い!!!格好いい!!!派手だ!!!
やっぱりあれは凄い魔法なのか。みんな凄い興奮してる。いやあ。格好いいもんなあ。
赤髪教員も嬉しそうに見て……って怖っ!!!笑うとほんと凶暴な顔になるな。見た感じ悪い人っぽくはないけども。変な人ではありそう。
いやしかし。いいよ。良い流れ。
みんなこの派手な魔法に釘付けだし。すました顔してるつもりみたいだけど、ニヤニヤしそうでほっぺたがピクピクしてるあの女の子に、みんなして歓声を送りたくてしょうがないって感じだ。
いやあ。すごかったもんなあ。素直に綺麗だったなあ。例に漏れず炎だしてたけど。
おかげで目立つ気がしない!地味にパッパと魔法撃って終わり!いやあ。運が良いな。変な気を遣わないで済む。
おっ。出番かな?
ああおばさま!いいんですそんな!むしろありがたいです!みんながあの女の子に夢中なうちにサッサと終わらせたいんで!
いやでもあくまで落ち込んでる風で行こうかな?「前の人凄すぎてやる気なくしたわー」みたいな。
はい火球ぽーい。終わったよー!おばさまー!おばさまー?試験官が夢中になって他の試験疎かにしちゃあダメじゃないかな-?ちゃんとみてないとさー?いや私は全然構いませんけどもー!
はーっ。肩の荷が下りたよ。よかったよかっ……。
ゾゾゾ。そんな効果音が付きそうな寒気、前世でも感じたことはなかった。
なんだか凄まじい視線を感じる。殺気じみている。
ギギギ。あまりの寒気に体が固まってしまったようだ。視線の元を覗き見るのに骨の軋む感覚がした。
ヒエッ……。声を漏らさないようにするのは大変だった。
試験官席、赤髪が三白眼をぎらつかせて、今にもよだれを垂らしそうなほど口角を上げている。荒い息、半開きの口、中から覗く蛇のように細い舌はチラチラ……と効果音を発していそうだ。なんか瞳孔開きすぎてほとんど白目にしかみえない。
何故こっちをみる!!!?そんな嬉しそう(?)な顔をして!!!さっきまであの女の子見てただろう!!!
そんな拍子に先ほどの女の子に、赤髪から目を逸らす気分で視線を移した。
おおん……。オオン……ッ!おい。おい。やめてくれよ。そんな目で見るな。お前もか。なんだよ。私が何したんだよ。
目を逸らしたつもりが、真っ直ぐにこちらを睨み付ける女の子と目が合ってしまう。
真っ赤に充血した瞳は今にも泣き出しそうで。咄嗟に意味もわからず謝りそうになる。
幼い少女にそんな顔をされると、無条件で罪悪感が喉をせり上がる。いや肉体的には彼女の方が恐らく年上だけれど。
泣かないように踏ん張っているのか、血が出そうなほど握りしめた拳はぷるぷる震えていて、それが尚更痛ましさに拍車をかける。
ああ。今世の体がポーカーフェイスが得意で良かった。
美少年フェイスは力を入れずとも感情と表情を切り離してくれる。
内心では「こっちも泣きそう」と目の奥がジリジリ焼けて、頭は火の粉が舞ってるような熱を発してパチパチしている。
ああ。ここまで来れば私にもわかる。私もどうやら世の異世界系主人公と同じ人種だったようだ。
ああ。これだけは一度言ってみたかったようで、言いたくなんてなかった。
「私、なんかやっちゃいました?」
ちくしょうめ。
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