第173話 久しぶりの再会はドキドキと共に

 ひとりです。


 私がついて行ってあげる!


 と、フィリシアが両手を上げましたが、仕事があるでしょう! って、即却下です。

 アンナさんのお宅で、すべき事をみなさんに教えて頂きました。教えて頂いた事をすべてメモしていたのですが、そのメモに見知らぬ書き込みがしてあります。

 良く見ると、“フィリシアにサインを貰ってくる事”って書いてありました。

 まぁ、誰が書いたかは明白です。私じゃない事は間違いありません。フィリシアの執念を感じますよ。

 

 ドキドキです。

 もう少しでネレーニャ家に到着です。大女優さんのお宅ですよ。

 前回は大女優さんと言う意識が無かったので何とかなりましたが、心臓が口から飛び出しそうです。緊張がひとりだという不安を飲み込んで、ひたすらにドキドキしています。


◇◇


「ようこそ、エレナ様。お待ちしておりました」


 私の姿を見ると、すぐに門番さんが、大きな門を開いてくれます。重そうな門が開くと、一気に視界が開けて行きます。

 白亜の豪邸って言葉がぴったりですね。大きな木々に囲まれた、とてもとても広い庭が印象的な大きな大きな家。四方は厚い壁に覆われ、厳重に守られていました。

 でも、あれですね。

 キルロさんの御実家を見ているので、びっくりする事はありません。あのお城みたいな家に比べたら、常識的な大さだと感じてしまいます。大きくて立派な家なのは間違い無いのですが、流石にお城とまでは言える大きさではありませんから。

 植物をモチーフにした優美な曲線を描く装飾が、大きな家を彩ります。

 装飾が施された大きな両開きの扉の前に馬車を停めると、ハンジさんがすぐに顔を出してくれました。


「お待ちしておりました、エレナ様。奥様とお嬢様がお待ちかねです、こちらへどうぞ」

「はい」


 緊張して来ましたよ。

 フカフカの絨毯、装飾の施された柱が目に付きます。ごてごてとした嫌味な感じは一切無くて、柔らかな趣のある造りが素敵です。



「ようこそ、エレナさん」


 扉の先で、アンナさんが微笑んでいました。ゆったりしたシンプルなロングドレス姿に、リラックスした印象を受けます。ピンク色のワンピースが可愛いソフィーちゃんは、何だかもじもじと照れた姿を見せていました。その腕の中には落ち着いた様子を見せるオルンモンキーの姿が見えます。

 柔らかな微笑みが私の緊張を解きほぐしてくれて、気が付けばドキドキはどこかへ行ってしまいました。


「本日は宜しくお願い致します。ソフィーちゃん、こんにちは。オルンモンキーとすっかりお友達になったのね」

「⋯⋯は、はい。こんにちは」


 ソフィーちゃんはもじもじと、お母さんの影に隠れてしまいました。アンナさんはそんなソフィーちゃんに、美しい顔で嘆息して見せます。相変わらず、溜め息が出そうなほど綺麗な方ですね。


「ソフィー、どうしたの? エレナさんが来るのが決まってから、もう楽しみで、楽しみで、仕方ないって感じだったのに⋯⋯。ほら、ちゃんと挨拶しなさい」

「い、いえいえ。ちゃんと挨拶してくれたよね。私もソフィーちゃんと会えるのが、楽しみでしたよ」


 はにかんだ笑顔を返してくれるソフィーちゃん、可愛すぎる。こちらもニコニコになっちゃいますよ。


「何だかごめんなさい。折角来て下さったのに」

「いえ、とっても可愛いですね。ニコニコになっちゃいます。では、早速。ソフィーちゃん、この仔を診てもいいかな? 名前はなんて言うの?」

「ニコです」

「いい名前ですね。おいでニコ、久しぶり。いい仔にしていた?」


 私の手の匂いを嗅ぐと、覚えていたのかすぐに腕の中に飛び込んで来ました。

 ちゃんといい仔にしていたみたい。エライ、エライ。

 私の手の中で大人しくしているニコに、聴診器ステートを当てて胸の音を聞いて行きます。

 大丈夫です。雑音は無く、問題はありません。毛艶も綺麗。【ハルヲンテイム】の仔達よりツヤツヤの毛並みですよ、大事にされている証拠ですね。

 爪はどうでしょう? 少し伸びていますが、庭の様子を見る限り、大きな木が何本もありました。庭で遊んでいる時に、きっと爪とぎもしているのでしょう。


「爪がちょっとだけ伸びていますね。このままでも問題は無いですが、少しだけ切っておきます。トイレや食欲は問題ありませんか?」

「はい! 大丈夫です」

「良かった。お腹の調子が悪くなったり、食欲が落ちたりしたら、すぐに教えてね」

「はい!」


 ソフィーちゃんの元気も戻って来ました。

 大人しく診察を受けているニコを、ソフィーちゃんは興味津々と覗き込みます。初めて見る光景が、珍しくて仕方ない様子です。


「お疲れ様、ニコ。ソフィーちゃんの所に戻っていいわよ」


 キョロキョロと少しだけ様子を伺って、すぐにソフィーちゃんの腕の中に飛び込んで行きました。一緒にいるのが当たり前になっているのが分かります。

 大事にして貰って良かったね。


「ちょっと一息入れましょうか。ハンジ、お願い」

「かしこまりました。エレナ様もこちらへ」

「は、はい」


 テーブルを挟んでふたりの前に座ります。私でも分かる高価な茶器が目の前に置かれて、目が泳いでしまいます。

 こ、壊せないですね⋯⋯。


「緊張しなくて良くてよ。ニコに問題は無かった様ですね」

「はい。とても健康です。大事にして貰っているのが、良く分かりました。ここに来られたニコは、とても幸せだと思います」


 私の言葉に気を良くしたソフィーちゃん。お母さんに笑顔を見せると、また、はにかんで俯いてしまいました。


「やっぱり、不幸になる仔もいますの?」

「私はこの仕事に就いて短いのですが、良くない噂を耳にする事も無くはないです。でも、ウチの店に限っては聞いた事はありません。きっとハルさ⋯⋯店長がしっかりと人となりを見定めて販売しているので、変な人に売る事は無いのだと思います」

「あら、ウチもまともだって認めて貰えたのかしら」

「も、もちろんです! 実際、とても大事に育てて頂いているのが、ひしひしと伝わって来ます。ニコは本当に幸せ者ですよ」


 アンナさんも笑みを深め、ソフィーちゃんもまた嬉しそうに破顔します。


「そう、そう、お願いしていた仔を見せて貰えるかしら」

「もちろんです。少々お待ち下さい」


 私は廊下で待機していた、大きなケージと小さなケージを、ハンジさんと一緒に運び入れました。おふたりは私達の一挙手一投足に、爛々と輝く瞳を向けます。

 さて、ご要望にお応え出来るかな。

 私はふたつのケージの前に立ち、ふぅ~っと一息吐き出して行きました。

 さぁ、お披露目です。

 気に入って貰えるといいな。

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