第99話 名は体を表すってやつですよ

「す、すいませんです! 遅くなりましたです! た、大変なのです!」


 村からそう離れていない森の中で【スミテマアルバレギオ】は小さな陣をひっそりと張っていた。森の片隅で息を潜め、村の様子を見守っていたのだが⋯⋯。

 ユラとキノを村に残し、村から撤退したと見せる為の行動フェイク

 夜になり連絡係として陣と村を行き来するフェインが戻って来るなり、激しい焦燥を見せた。

 マズイ事が起きたと分かるその姿に、一同の表情は一気に険しいものとなっていく。

 村で何かが起こった。ある意味それを狙っての行動だったが、後手を踏んでしまったのかと不安が一気に襲う。


「ユラとキノが攫われてしまいました」

「なんだっ⋯⋯##! &@@⋯⋯!」


 叫び声をあげようとするキルロの口を全員で押さえ込む。村のすぐ側で大声を上げるなど愚の骨頂。潜んでいる意味が無くなってしまう。

 しかし、これは予想外。ハルは軽く舌打ちを見せ、マッシュは顎に手を置き、顔を曇らせた。


「エーシャさんの話だと、“先に行くから心配するな”と言っていたそうですが⋯⋯」


 いつもより早口でまくし立てるフェインの言葉から焦りが伝わる。

 しかし⋯⋯先に行く? とは⋯⋯。

 ハルとマッシュは顔を見合わせ、同じ答えを導き出す。

 

 自らついて行った。


「フェイン、ユラとキノが攫われた時の状況を聞いているか?」

「はいです。馬車で現れた男達が、食料などと一緒にふたりを攫って行ったという事です。はい」

「馬車か⋯⋯。なぁ、ハル。足が速いのがいい。あいつを貸してくれるか?」

「もちろん。その為に連れて来ているんだから。ヘッグー!」


 ハルの呼び声に馬車からひとつ羽ばたきを見せ、降り立つ純白の聖鳥アックスピーク。

 マッシュは直ぐに跨り、手綱を握った。


「馬車の轍を追って見る。明け方までには戻るんで少し待っていてくれ」

「頼むわよ」

「ああ」


 手綱を引き走り出すマッシュと純白の聖鳥。その姿は瞬く間に森の闇へと吸い込まれて行った。


◇◇◇◇


 あまり寝られませんでした。

 

 あのまま小動物モンスター部屋に置いておくわけにはいきません。私は自室に連れて行き、ご飯やお水の世話をしました。大丈夫かなと、夜半に何度も籠を覗いてはベッドに戻るを繰り返し。まんじりともしない一夜を過ごしました。

 朝になっても籠から出る気配は相変わらず無く、どうしたものかと嘆息するばかりですよ。


「いい天気だよ。日向ぼっこしようよ。ねえ? どう?」


 ま、出ませんよね。

 ご飯と水には手を付けているので、調子が悪いわけではなさそうです。


「ちょっと仕事して来るから、いい仔にしていてね」


 ま、籠から出そうもないので、大人しくしている事でしょう。

 健康なのにあまり動かないのもどうなのかな? ずっと動かないのも良くないですよね。


「あ! アウロさん!」

「エレナ、おはよう。どう? 上手くやっている?」


 私が首を横に振って見せると、アウロさんも嘆息しました。


「小動物モンスター部屋に連れて行ったら、大変でしたよ。ブラウなんて見た事もない威嚇を見せるし、ルンタは一緒になって暴れるし⋯⋯」

「それはさすがにちょっと時期尚早だったのかもね。エレナはまだ仲良くなっていないのでしょう? まずは、エレナが仲良くならないと」

「ですか⋯⋯。どうすればいいのか分からなくて、見守るしか出来ていない現状なのです」

「なるほど。お、そうだ。名前を付けてあげたらどう?」

「ええ!? わ、私が??」

「そうだよ。担当だもの、エレナが付けてあげなよ」

「そ、そうですけど⋯⋯ええ! ⋯⋯私ですか?!」

「そう、私。まぁ、仲良くなる第一歩だと思って、いい名前付けてあげなよ」


 最後はにっこり笑って、仕事に戻ってしまいました。これって、責任重大じゃないですか? 

 

 名前⋯⋯なまえ⋯⋯ネーム⋯⋯呼び名⋯⋯。

 そんな単語が頭の中をグルグル回って、なんだか一日落ち着きません。

 名は体を表すなんていいますね。チビとかミニとか? そのまんま過ぎて全くピンときません。これは思っていた以上に難題ではありませんか。

 ムムム。

 

 集中しきれない頭で午後の仕事もなんとかミス無く終えて、ひと安心です。危うい瞬間もありましたが、今回は大丈夫でした。良かったぁ。

 さて、あの仔は大人しくしていたかな? 籠の中で縮こまっていそうですね。



「帰りましたよ⋯⋯って何これ!!??」


 自室の扉を開き、中を覗きます。頭が一瞬、真っ白になりました。

 確かに籠の奥で丸まっています。しかしですよ、何ですかこの部屋の荒れ模様。

 物が少ないので、まだマシかも知れません。でも、ベッドから布団はずり落ち、枕から鳥の羽が飛び出して部屋中に舞っています。

 はぁ⋯⋯。

 私は肩を落とし、いそいそと片付けを始めました。仕事が終わって、また仕事をしている感じですね。


「もう! ダメでしょう! 遊んでもいいけど散らかしてはダメ! いい? 分かった」


 私は籠を覗き込み、怒って見せます。何か怒られているのは分かっているみたいです。バツ悪そうに上目づかいでこちらをチラチラと見ていました。


「いい? こんな事はもうしちゃ⋯⋯」


 私は籠の中で縮こまるこの仔に指を差して注意を促そうとした瞬間。


 ガブッ!


「いっ⋯⋯痛っ!! もうーーーーーー!!」


 私の人差し指にまたもや見事な歯形がつきます。籠の中に手を入れてはいけないのを、迂闊にも失念してしまいました。


「もう! ガブガブガブガブ噛んで! このガブっ仔! もうあなたなんかガブよ、ガブ」


 決めましたガブです。名は体を表すのです。ガブって呼んでやる!! 怒り慣れていない私は、うまい悪口が浮びません。この悶々とする思いをどこに持っていけばいいのか悩んでいる内に、疲れてしまいました。仕方ないと諦め、気持ちを入れ替える事にします。

 私は部屋の惨状を今一度見つめ直し、肩を落としました。このガブガブのガブのせいですよ。



 翌日、朝一番で現れたアウロさんを捕まえて、ぷんすかと事の経緯を話しました。


「アハハハハハハ。やられちゃったか、災難だったね」

「本当にそう思っています?」

「思っているよ。まぁ、誰しもが通る道と思って、これも経験だね」

「でも、見て下さいよ。この右手、歯形だらけですよ。ガブガブガブ噛むから、もうガブって呼ぶ事にしました」


 私はアウロさんに傷だらけの右手を差し出しました。アウロさんはその右手を見つめ、ニッコリと笑います。可笑しくないですよ、もう。


「アハハハハハハ。いい名前付けたね。エレナ、もしかしたらそれはガブの愛情表現かもよ」

「えええー」


 いくらアウロさんの言葉でも、信用に値しません。


「見てごらん。最初の時より、噛み方が少し甘くなっている。愛情の表現は千差万別、その仔その仔で違うんだよ。ガブは噛みクセのある仔なのかな? でも、仲良くなって来ているんじゃない。さすがエレナ」

「その褒められ方は、何か騙されている感じがしますよ」

「いやいや、エレナは本当に良くやっているよ。嚙みクセのある仔は止めさすより、噛み方を甘くするように教えてあげるといいんじゃないかな。その内エレナの方から噛んで欲しくなるかもね」

「なりませんよー」

「どうかな。仲良くなってきているのは間違い無い、焦らずゆっくりと仲良くなりなよ」

「分かりました⋯⋯」


 爽やかな朝の笑顔で、アウロさんは仕事へと戻られました。

 本当に仲良くなっているのかな?

 餌の入ったバケツを抱え、小動物モンスター部屋へと向かいます。アウロさんは今頃、白虎サーベルタイガーの餌やりですね。

 

 あ!

 

 先程のアウロさんの言葉を思い出しました。

 そうです、アウロさんも白虎サーベルタイガー達の餌やりの時に甘噛みされていましたね。しかも、恍惚の表情を浮かべて、いつも嬉しそうでした。

 そう言う事ですか? 私があの領域に達する事は出来るのでしょうか? ある意味達人の領域な気がするのですが⋯⋯。

 誰よりも動物モンスターに詳しいアウロさんの言葉を、今は信じて前に進むとしますか。

 でも、またガブガブされるのはイヤですね。

 大丈夫。仲良くなってきている。

 きっと。

 多分。

 そのはず⋯⋯。

 呪文のように頭の中で言葉を繰り返します。

 

 早く仲良くなりたいものですね。

 はぁ~。

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