第69話 接触はフードを深く被って

 街路灯の柔らかな光が街路を照らし、人の気配もまばらになっていた。

 たまに届くのは大きな笑い声や怒号。街は静まり返り、長い夜の始まりを見せていく。



「みんな、ごめんね。帰してあげたいのだけど、今ここを出るのは危険なの。もうしばらく辛抱してちょうだい」

「何を今更言っているのです。大切な合同クエストはこれからが本番なのはみんな分かっています。謝る必要なんてありませんよ」

「そうそう」


 モモの言葉にフィリシアは何度も頷いて見せる。

 モモの言う通り、これからが本番、勝負だ。日付変更と共にエレナの登録を済まさなければならない。ここを乗り切ればこちらの勝ち。

 父親がエレナの強奪を仕掛けてくるのは分かっている。力尽くで黙らすのは簡単。だけど、あんなヤツとはいえ、父親をボコボコにするのはさすがに気が引ける。そうなると、やる事はひとつ。こちらでエレナをギルドに連れて行き登録を済ませてしまえばいい。

 あと一息。

 このクエストも、いよいよ大詰めね。



「アウロ、宜しく」

「はひっ!」

「大丈夫。落ち着いて。あなたには指一本触れさせない。約束する」

「だ、だ、だ、大丈夫です。大切なクエストですから、せ、成功させましょう」

「そうね」


 外套を羽織ながら、興奮と緊張を見せるアウロ。始まる前から額に汗を掻いている。

 慣れない事をさせて申し訳ないと思いながらも、重要な役割を願っていた。


「い、行きます」

「頼むわね」


 ハルの言葉に深く頷き、外套のフードを深く被るアウロ。アウロの隣には同じようにフードを深く被る小さな女の子の姿。ふたりはそっと裏口から暗闇に紛れて行った。人目を警戒し、用心深くギルドの方角を目指す。



 ピィーと指笛が響き渡る。

 小太りの冒険者は隠れようともせずに一定の距離を保ち、ふたりの後をけていた。長身の冒険者が指笛を聞きつけ、合流を図る。


「ガズ、あれか?」

「間違いねえ、店から出て来た」


 目の前を行く、挙動不審な優男と小さな女の子の影。

 ガズがふたりを顎で指すと、ナーセブは口端を醜く上げた。

 大金が目の前を行く。ふたつの影を追いながら、薄汚い冒険者達は高揚していた。


「ヤコブを呼んで来る」

「ああ。行き場所は分かっている。最悪あんな優男、脅しちまえば一発だ」

「はっはぁー。確かに」


 小太りの男と長身の薄汚い冒険者のふたり。その風体らしい、いやらしい笑みを浮かべて見せた。



 アウロは後ろをける冒険者の影に動揺は隠せない。何度も生唾を飲み込み、震える足を前に出して行った。

 自分がしっかりしなければ。

 臆病な自分を叱咤し、駆け出した。

 女の子の手を引きながら、裏通りへと姿を消して行く。


「野郎」


 突然走り出したふたつの影。

 小太りの男が腹を弾ませ、ふたつの影を追う。ギルドに向かっていたかと思うと急に踵を返し逆方向へ。そうかと思うとまたギルドへと、街中を縫うように駆け抜けて行く。

 激しく肩で息をしながらも、見落とすまいと必死に食らいつく。


 時間は刻々と刻まれていた。

 静かな鐘の音が届く。日付が変わった事を告げる静かな鐘の音が、耳を掠めた。


「ガズ! 何遊んでんだ」

「ヤコブ! 簡単に言うな」


 父親が合流すると、三人の薄汚い冒険者がふたつの影を追って行った。

 ギルドは目の前。飛び込む所は分かっている。ヤコブのベルトに差している登録用紙。それを手で確認し、追いかけるふたりに声を掛けた。


「おい」


 ヤコブがふたりに顎で指示すると、ひとりその場から離れて行く。

 ふたりは一瞬渋い顔を見せ、一段階スピードを上げて前を追って行った。


 迫り来る影に息を切らすアウロ。

 街中を駆けまわるその視線の片隅に、ふたりを見つめるエルフが映る。

 建物の隙間から、アウロに大きく頷くネインの姿。アウロはその姿を確認すると、一気にギルドへと駆け出し、ネインは再び闇に紛れて行った。

 心臓が口から飛び出しそうになりながらも必死にギルドを目指す。

 緊張する体はすぐに心拍を上げ、肺は張り裂けそうなほど苦しい。もつれそうになる足で必死に小さな女の子の手を引いて行った。

 見えた!

 目指すは登録を担う1番の入口。見えて来るその入口へと飛び込もうと、もう一度足に力を入れ直した。


「はいはい。ご苦労様でした。わざわざ連れて来て貰って悪いな。あとはこっちでやるから、ゆっくり休んでくれ」


 アウロの目の前に立ちはだかるヤコブ。舐めた口調に、下卑た笑みでふたりを出迎えた。

 アウロは震える体で、女の子の前に立ちはだかる。

 ヤコブはその姿に何が出来るとせせら笑う。


「兄ちゃん、痛い思いしたくないだろう? どけ」


 ヤコブの見下す態度に、アウロは厳しい目つきを返すだけ。ガズとナーセブも背中から迫る。遠くなってしまった1番の入口。ヤコブの背中越しに見えているが、すぐそこが遠い。

 前も後ろも塞がれ、もはやどうにもならない。進む事も戻る事も出来ないアウロと女の子。それでも折れないアウロの心に、ヤコブはイラ立ちを募らせていく。


「てめえ、いい加減にしろよ! 大人しく渡しやがれ!」


 アウロの胸ぐらへ伸びるヤコブの両手を、小さな女の子が払いのけた。

 その力強さにヤコブは一瞬の困惑を見せたが、すぐに怒りの表情を見せていく。


「何しやがる!」

「そらぁこっちのセリフだ、三下! ウチの従業員に手を出してタダで済むと思うなよ!」


 フードを取って現れた小さなエルフがアウロの前に躍り出た。


「な⋯⋯」


 予想していなかった顔が現れ、ヤコブも背後にいる二人の薄汚い冒険者も困惑を隠せずにいた。激しい動揺が動きを止める。


「エレナはどこだ! どこに隠しやがった!」


 ヤコブは動揺を隠さんと吼える。震える言葉から、困惑と怒りが垣間見えた。


「はい、はい、はい、喚くな、喚くな」

「弱いヤツほど吼えるって言うだろう。勘弁してやれ、団長」


 ガズとナーセブの後ろから現れたのは、キルロとマッシュ。ふたりは剣と長ナイフを携え、薄汚い冒険者達の退路を断つ。ヤコブの顔は険しさを増していき、ガズとナーセブは後ろからの圧に、オロオロとうろたえる事しか出来ないでいた。

 ヤコブは状況を精査しようと、視線は激しく動く。捨てきれない欲に、状況の打破を渇望していた。

 小物、三下⋯⋯この雑魚が。

 欲にまみれたその姿にハルの顔は険しさを増していく。

 この状況でも自身の欲望にしがみつく醜い姿に、忌避感しか覚えない。


「このクズが⋯⋯」


 ハルの絞り出した言葉。睨む青い瞳が、怒りに塗れる。

 刹那、ギルドの入口から現れるフェインとネイン。


「ですです。ハルさんの言う通りです」

「あとをけるのが、馬鹿らしくなるくらい簡単でしたよ、副団長殿」


 後ろからの声にヤコブが振り返る。驚愕の表情を浮かべるその姿に、もはや余裕は崩れ落ちていた。フェインはその姿に呆れながら、そっと少女の背を押して行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る