第68話 嘲笑

「んじゃ、キノ行こうか」

「あいあーい」

「くれぐれも無茶はしないでよ。キノ、頼むわね」

「おう」


 心配そうに見つめるハルヲにふたりは笑顔を見せ、街の中心街へと向かった。ラーサの笑顔からは強がっているのが透けて見える。

 キノは相変わらずマイペースね。

 その姿にハルは、ひとまずの安堵を覚えるが、落ち着かない心持ちはどうしようもなかった。



『あいつらなら、キノで十分。おつりがくるわよ』


 ラーサはそのハルの言葉を信じ、キノと手を繋いで歩き始めた。

 相手方の様子、出方を伺う為に街へと放たれたのは重々承知している。

 慣れない事をしているのも分かっている。

 でも、ハルさんを信じる。

 このクエストが重要なのは分かり切っている事だから。


 キノはキョロキョロと街中を見回しながらも足取りは軽い。

 隣を歩く緊張感の薄い幼女の姿に一抹の不安が拭い切れないのも事実。だけど、ここは信じるしか無いと自身に言い聞かせていった。


 人目につくように街中の雑踏を進んだ。

 どの視線も怪しく感じてしまい、疑心暗鬼になって行くのは致し方の無い事。押し寄せる動揺は、ラーサの視線を忙しなく泳がせていた。


「キノ、どう?」


 ラーサはキノの耳元に口を寄せて行く。


「ひとりかな」


 前を向いたままキノは表情ひとつ変えない。

 いる。どこだろう?

 忙しなく動いている視線が、すれ違う人々を追いかける。

 ラーサの心音は跳ね上がり、必死に平静を装うが、心に吹く臆病風はどうにもならない。


「大丈夫かな?」

「大丈夫よ」


 キノは口元に軽い笑みすら浮かべ、雑踏の中へとラーサの手を引いて行く。

 

 街の中心から少し離れると、人影がまばらになっていった。

 ラーサの視線は落ち着く事なく泳ぎ続けている。

 本当に大丈夫?? 

 さすがのラーサも、慣れない状況シチュエーションに顔が強張っていった。


「よう、姉ちゃん」


 き、来た!!?

 背中越しに聞こえる野太い声にラーサは驚きを持って振り返る。ひょろりと背の高い薄汚れた冒険者が、腰を折り曲げ眼前に迫って来た。小柄な獣人と幼女のコンビを、待っていましたとばかりに狙いを定めたに違いない。


「な、なんですか? いきなり」

「すまん、すまん。ちょっと人を探しているんだよ⋯⋯姉ちゃんなら知っていると思ってな。ちょっとばかり協力してくんえねえか?」


 不躾もいいとこだ。

 ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべ、緩み切った顔を見せる。

 恐怖に囚われながらも、その舐め切った態度にラーサは厳しい目つきを返した。


「何をい、言っているのか分かりません。急いでいますので、失礼します⋯⋯」

「まぁ、待ちなって⋯⋯」

「きゃあ!」


 ラーサの肩をいかつい手がむんずと掴む。

 恐怖を感じる瞬間。

 ラーサは反射的に叫び、その手から逃れようともがいた。その反応を見せるのはごく自然な事。思うように動かせない体は硬直して、一瞬にして恐怖に包まれてしまう。


「どーん」

「ぐぼっ!」


 一瞬にして大きな体がくの字に曲がる。キノが大きな冒険者の腹部に頭から突っ込んでいた。


「ケタケタケタケタ」


 ラーサの肩を掴んでいた手は、自身の腹を押さえる為に解かれる。

 腹を押さえ悶絶する姿を、キノは指を差して大笑いしていた。

 悶絶する大きな冒険者と、それを指差して笑う幼女の姿。

 街を行き交う人の興味をひくに十分な、奇妙な光景が繰り広がる。


(なんだ? なんだ?)

(どうした?)


 ふたりを取り囲む街の人々。何が起こっているのか、分からずその光景に首を捻っていた。 奇妙な光景に困惑と好奇の目が向けられ、街行く人の足を止める。


(女の子にやられたみたい)

(うそ!)


 有り得ない状況シチュエーション。大柄な冒険者が小さな女の子の一撃で轟沈というまさかの光景。口元に薄ら笑いを浮かべ、人々は好き勝手にコソコソと指差し始める。

 腹を押さえ悶えていた冒険者も、嘲笑う人々の視線に顔を真っ赤にして羞恥の表情を見せ始めた。

 その姿にキノはさらに爆笑し、取り囲む住人達の蔑む笑みを誘う。

 大柄な冒険者は、その羞恥に耐える事が出来なかった。腹を押さえたまま、捨て台詞も吐かずに逃げ出すと、取り囲んでいた人の輪も自然と解けて行く。


「アハ⋯⋯アハハハ。キノ、凄い! 凄い!」


 逃げ出す冒険者の後ろ姿が見えなくなると、ラーサの緊張は一気に解けていく。

 ラーサには珍しいちょっとした高揚を見せると、キノを抱きかかえていた。



「戻りましたー」

「大丈夫だった?」


 ラーサの声が届くと、ハルは真っ先に裏口に姿を見せる。心配していたのが分かる不安気な顔を見せるハル。そんなハルにラーサはニコリと余裕の笑顔を見せていった。


「大丈夫、大丈夫ですって。キノが守ってくれました。ね」

「おう」


 ハルの緊張も解けると、キノの頭をわしゃわしゃと掻きむしって見せる。その表情から安堵が零れ、キノを見つめる瞳は優しかった。


「どんなヤツだった? 小汚い冒険者?」

「そうですよ。ひょろっと背の高い男でした」

「そう」


 見張っているのが父親で無いのは分かっている。ま、見張っているヤツらも所詮雑魚ね。

 ハルの顔は再び冒険者の顔を見せていく。

 さて、合同クエストの締めに入るか。

 ハルは不敵な表情を浮かべ、瞳に鋭さを見せていった。

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