誕生日

第63話 始まり、不穏、邂逅

 幸せの空間ステージに漂う不穏。

 舞台ステージの上に向けられる好奇と不敵。


「おい、ヤコブ。あの娘、お前の娘じゃねえのか?」

「ああ? ハッ! こいつは驚きだな。どこ行ってんだと思っていたら、あんな所にいやがったぜ」


 うす汚い冒険者風情の三人組が広場の端から舞台ステージを覗く。大会など興味はなく、呑む理由が欲しかっただけでここにいる典型的な三人組。興味が沸いたのは、会場に響き渡ったひとりの少女の名であった。


「ヤコブの娘は、痩せこけたガキって言ってなかったか? そんな感じねえじゃねえか」


 ひょろりと背の高い痩せた男が言葉を受けて、舞台ステージを覗いていく。


「姿見せねえから良く分からなかったが、まぁ、都合よく育ってくれたな」

「ちょっと小さいくらいか?」

「ナーセブ、お前が無駄にでけえだけだ」


 軽口を叩くうす汚い冒険者の計算高い醜く歪んだ視線が、舞台ステージ上に向けられていた。幸せとは正反対の歪んだ心を映し出す瞳。その瞳が捉える先には、多幸感に包まれている少女の姿。


「本当にしちまうのか?」


 小太りの男はヤコブに問い掛ける。口端を醜くせり上げ、粘着質の視線を舞台ステージに向けながら口を開く。


「当たり前の事聞くんじゃねえ。その為に餌食わせていたんだ。しかし、まぁ、他にも餌を食わしてくれる所を見つけるとはな。予想外だったぜ。【ハルヲンテイム】か。感謝しておくか」


 ヤコブは舞台ステージから、視線を逸らす事なく酒を呷っていった。


◇◇◇◇


 光が強くなれば、影もまた強くなる。

 すぐ側にあった影が濃くなっている事に、私自身、気が付いていませんでした。

 いえ、イヤな物に蓋をするように見ようともしていなかった。

 その影は不穏となって、私の側に存在し続けていたのです。

 その影は、私の大切な光ごと飲み込もうと足元からにじり寄っていました。

 抗うには私は未熟で、簡単に飲み込まれてしまう。

 どうにもならない諦めが、私の心を折りに掛かりました。


◇◇◇◇


 その出会いは奇跡に近いものだった。

 【スミテマアルバレギオ】の冒険クエスト中での、まさかの出会い。

 切り立った断崖で一度。谷底に落ちていたのをキルロと助けた二度目。

 そして今。

 ミドラスより、空気の冷たいオルンの山間で三度目の邂逅。

 キルロやマッシュに背を押され、後ろを付いて回る聖鳥に近づく。

 一歩、また一歩と近づく度に、調教師テイマーとしての高鳴りは抑えられなかった。

 

 幻の聖鳥アックスピーク。

 2Miを越す大型の鳥。

 飛ぶのはあまり得意では無いが、地面を駆け抜ける速さは馬の比ではない。個体数の少なさ、その俊敏さから、遠目で目にする事が出来るだけで幸運と言われていた。

 聖鳥と呼ばれる由縁でもある純白の羽毛。雄は立派な鶏冠とさかを有し、雌の口ばしは少し小さめ。文献に寄れば、人を乗せる事も苦にせず、どこまででも走り続ける事が出来ると言う。


 ハルの眼前で待ち構えるつがいの聖鳥。高鳴る気持ちを抑え込み静かに詠った。


「【我に従い我は従うパクトゥムオムアエテルン】」


 頭を下げている二羽の聖鳥に落ちていく淡い桃色の光玉。


「宜しくね」


 ハルは優しい声色響かせ、二羽の首筋を優しく抱き寄せた。


◇◇◇◇


「え! え!? ええええええー!? これ⋯⋯ほ、本物???」


 馬車から下りて来る二羽の聖鳥アックスピーク。純白の羽をひとつ羽ばたかせ、【ハルヲンテイム】に降臨する。

 絶句するアウロは驚愕の表情を浮かべたまま硬直してしまい、他の者達も驚きを隠せずにいた。


「うそだろう?」


 ラーサも珍しく驚いた顔で、つがいの聖鳥を覗く。


「綺麗な羽ね」

「だね」


 モモもフィリシアも、物珍しそうにラーサと並んでまじまじと見つめていた。


「新しい仲間よ。みんな宜しく」


 あっさりと言ってのけるハルに、怪訝な顔を向けていった。


「仲間よって⋯⋯ハルさん凄すぎでしょう、これ」

「本当よ、ラーサの言う通り。見る事が出来ただけで幸運だと言われているのでしょう? 調教テイムまでしちゃうなんて⋯⋯ねえ」

「そうそう。しかし、立派だね。人も乗れそう」


 怪訝な顔を向けつつも、その偉業は手放しで讃えるしか無い。アウロにいたっては、ひとり感動の涙を浮かべていた。


「たまたま、たまたまだって」


 照れているのは見え見え。そんな強がりを見せつつ、ハルは後片付けへと逃げて行った。

 

 居住区の確保が急務かな。ギルドへの登録も済まさないと⋯⋯。

 ハルはやるべき事を整理しつつ、手を動かす。


「アウロ! 手伝ってくれない!」

「喜んで!!」


 鼻息の荒いアウロが飛び込んで来ると、ハルは思わず引いてしまう。想像はしていたが、その上を行くテンションの高さを見せるアウロ。その姿を見やり、逆に冷静になってしまう。


「少し落ち着い⋯⋯」

「こ、これが落ち着けますか?! アックスピークですよ! 幻ですよ! 今、目の前ですよ! 尊い⋯⋯尊過ぎる⋯⋯ありがとうございます。こんな間近で見る事が出来るなんて⋯⋯ああ⋯⋯ダメだ⋯⋯勝手に涙が⋯⋯」

「落ち着け!!」

「はっ! すいません。興奮し過ぎました」


 まったくと嘆息しつつも、じつはまんざらでもなかった。

 昔、西の調教師テイマー調教テイムに成功したという一例があるのみ。習性や飼育法の記述があるのは、ありがたい限りだ。

 取り急ぎアウロとふたりで、文献を漁っていく。


「中庭が一番良さそうね」

「そうですね。洞穴に変わるスペースと、断崖を人工的に作成出来れば大丈夫そうです。中庭なら横はぼちぼちですが、縦は充分な空間スペースを確保出来ますよ。取り急ぎ、彼らの休める空間スペースを作っていきましょうか」

「お願いね。力仕事は手伝うから声掛けて。あと、必要な資材も買い出し行ってくるので書き出して頂戴」

「分かりました。すぐに取り掛かります」

「あ、そうだ。ギルドへの登録をエレナにお願いしようかと思っているんだけど、どこ?」

「ああ⋯⋯それが⋯⋯ここ三日程休んでいるんですよ。休む前まではいつも通りだったのですけどね。風邪でもひいたんじゃないかと、みんな心配しているんですよ。もうすぐ成人の誕生日だと言うのに⋯⋯可哀そうに。誰も家を知らないから確認も出来ず、って感じです」

「それはちょっと心配ね。エレナの誕生日っていつ?」

「明後日かな? ご飯食べながら、もうすぐ成人みたいな話をしていたので」

「明日来なかったら、私、ちょっと行ってくるわ。あそこの父親は何か信用出来ないからね」

「お願いします。そうして貰えるとみんな安心ですよ」


 少しばかりモヤモヤとした心持ちのまま、アックスピークの居住区の作成に入っていく。


 大した事なければいいのだけど⋯⋯。せっかくの誕生日に、ひとり寂しくというのはちょっと可哀そうよね。

 でも、何故か心がざわつく。直感的な何か。

 気のせいならいいのだけど。

 ハルは、手を動かしながら晴れない気持ちを押し殺していた。



「エレナ来た?」

「いえ、今日も見てないです。こうなるとちょっと心配ですね」


 翌朝、一番でエレナの姿を探す。誰よりも朝の早いエレナ。だが、その姿はやはり見当たらなかった。ジワリと迫る、イヤな感じが拭えない。

 モモの表情も晴れず、複雑な表情を見せた。

 さすがに四日、音沙汰なしというのは心配するなと言う方が無理だ。


「ちょっと出て来る。あと宜しく」

「ハルさん、お願いしますね」


 モモの懇願に、軽く頷き店を後にした。

 もしかして、あいつの所にいたりするのかな? それはないか⋯⋯でも、念の為⋯⋯。

 ハルは街外れの鍛冶屋を目指し、駆け出して行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る