第62話 終わりは始まり

 早朝の受付。

 まだ誰もいない静かな受付の片隅にある立派な書棚の上。

 空気はまだ少し冷たく、凛とした佇まいを見せる空間。その空間を見守るように鎮座する三つの立派な盾。刻印されている文字は全て同じ。フィリシアの偉業を湛えるその盾は、相変わらず目立たぬ所でひっそりと私を見下ろしていました。

 私はそれを見る度に偉業を成し遂げた仲間を誇らしく思うのです。本人は至っては相変わらず“たまたまだよ”と同じ言葉を繰り返すだけです。何ともフィリシアらしいですね。

 

 今でも鮮明に思い出します。フィリシアの名が合図コールされた時の事。当たり前のように片手を上げる姿。重圧プレッシャーから解放された安堵の笑み。くしゃくしゃの笑顔で私を抱きかかえ喜びを爆発させた姿。

 どれもこれも誇らしく、私にとって大切な思い出となりました。


◇◇◇◇


 フィリシアが伝声管から口を離すと、歓声が沸き起こりました。カミオさんの驚愕や驚嘆とはひと味違う、敬意や尊敬のこもったその歓声が私の体を震わせるほどでした。

 希望は確信へとその瞬間変わります。この大会で誰よりも凄かったのは、フィリシアで間違いありません。


 そうは思ったものの、いざ発表が始まるとなると、私のお腹はキューっとなります。

 審査員席から司会者さんに結果が手渡され、いよいよです。

 胸の前で手を組んで、祈ります。伝声管を握る司会者さん。

 聞きたい、でも、やっぱり聞きたくない。相反する気持ちがぐるぐると渦巻き、ドキドキが止まりません。でも、そこに同じくらいのワクワクもありました。


 発表です。


「「「それでは発表します。まずは銅賞ブロンズ2名の発表です! まずひとりめは!【イリスアーラテイム】所属、ミカ・グリーズ! そして⋯⋯【オルファステイム】所属、ヤヤ・クスワド! 皆さん大きな拍手でお迎え下さい」」」


 アカイロ狼とオーカハクトウ。予想通りです。ヤヤさんは悔しさを露わにするかと思ったのですが、意外にも淡々としています。審査員のジョブさんから小ぶりな盾を粛々と受け取り、とても冷静でした。デルクスさんも複雑な表情を見せてはいるものの、どこか諦めにも似たスッキリとした印象を受けます。

 盾を受け取ったふたり。舞台ステージ上で高々とその盾を掲げて行きます。堂々とした姿からは悔しさよりも、やり切った感が伝わって来ました。

 観客からの暖かい拍手を受けて、後ろへと下がって行きます。

 残すはゴールドシルバーのみ。


「「「さぁ! いよいよ、今回の優勝者の発表となります。みなさん、心の準備はいいですか? 行きますよー、本当に行きますよー」」」


 いいから、早く言って! いや、やっぱり言わないで! でも、言って欲しいかも⋯⋯。

 私は固く目を瞑り、伝声管の声に耳を傾けていきました。


「「「銀賞シルバーは⋯⋯【カミオトリマー】所属、カミオ・イグナシウス! そして金賞ゴールドは! 【ハルヲンテイム】所属! フィリシア・ミローバ! 三連覇達成! 偉業を成し遂げました! おふたりともおめでとうございます!! カミオ・イグナシウスも初の決勝進出で銀賞シルバー獲得の快挙だ! ふたりの栄誉を湛え! 盛大なる拍手をお願いします!!」」」


 今日一番の熱量で発した司会者さんの言葉。その言葉に触発された拍手の嵐は鳴り止みません。


「やった⋯⋯やった⋯⋯」


 私は自然と両の拳を強く握り締め、体が震えるほど感動をしていました。


 驚愕の表情を浮かべたまま、アタフタしているカミオさん。フィリシアは軽く手を挙げてその嵐に応え、そっと安堵の笑みを零していました。対照的なふたりは、促されるがままに舞台の中央へと進んで行きます。

 威風堂々。王者チャンピオンとしての風格すら感じさせるフィリシアの余裕。頼もしくて惚れ惚れしてしまいますね。


「カミオ・イグナシウス! おめでとう。素晴らしい発表でした。今度、個人的にお願いにあがるので、宜しくね」

「いつでも、いらして」


 ハモンさんが耳元で囁き銀賞シルバーの盾を手渡すと、固い握手を交わしていきました。ハモンさんってば、カミオさんの仔に釘付けでしたものね。


「やったわぁーー!!」


 カミオさんは舞台ステージのへりまで進み、喜びを爆発させました。本当に嬉しそうで、こっちも何だか嬉しくなってしまいますね。

 祝福の拍手に包まれ、大きく手を振ってそれに応えていきます。カミオさんの満足気な笑顔が全てを物語っています。盾に頬ずりしながら後ろへと下がる姿に、その嬉しさが伝わって来ました。

 おめでとうございます。

 私は心の中で呟きます。


「「「それでは金賞ゴールドを獲得した、フィリシア・ミローバ! 前にお願いします」」」


 フィリシアはパチリとこちらにウインクをして見せ、前へと進んで行きました。

 モーラさんより栄誉ある盾を手渡されると、頭の上に掲げ左右にゆっくりと振って見せます。祝福の拍手は鳴り止まず、堂々と佇むフィリシアがそれを受け止めていました。

 きっとこの光景は忘れない。

 夕闇に照らされるたくさんの笑顔。

 こんなにもたくさんのおめでとうが溢れる景色。

 幸せが溢れる景色。


 ほら、私の言った通りでしょう。フィリシアが笑えば、みんなが笑顔になるって。


「「「それでは、モーラさん、総評をお願いします」」」


 モーラさんはひとつ息を吐き出し、伝声管に口を寄せました。


「参加者のみなさん、そして御覧になられている皆様。長い一日お疲れ様です。元来、この大会はトリマーの技術力を競う大会であり、突飛な事をすれば良いという物ではありません。

 一見、銀賞シルバー金賞ゴールドの両名のモデルとなった仔達は突飛に映ったかも知れませんが、ただ、両名⋯⋯いや、ここまで辿り着いたトリマー達の技術の差など微々たるもの。

 では、何が明暗を分けたのか? それはトリマーとしての矜恃であると私達は思っております。

 その矜恃とは何か? それはいみじくも、優勝したフィリシア・ミローバが語った言葉。

 流行トレンドを発信する。

 それは追うのでは無く、創り出すと言う事。

 今回の参加者で、発信したのはフィリシア・ミローバだけでした。そんな彼女の優勝というのは、そう難しい話ではないと私達は思っております。おめでとうございます。そして、また明日からは、トリマーとしての矜恃を持って、日々邁進して下さい」


 無表情で訥々と語るモーラさんの言葉。出場者の方々は、真剣な面持ちで聞き入っていました。


「「「それでは最後はやはりこの方! 予選から完璧でした、三年連続金賞ゴールド獲得。この人フィリシア・ミローバにお話しを伺いましょう! 宜しくお願いします!」」」


 司会者さんから渡された伝声管。ゆっくりと握り締め、フィリシアは顔を上げます。夕闇が照らす広場は心地良い疲労感と終わってしまう一抹の寂しさを映し出していました。


「うんと。最後まで残って、私の発表を見てくれてありがとう。そうだね⋯⋯」


 言葉を詰まらせ逡巡する姿⋯⋯もしかして泣いている? あとで突っ込めるかな。私のいたずら心がムクムクと湧き上がりましたが、違いました。


「三連覇なんて言われているけど、正直実感は無いんだよね。今回だって、結構ギリギリだったし⋯⋯あ! エレナー! ちょっと来て。ほら、早く早く」


 ええええええ! 何それ?! 聞いて無いよ。助手アシスタントが前に出るなんて誰もしてないよ!!!

 期待が膨らむ会場の空気を壊しちゃいけないのは、私でも分かります。私は仕方なくすごすごと舞台ステージの真ん中へと進んで行きました。

 フィリシアはいたずらっ子みたく口端を上げて見せると、私の肩に腕を回していきます。


「結局ね、ここにいるエレナとか【ハルヲンテイム】のみんなのおかげで、ここに立っている。それはね、間違いないんだ。だから、この三連覇は私のじゃ無くて、【ハルヲンテイム】の三連覇! って事で宜しく。みんなありがとう! 【ハルヲンテイム】を宜しく!」


 そう言うとフィリシアはくしゃくしゃの笑顔で私を抱きかかえました。


「エレナ、ありがとう。エレナのおかげだよ」

「いやいや、それは無い⋯⋯」

「あるんだよ」


 鳴り止まない拍手。祝福と健闘を湛え、長い一日の終わりを告げる拍手の中、抱きかかえられた私は少し高くなった視界で広場を覗きます。たくさんの笑顔とフィリシアの満面の笑み。それはもう私も笑顔になりますよ。多幸感に包まれ、私の心は幸せに溢れていました。


◇◇◇◇


「キノ、キノ、キノ! エレナちゃん! エレナちゃん!」

「エレナ、優勝。チャンピオンね」

「凄い、凄い、凄いですよ!」

「だから、優勝言ったでしょう」

「あわわわ、キノ危ないですよ。びっくりするから、それ止めて下さいよ。あっ! ごめんなさいです」

「あぶねえなぁ、気を付けろ!」


 肩車のキノがまた顔を覗き込むと、よろけるフェインが小太りの冒険者とぶつかりそうになってしまった。何度も頭を下げるフェインに舌打ちしながら広場の奥へと消えて行く。

 フェインは嘆息まじりにキノを睨むが、キノはどこ吹く風。全く気にする素振りすらしていない。フェインは諦めて、再び舞台ステージを覗く。フィリシアに抱きかかえられるエレナの姿に顔は綻んで行き、自然と笑顔になっていった。


◇◇◇◇

 

 物語の終わりは、新たな物語の始まり。

 その始まりに不穏が寄り添っていても、誰も否定出来る術は持ち合わせていません。舞台ステージ上からは、不穏が生まれていた事など見えはしませんから。

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