第61話 みなさん! 本命の登場ですよ

「フェイン、あれ何?」

「あれですか、あれは熊ですよ。キノも知っているでしょう?」

「えー違うよ。フェイン、何言ってるのよ?」

「あわわわ、いきなり顔出さないで下さい! 危ないですよ」


 肩車されているキノが、いきなりフェインを頭越しに覗き込む。いきなり現れたキノの顔に驚き、フェインはキノを落としそうになってしまった。

 

 女の子が喜びそうな仔です。

 壇上にいる大きなぬいぐるみをあらためて見つめ、フェインは思う。

 出て来た時はどうなのかと思いましたが、これは評価が高そうですね。


「エレナ、優勝ね」

「そうですか? どうですかね? あのカミオさんって方は中々強敵だと思いますですよ」

「そう? 大丈夫。優勝よ」

「フフ、そうですか。キノが言うならきっとそうです。次ですね、いよいよです。何だか緊張しますね」

「そう? 大丈夫よ」

「あわわわ、キノ! だから、危ないですよって。⋯⋯うん、ですね、きっとエレナちゃんは大丈夫ですね」


 また顔を覗き込むキノにあたふたしながらも、キノの言葉に頷いて見せた。


 大きな拍手を受け、カミオ達は舞台ステージを後にする。大きな姿が背を向け、のそりと降壇して行く。

 いよいよ、最後オーラス。フィリシアとエレナの登場を舞台ステージは静かに待っていた。カミオの衝撃インパクトを引きずる観客を引き込む事は出来るのか? フェインは、祈る思いで、舞台ステージを見つめていた。


◇◇◇◇


 私が控室に戻ると、フィリシアは微笑みを持って迎えてくれました。決勝の舞台の様子を尋ねる事も無く、最後の仕上げに余念がありません。

 ここまで来て、ジタバタしても始まりませんからね。やるべき事をするだけです。

 予選の時とは違い、程良い緊張を覚えます。観客の拍手が控室まで届くと、フィリシアは立ち上がりました。


「行こう!」


 ニカっと笑ういつものフィリシアが、私の前に拳を突き出します。私は突き出された拳にコツっと拳を合わせました。控室の時は一瞬止まり、微笑むフィリシアに微笑みを返します。


「優勝頂くよ!」

「うん!」


 今のフィリシアは最強です。その笑顔があれば、結果なんて自ずと付いてきます。

 軽やかな足取りステップで、私達は舞台ステージへと向かいました。

 早くこの仔をみんなに見て欲しくてウズウズしちゃいます。予選の時とは全く違う心持ちです。きっとフィリシアの笑顔が、そう思わしてくれるのでしょう。


 太陽は頂点を過ぎ、影を落とし始めました。

 魔術師マジシャン詠唱うたが灯りを灯し、舞台ステージを照らし始めます。その様に人々は終わりが近い事を知り、祭りはピークを迎えると感じているはずです。

 カミオさんの衝撃は、未だ熱を帯び、冷める事はありません。その様にもフィリシアは焦る事も無く、淡々と準備に余念がありませんでした。


「カミオさん、お疲れ。らしい仔だね」

「可愛いでしょう。フィリシアの仔は⋯⋯」

「まだ内緒。まぁ、見ていてよ」

「余裕綽々ね。相も変わらず憎らしい娘なんだから」

「シシシシ」


 すれ違いざまに口端あげて見せるフィリシアに、カミオさんはわざとらしく膨れて見せました。

 

 いよいよです。

 何だかワクワクドキドキと感じた事の無い高揚感に襲われます。手にしていたキャリーバッグを下にゆっくりと下ろし、私も準備していきました。


「「「さぁ! いよいよラストは、本命の登場です! 前年度王者チャンピオン、【ハルヲンテイム】所属、フィリシア・ミローバ!! 皆様、盛大な拍手でお迎え下さい!」」」


 割れんばかりの拍手と歓声が届きます。

 フィリシアは、ジッと前を見つめ踏み出す一歩目のタイミングを計っていました。


「エレナ、予定通りね」

「うん」


 気負いの無いフィリシアの言葉に頷き、私は裏でこの仔と共に控えます。

 フィリシアは、灯りの照らす舞台ステージにひとり先んじて登壇して行きました。


 軽く手を振りながら、舞台ステージの中央へと進んで行きます。きっと満面の笑顔のフィリシアに観客は釘付けですよ。


「「「あ、あれ? モデルの仔は?」」」


 司会者さんの困惑は、観客の困惑を呼びます。観客の皆さんがざわつき始めます。

 フィリシアはゆっくりと観客を見渡し、伝声管を握りました。


「あー、あー、聞こえている? アハ、そんなに焦らないでよ。みんなに見て貰いたいんだ。ウチの仔は凄いよ。エレナー!」


 私はリードを握り、ゆっくりと舞台ステージの上へ向かいます。私の後ろをひょこひょことついて来るのは、義足のチワニッシュ。


「さぁ、ビオ行くよ」


 舞台ステージの上へと進む私達の姿に、一瞬の静寂が訪れました。

 片足を失った小さな犬が歩いている。その事実を頭の中で処理する時間が必要だったみたいです。

 次の瞬間、大きなどよめきが舞台を襲います。一瞬の混乱は驚愕と感嘆になり替わり、つたないながらも堂々と歩くビオにみんなの視線は釘付けとなっていました。

 

 後ろへと流れる流線形のカット。まるで小さな狼のごとき精悍な姿を魅せるビオ。

 可愛いという流行トレンドの真逆を行くその精悍な姿スタイル。その姿もまた、ビオの堂々とした振る舞いを後押ししていました。


「おいで」


 フィリシアが抱え、用意してある作業台の上に乗せて行きます。ビオの堂々とした立ち姿に視線は集中していきます。ざわめきもどよめきも落ち着きを見せ、ただただ、その立ち姿を見つめるだけでした。

 その様にフィリシアは満足気な笑みで見渡して行きます。

 私は舞台ステージの上から見える景色を脳裏に焼き付けていました。

 たくさんの人達が、見惚れている姿。こんな光景を見る事が出来るなんて、思ってもいませんでしたから。


「「「こ、これは⋯⋯凄い! 脚を失った仔が歩いている! いや⋯⋯調髪トリミングとは関係の無い事なので⋯⋯あれですが⋯⋯」」」


 司会者さんも言葉が上手く出て来ないようですね。

 フィリシアは憎らしいほどの余裕を見せ、しどろもどろの司会者さんを笑っていました。


「ハハ、どうする? もうアピっていいの?」

「「「お願いします⋯⋯」」」

「そうだね⋯⋯まずは⋯⋯凄いでしょう。

 この仔は、不幸な事故で片脚を失ってしまった。

 車輪椅子と言って、脚の代わりに車輪をつける技術もあるんだけど、イヤがる仔も多いんだよね。

 療法リハビリしていると分かるんだけど、動かなくなった仔の衰えは本当に早い。多分、携わる人達は同じ様にもどかしい思いってのを強いられているんじゃないかな? 何とかしてあげたい、何とかしないと、そんな思いが積もるばかり。

 で、この仔。みんな見たでしょう、歩いていたでしょう? ここにいるエレナの発案の元、【ハルヲンテイム】で形にしたんだ。まだ小さい仔しか対応出来ないけど⋯⋯もどかしい思いをしている仔が元気になれば、最高だよね」


 ここでフィリシアはひと呼吸置きます。みんなが耳を傾けている姿に笑みを浮かべ、続けました。


「ここはトリミングフィエスタ。一流のトリマーが集う場所。

 なのに、流行トレンドを追うばかりで、どうなの? って思わない? 

 私はね、ここに集うトリマーが流行トレンドを発信していかないとダメなんだと思うわけよ。もう、可愛いはいいでしょう? 定番化したしさ、じゃあ次は? って考えた時にスマートなカッコ良さだと思ったんだ。

 チワニッシュってどうしても可愛いに寄りがちだけど、この仔は新しい脚を得て、新しい一歩を踏み出す。その勇気と力強さをこのカットで表現してみたわけよ。どう? イケてるでしょう? チワニッシュだってカッコ良くなれるって所を今回見せたかったんだよね。以上」


 さすがフィリシア。伝えるべき言葉は全部言いました。

 審査員席の方も、苦笑いなのか口元に笑みを浮かべています。

 もしビオと同じ境遇の仔がいたならば、諦めかけていたその心に希望の灯が灯る事でしょう。

 ビオの姿を見て、あのカットにしたいと思う人もいるでしょう。

 そして、笑顔のフィリシアはやはり最強です。思った通りですよ。

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