第47話 嵐みたいにグルグル翻弄されました

 今日はひと際来客が多いです。待合は人で溢れ、ざわざわと喧騒が溢れ返ります。

 人の流れは止めどなく、一人減っては二人増えるといった具合。大繁盛ではありますが、如何せん従業員の数はそれほど多いわけではありません。優秀な方々を従えてはいますが、嵐のような喧騒は一向に止む気配を見せませんでした。

 私の前にもギルドへの手続き用紙が次から次へと舞い込み、目がぐるぐるしちゃいます。


「エレナ! ここ間違っているわ。登録番号をちゃんと確認しなさい」

「す、すいません!」


 モモさんに怒られてしまいました。

 だけど反省して落ち込む暇などありません。私の目の前に紙の束⋯⋯いえ、山が作られていきます。次から次へと用紙が目の前に送られて来て、もうなんだかもう。


「エレナ! ヨークさんのまだ?!」

「はい! た、ただいま!」


 ラーサさんに書き終えたばかりの用紙を投げます。ラーサさんが受け取ったのを確認してまた次の用紙へ。

 ハルさんが叫びにならない叫びを上げていたのは、きっとこういう事なのでしょうか。



 嵐が去った後の静けさ。

 誰もいない受付。

 私は机にうつ伏せます。ひんやりとした机が熱を帯びた額を冷やしてくれます。今日の嵐は去りました。無事に乗り切ったと言っていいですよね。こんなに忙しかったのは初めてですよ。

 机にうつ伏せたまま顔を横に向けて行きます。少しばかりの燃え尽き感を覚えながら、受付の端にある大きな黒い書棚に目を移して行きました。

 資料や用紙類などが整然と並び、下の方には装飾の施された引き出しがついている、大きくて立派な書棚。

 ふいに書棚の上に何かあるのに気が付きました。

 小ぶりながらも立派な盾がふたつ受付を見下ろしています。


「何かな⋯⋯あれ?」


 私は背伸びしてその盾を手に取りました。ズシリとする手応えに立派なものだと分かります。

 盾の真ん中には金に輝く王冠のエンブレム。王冠の下には文字が刻まれていました。


【ミドラス トリミングフィエスタ 金賞ゴールド フィリシア・ミローバ】


 何ですかね? これ??

 金賞ゴールド? フィリシアが? うん? どういう事?


「あら、エレナ。お疲れ様。盾なんか握り締めてどうしたの?」


 私が盾を見つめ首を傾げていると、目尻を下げて微笑むモモさんが覗き込んで来ました。


「モモさん、お疲れ様です。今日はすいませんでした」

「うん? ああ! あれね。次は気を付けなさいよ」

「はい、気を付けます。それでこれは何ですか? フィリシアの名前があって、金賞ゴールドって??」

「あれ? フィリシア⋯⋯は言わないか。誰からも聞いていない? フィリシアは二年連続で、トリミングで世界一になっているのよ。それはその時の盾」


 私はモモさんの言葉を一度呑み込みます。

 世界一。

 トリミングの。

 フィリシアが。

 なるほど⋯⋯。


「って! えええええぇぇっーー!! 世界一!?」


 心底驚いている私の姿をモモさんはクスクスと笑い面白がっています。

 いやぁ、驚きますよ。そんな素振りは微塵も見せないのですから。


「ねえ~。凄いわよね」


 おっとりとしたモモさんの口ぶりから凄さは伝わり辛いですが、ズシリと重いこの重厚な盾からその凄さは伝わって来ます。

 私はいそいで盾を元の位置へと戻し、もう一度ふたつの盾に見入りました。


「教えてくれてもいいと思いません? びっくりしましたよ。この盾も、もっと目立つところに置かなくていいのですか?」

「何かね、ひけらかすみたいでイヤなのですって。この棚の上ですらフィリシアはイヤがったのよ」

「あ! 何かそれフィリシアらしいですね」

「でしょう」


 私は今一度、盾を見つめます。腕利きのトリマーとは聞いてはいましたが、まさか世界一とは。びっくりです。


「お疲れ。ふたりしてこんな所でどしたの?」

「あらぁ、世界チャンピオンのお出ましよ」

「何それ、止めてよ。バカにしているんでしょう」

「してないわよ。エレナを見てごらんなさい。衝撃が強過ぎて、ずっとあの調子よ」


 私は盾をずっと見つめていました。ふたりのこんなやり取りなど耳に入っておらず、その凄さを噛み締めていました。


「エレナー! おーい!」

「フィ、フィリシア! チャンピオン」


 いきなりの呼び声におかしな返しをしてしまいました。フィリシアも眉間に皺を寄せて膨れています。


「何? エレナまで茶化すのかー!」

「ち、違う。なんか凄くて、びっくりして⋯⋯というか、教えてくれても⋯⋯」


 フィリシアはニカっといつもの笑みを見せて、私の肩を抱き寄せます。びっくりしてフィリシアを見つめると、フィリシアは前を真っ直ぐ見つめていました。


「こんなのは、たいした事じゃないよ。みんなと違って私は頼み込んでここに入れて貰ったからね。出来るってところをちゃんと見せないといけなかったのよ」

「ちゃんと見せ過ぎじゃないの⋯⋯私なんか⋯⋯何も⋯⋯」


 俯きそうな私にフィリシアは目を細めて見せます。


「何言ってんの! ハルさんから誘って貰ったでしょう?」

「そうかな? そんな感じじゃ⋯⋯」

「はいはい、俯かない。まぁ、次の大会も頂くわよ。我に秘策あり、フフフフフ。あ、エレナ手伝ってよ。お祭りだから楽しいよ」

「う、うん。出来る事があれば⋯⋯」

「よし決まり! 今日は疲れたね。帰ろうー!」


 フィリシアは少なくない衝撃を残し、嵐のように去って行きました。どっと疲れが押し寄せます。最後の最後までぐるぐると嵐に翻弄された気分。最後の最後でまた目が回ってしまいました。


「フィリシアはフィリシアで必死だったのよ。今はだいぶ落ち着いたけど、入ったばかりの時はあれもこれもって手を出して、良く頭から煙を出して固まっていた。懐かしいわ」

「あれもこれも⋯⋯」

「そう。整形や療法リハビリは【ハルヲンテイム】に来てから勉強したのよ。元々はトリミングの専門店で働いていたから、その辺は専門外で知識はゼロ。そこから凄く頑張った。今では、私達の誰よりも詳しいわ。もうすっかり【ハルヲンテイム】の頼りになるトリマーね」

「ですよね。療法室リハビリルームも、凄い勉強になっています」

「フフフ。エレナ、今のあなたは何者でも無い、だからこそ何にでもなれる。羨ましいわ。何でもかんでも今のうちにいっぱい吸収しちゃいなさい。私もあなたが何になるのかとても楽しみ」

「そ、そうですか? とりあえず覚える事ばかりですが、頑張ります!」

「気負い過ぎないで。じゃあね、また明日」

「お疲れ様でした」


 羨ましいなんて、どういう事でしょう?

 私から見たらみんなの方が素敵で眩し過ぎます。手の届かない遠くで輝く光。

 遠過ぎてその距離に辟易してしまう事もあるくらいなのに⋯⋯。

 

 何にでもなれる。

 

 未来の事を想像した事の無い私には何ともですが、モモさんの言葉に前を向く勇気を貰った気がします。

 嵐に振り回された記憶はいつの間にかどこかに飛んで行き、明日へのやる気が湧いてきました。

 我ながら現金ですね。

 

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