第21話 驚きのはじまりは店休日に
生きている中で驚愕する事なんて初めてでした。
人生というのは驚きの連続なのでしょうか?
狭い世界に生きていた私には【ハルヲンテイム】での日々は驚きの連続なのですが、私なんかよりいろいろな経験を積んでいるみなさんは早々驚愕する事には出会わないものですよね。
それも超弩級のびっくりなんて⋯⋯。
◇◇◇◇
今日もキノと一緒に仕事に精を出しています。キルロさんがしばらく【ハルヲンテイム】に入院となったので、キノと一緒の時間が増えました。
一緒にいられて嬉しいは嬉しいのですが、キルロさんには早く良くなって欲しいし、何だか少し複雑な思いがします。
キノはずっと私の後ろをついてまわり、時には口に物を咥えて手伝ってくれます。今も小さな
「キノ、ありがとう」
蛇ってこんなに賢いのかな? ここの仔達は賢い仔が多いけど、キノは何だか特別な気がします。でも、最初に出会った仔だからそう思うだけかな⋯⋯。
仕事に区切りがつくと、ふたりでキルロさんの所に向かいます。キノは病室に入ると真っ先にベッドによじ登り、キルロさんの足元で丸くなりました。キノが丸まっている内にまだ本調子じゃないキルロさんから必要な物を聞いて用意したりして、お手伝い。
そのあとは、病室でキノとしばらく遊んでから家に帰るのが日課です。病室なのにキノが暴れて大変で、いつもヘトヘト。元気なのはいいけど、その内怒られそうです。
「何だか仲のいい姉妹みたいだな」
キルロさんがベッドの上から私達を優しく見つめていました。その言葉が何だか嬉しくて心がムズムズしてしまいます。ちょっと照れますね。
そんな平穏な日常が最近は続いて、心持ちもみんな穏やか⋯⋯でした。
何ともびっくりな展開に、このあとみんなが口をあんぐりとする事になるとは。
それは翌日、穏やかな晴れた昼のひとときでした⋯⋯。
◇◇◇◇
本日、店はお休みです。お店にいる仔達の面倒に集中する日です。
とはいえ、何もなければ、いつもよりのんびりと一日を送れます。今日の午前中も穏やかに滑り出し、ひと仕事終え、みんな人心地ついていました。
「ちょっと早いけどお昼にしようか。ちょうどいいでしょう?」
「賛成!」
ハルさんの提案にフィリシアがいち早く手を挙げ、みんなで食堂に移動しました。
気になるあの事を聞く絶好のチャンスです。みんなが気になるあの事とはもちろん、ハルさんが【吹き溜まり】にキルロさんを探しに行った時の話。
パンを口に運びながら誰が口火を切るのかみんなの目が泳いでいます。フィリシアと目が合うと“行け!”と目でさかんに訴えかけて来ました。自分が聞いてくれればいいのにと思いながらも、私もやっぱり気になって仕方ありません。意を決し、口を開きます。
「あ、あの⋯⋯」
「ハルさん、【吹き溜まり】はどうでした? 怪我を見れば大変だったのは分かるけど、実際のところはどうだったのかしら?」
モモさんに先を越されました。
ハルさんも聞かれる事は分かっていたのでしょう、苦笑いを浮かべてミルクを口に運びます。
みんなの食い入る様な視線が一斉にハルさんに⋯⋯。その中には、もちろん私も入っています。ハルさんはその視線に嘆息しながら、訥々と語り始めました。
「そうねぇ⋯⋯。結論から言うと運が良かったかな。かなりの高さから落ちたのにも関わらずあいつは生きていた。厄介なヤツと遭遇しながらも生き延びた。そうそう! キノがあいつを探し当てたのよ。狭い洞窟に流れ着いていたのを、キノが見つけた、そんな感じ?」
「全然、分かんないよ。厄介なヤツって何?」
ラーサさんが軽く不貞腐れながら眉をひそめて見せると、ハルさんもその姿に嘆息して見せます。
「そうねぇ⋯⋯厄介だったのは⋯⋯ブツブツした赤いくちばしを持つ
「え?!
アウロさんは少し驚いた顔を見せました。確かにハルさん達はそんなに遠くまで行っていないはず。即答したアウロさんの知識にもびっくりですけど。
「それは、ほら、【吹き溜まり】だから。近場とはいえ
「ヒィー」
フィリシアが変な声を上げて、自身を抱き締めていました。分かります、その気持ち。私も思わず顔をしかめてしまいます。良く見るとみんな苦い顔をしていて、笑っているのはハルさんだけ。くちばしが貫通って、まったく笑えないですって!
「それで
ハルさんが腕を組んで一瞬考え込みましたが、すぐに顔を上げました。照れ笑いを浮かべながら続けます。
「そうだ、そうだ。その前にあいつが倒し損なったバグベアーと遭遇したんだった。片腕は無かったんだけど、こっちもボロボロでね。一瞬の勝負に賭けたのよ。私がおとりになって
「いやいやいやいや、遭遇したらマズイやつですよ、それ。バグベアーこそ相当北上しないとお目に掛からないはずなのに⋯⋯。それだけ
「アウロさん、バグベアーって? 熊ですか??」
私はアウロさんの言葉を聞きながら
「そうか。エレナはまだ知らなかったね。モンスターには二種類いて、うちで扱う動物系と人を襲う怪物系があるんだ。もちろん、動物系でも人を襲うものもいるので、凄いざっくりな分け方だけど。普段の生活で強い怪物系に出会う事はないかな。森の奥深くに行くと危険だけど、街道は冒険者がクエストを通じて常時退治しているので出会う事は少ないし、出合った所でそこまで強くはないかな。人を襲う動物系との遭遇は有り得るけど。
怪物系と動物系⋯⋯。
「
「どうなんだろう? 僕は術を使えないからその辺は何とも言えないね」
アウロさんが首を捻るとハルさんが答えてくれました。
「弱い怪物系なら出来るかも? ただ、使い道のない弱い
「そうなのですね⋯⋯。あ、そもそも
「そんな事ないわよ。キノを見てみなさい。あいつ
「そうですかねぇ⋯⋯」
私が
「あ! すいません。話を逸らしてしまいました。洞窟で見つけたあとはどうされたんですか?」
「その洞窟を抜けたら森に出られたので、街までゆっくりと帰って来たって感じかな」
ハルさんの表情が一瞬曇ったように感じましたが、すぐにいつものハルさんに戻っていたので気のせいでしょうか。
なんにせよ、みんなが無事で本当に良かった。
おふたりの怪我と今の話で大変な道中だったのが良く分かりました。危ない事はあまりして欲しくないとも思ってしまいます。それは私の我儘なのでしょうか。
『『『ぇええええええええー!!』』』
遠くから聞こえるキルロさんの叫びが驚愕を私達に伝えます。私達は顔を見合わせ、首を傾げていました。急を伝えるという感じではないので、みんな落ち着いてはいますが⋯⋯。
キルロさんも叫べるくらい元気になったのですね。なんて思っていたら、食堂の扉が勢い良く開きました。
「ハ、ハルヲー!!!」
ハルさんの名を叫びながら、キルロさんが飛び込んできました。
良く見るいつもの光景に私達は落ち着いています。
何だかとても動揺しているみたいなので、お茶でも準備しましょうか。私はそっと席を立ち、お茶の準備を始めました。
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