第20話 舐められっぱなしじゃないですよ

「ちょ、ちょっとそれ持っていかないでー!」


 腰に差していて小さな箒を抜き取り、喜々としています。私が膨れて見せると、さらに喜んではしゃいで見せました。捕まえようと梯子の先から必死に手を伸ばしますが、手の平は届く所か空を切るばかり。壁を我が物顔で飛び跳ねる猿を捕まえる事なんて出来るわけありません。何だか小馬鹿にされている気分です。


「くくくく。エレナー! 舐められているわよ! しっかり!」


 ハルさんは私の無様な姿を面白がっています。あの笑い方は間違いなくそうです。

 シュルルとキノが器用に壁を伝って、私のところまでやって来るとパクっと今度は腰に差していた、ちりとりを咥えてオルンモンキーの所に行ってしまいました。あれは間違いなく私が遊んでいると思っています。


「キーノー! 返しなさい!! あなた達も掃除出来ないでしょう! 返しなさい!」


 いつも出さない大きな声で怒ると、私がプリプリと怒っているのが伝わり、キノがすごすごと返しに来ました。


「まったくダメでしょう」


 私が返しに来たキノの頭を撫でていると、箒を抱えたオルンモンキーもマネして返しに来ました。


「ハルさん! この仔の名前は?」

「リーダーのルンタ。いたずらするのはだいたいそいつよ」

「ルンタ、ダメでしょう。これから掃除するんだから」


 ルンタの頭も撫でてあげます。目を閉じて気持ち良さそうです。


「オルンモンキーは、顎の下からお腹を撫でてあげると喜ぶわよ!」


 ハルさんの言葉通り、顎から黄色いお腹をゆっくりと撫でてみました。仰向けに寝転がって、無防備な姿を晒します。

 私は仕方なく、仕方なくですよ、顎からお腹を撫でていきます。

 少しごわつく硬めの毛。ルンタは気持ち良さそうに仰向けのまま体を伸ばしました。

 これは⋯⋯掃除に辿り着けません。鼻息荒く、興奮ぎみにお腹を撫で続けます。

 か、かわいい。目がハートマークになっているのが自分で分かりました。


「エレナー! 遊ぶのはあとよ。掃除しなさーい!」


 下からのハルさんの声に我に返りました。お腹から手を放すと不満を私にアピールしているのかクリクリと私を見つめてきます。


「ぅぅぅ⋯⋯あとでね。今はお掃除だから」


 敷き詰めてある牧草を新しいものと交換して、オルンモンキー用の飲み水も交換していきます。高い所にあるから水を持ち上げるのはひと苦労です。力をつけなきゃと痛感します。

 同じように上に寝床を持つイスタルキャット。オルンモンキーと違って我関せずです。私が近づくと掃除だとすぐ分かるのかスッと向こうへ行ってしまいました。暑さに弱い種類なので大きな耳を冷たい壁や床につけて涼んでいます。ふわふわの白い毛をゆっくりと揺らし、足音も立てずに歩く様はどこか優雅で高貴な雰囲気さえ醸し出していました。


 “下々の者、しっかり掃除をしなさい”


 そんな声が聞こえてきそうです。


 下の掃除もひと苦労です。犬豚ポルコドッグ達は足にまとわりついてくるし、大型兎ミドラスロップのアントンは大きな体であわよくば突進して来ます。その度に私は吹き飛ばされ、一緒に吹き飛んだゴミをまた最初から集め直しては犬豚ポルコドッグがまたまとわりついて来て⋯⋯掃除が終わらない!!


「もう! 邪魔しないで! 掃除中! いい? わかった?」


 邪魔する仔達に向かって私が怒ってみせるといたずらがピタっと止みました。

 最初からこうしてれば良かった⋯⋯。


「終わった⋯⋯」


 掃除だけでヘロヘロになってしまいました。我ながら情けない。


「お疲れ様。ちゃんと出来たわね」

「出来ていましたか? 何だか途中必死過ぎて、何が何だか分からなくなってしまう時もありましたよ」

「アハハハ、最初はそんな物よ。少しみんなとスキンシップを取ってもっと仲良くなりなさい。私はちょっと戻るわ。あとは宜しく」

「はい。分かりました」


 私はクローゼットからブラシを手にすると、高々と上げて見せます。


「キノいい、これからみんなの毛繕いをするよ。キノは毛がないから無しね。まずは⋯⋯あなたね」


 足元にまとわりつく犬豚ポルコドッグのマイキーを捕まえて、茶色い背中の毛をブラシで撫でていきます。あんなに動き回っていたのに、大人しくうつ伏せています。


「フフフ、気持ちいい?」


 すぐに毛まみれになるブラシの毛先から毛を落しながら、うっとりと身を預ける背中を撫で続けました。


「あ! いた」


 突然扉が開き、腕を吊ったキルロさんがいつものニカっと笑顔を見せてくれました。


「ああ! 起きたのですね! 良かった!」

「いやぁ~、いろいろ面倒見てくれたみたいで悪かったな。今、みんなにお礼を言ってまわっているんだ。ハルヲ、見なかったか?」

「私はたいした事していませんけど⋯⋯。ハルさんなら奥の院長室にいらっしゃるのでは? さっきまでここに居ましたけど、仕事に戻るっておしゃっていましたよ」

「奥の部屋か。行ってみるよ! ありがとな」


 足早に去って行くキルロさんの姿に安心しました。


「キノ、キルロさん起きて良かったね」


 キノと目が合いました。

 どことなく嬉しそうです。

 キノも安心したよね、きっとハルさんもこのあと安心するはず。

 良かった。

 私は気を取り直してブラシを握り直します。


「次はアントン! あなたよ。さっきはよくも突き飛ばしてくれたわねー」


 ドタンドタン逃げるアントンをキノとふたりで追いかけていきました。

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