おばあさんの老犬
第12話 モモとラーサの事情
診察台でうな垂れたままの
子宮か卵巣からとおぼしき出血の症状。出血の量はそこまで多くはない。今のうちに手を打つのが最的解なのは間違いなかった。
飼い主の老婆は、胸の前で手を組み心配そうにその様子を見つめている。大人しく診察台でうな垂れながらも飼い主を見つめ返す瞳に、飼い主の愛情いっぱいに育てられた事を証明していた。
患畜を前にするラーサとモモも、弱っている仔を前に元気にしてあげたいと思うのは至極当然。ふたりの瞳はその思いを映し出していた。
ラーサは背中や胸に当てる
「おばあちゃん、待合で少し待ってようか」
フィリシアが扉を覗くと、ピリっとした緊張感を覚える。
これは、始まるかも⋯⋯。
おばあちゃんが扉の外へ出て行くと、ラーサもモモも同時に顔を上げた。互いに意志の強さを見せる瞳を向け合っていく。
「⋯⋯投薬」
ラーサは真剣な顔を見せ、上目づかいでモモを見つめた。
「⋯⋯
モモは口元だけ笑みを浮かべ、ラーサと視線を交えた。
「肺、心臓とも異常を見せる音はなし。出血もそこまで多くない。高齢を憂慮すれば投薬で治療を進めるべきだよ」
「膣部及びその周辺に傷はないわ。あきらかに、子宮ないし卵巣からの出血。子宮か卵巣に出来た腫瘍が原因とも考えられるでしょう? 肺も心臓も元気なうちに
『『むむ』』
老犬を前にふたりは睨み合い、互いに一歩も引く事は無かった。
◇◇◇◇
「それじゃあ、行って来るわね」
「ハルさん気を付けて」
「行ってらっしゃい!」
サーベルタイガーのクエイサーとスピラがのっそのっそとハルさんの乗る馬のあとをついて行きます。手を振るハルさんに私も手を振り返しました。
「アウロさん。ハルさんはどこに行くのですか?」
「僕達も詳しくは聞かされていないんだ。ハルさんが話さないって事は、僕達は知らなくてもいいって事だ。さぁ、さぁ、仕事、仕事。エレナは僕の手伝いをしてくれるんだろう」
「はい。宜しくお願いします」
私の返事にアウロさんは黙って笑顔を返してくれました。ハルさんを見送ると仕事へと戻って行きます。ハルさんのいない分をみんなでカバーする為、いつも以上に頑張らないとです。
ラーサさんとモモさん対立などつゆ知らず、覚えたての字を駆使して私は受付でアウロさんのお手伝いをしていました。
「えっと⋯⋯Ro―239⋯⋯、この仔は耳⋯⋯Ro―239っと。間違いなし。アウロさん、オッケーです」
「了解。⋯⋯では、こちらにサインをお願いします」
戻って来たのは足の短い
「ほら、もう帰りなさい。後で遊びに来るから。いい仔にしているのよ」
受付に戻ると、フィリシアさんとおばあさんが立ち話しをしていました。
おばあさんはフィリシアさんの手を取り何度も深々と頭を下げて、お店をあとにされます。何度かお店の方を振り返る姿に、とても心配しているのが伝わって来ました。
「フィリシアさん。おばあさん、どうしたのですか?」
「おばあちゃんの仔が調子悪くて、入院になっちゃったの。いつも一緒だったから心配なのよ。もう家族の一員なんでしょうね⋯⋯」
去って行く、おばあさんの背中をふたりで見送ります。
家族か⋯⋯。私には少し難しいですね。
ただ、おばあさんにとって、とても大切な存在だというのは伝わりました。
大切な者を失いたくない気持ちは、とても分かります。
「おばあさんの仔は大丈夫なのですか?」
「詳しくは分からないけど、そこまで重病ではないのかなぁ。いつもみたく、ラーサとモモがバチバチよ」
「ラーサさんとモモさんがバチバチ??」
フィリシアさんが苦笑いで、奥に控える大きい方の診察室に視線を送ります。おばあさんの仔はあそこで診察を受けているのですね。
「あ! そうだ。ちょっと覗いてくれば。勉強になるかもよ」
「勉強⋯⋯」
そう言われると見たくなるものです。私はアウロさんに許可を頂いて、診察室を覗きに行きました。病院時代からの機材を流用しているのでしょう、大きめのベッドに点滴を打たれている大型の老犬が大人しくうつ伏せていました。
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