第11話 仕事終わりのちょっと寄り道

 10ミルドを握り締めて、中央の市場で果物屋さんを探します。

 ごった返す人の波と、立ち並ぶ屋台の数に目がくらくらしますね。

 生の果物を扱っている屋台はいくつも見つけたのですが、ドライフルーツを扱っている屋台はありません。勇気を振り絞って聞いても困った顔で首を横に振るだけでした。


「あ、あのドライフルーツは置いてないですか?」

「嬢ちゃん、ごめんよ。ウチは扱ってないんだ。あ! そこに茶色の扉が見えるだろう。あそこならどうだ? 菓子屋だったらドライフルーツ扱っているかも知らんな。行ってごらん」

「は、はい。ありがとうございます」


 お店のおじさんが優しく教えてくれました。

 私は茶色の扉をそっと開きます。甘いバターの香りが鼻をくすぐり、綺麗な色をした飴玉や、さわやかな甘さを持つアンルの実を使ったパイ、クリームをこれでもかと使ったケーキ。どれも美味しそう。


「いらっしゃい。お嬢ちゃん、お使いかい? エライね」

「あ、いえ⋯⋯。ドライフルーツを探しているのですが、置いていますか?」

「随分としっかりした、お嬢ちゃんだね。どれ、ちょっと待っていな」


 店主のおじさんが、奥へと引っ込むとドライフルーツの切れ端が乗った皿を持って戻って来ました。

 美味しそうな乳白色に鮮やかな緑の実、綺麗な橙色にルビーのように半透明な赤。お皿の上に置かれた色鮮やかな実を私の前に突き出しました。

 こ、これは何? どうするの? 

 私がドギマギ困惑していると、おじさんも少しびっくりして笑い出しました。


「アハハ。どれがいいか、食べて選びなさい。さぁ、さぁ」

「食べていいのですか?」


 おじさんが笑顔でゆっくりと頷き、私はひとつずつ口に入れていきます。

 おおー! どれも美味しい。

 甘いのも捨てがたいし、ちょっと酸味が強いのもさっぱりして美味しい。

 私が空になったお皿を真剣に睨んでいると、おじさんは笑い出しました。


「アハハハハ。そんなに困っているのかい」

「あ、ええ、は、はい。どれも美味しくて⋯⋯」

「お嬢ちゃん、予算はどれくらいだ」

「予算? ⋯⋯あ、10ミルドです」

「それだけあれば充分だ。適当に詰め合わせを作るのはどうだい?」

「いいのですか? お願いします」

「ちょっと待ってなさい」


 そう言って、おじさんはしばらくすると袋一杯のドライフルーツを渡してくれました。


「こんなにいいのですか?」

「ああ、10ミルドならそんなものだ」

「ありがとうございます」

「また、よろしく」


 袋一杯のドライフルーツを抱えて、中央から少し外れたキルロさんの店を目指します。

 喜んで食べてくれるといいなぁ。

 久々にふたりに会える嬉しさもあって、足取りは軽くなっていきました。


◇◇◇◇


「キルロさーん、キノー、こんにちはー!」


 鍛冶屋の表口から声を掛けます。店に一歩入ると、乱暴に飾られた剣や盾の鉄の匂いがしました。お客さんは⋯⋯いませんね。


「エレナか!? すっかり見違えたな!」

「ヘヘヘ」


 キルロさんの驚く笑顔に私は思わず照れ笑い。湯浴みして、点滴していますもの。肉はまだついてないけど。


「ちょうど、いいや一息入れるか。キノー! エレナ来たぞ!」


 前にも通された居間には、キノがすでに椅子の上で待ち構えていました。


「キノー! 久しぶりー!」


 私が頭を撫でると、気持ち良さそうに頭を突き出して来るので、休む事なく撫で続けなければなりません。でも、嬉しい。元気で良かった。

 そして、本当に久しぶりな感じ。実際はそうでもないのですが。


「キルロさん達、しばらくいなかったね」


 キノと話をしていると、コトリと目の前にカップ一杯のミルクが置かれました。


「クエストに行っていたからな。ちょっと前に帰って来たんだ」

「そうなんだ。あ! 怪我とかしてない? 大丈夫ですか?」

「まぁ、無傷ってわけにはいかないが、オレもキノもピンピンしている」


 キルロさんのいつものニカっと笑う顔に、私の顔も綻びます。

 ゆったりと流れる時間。キノと初めて会った庭を窓から覗きました。夕闇が近く、長い影を庭に落とします。不思議。つい最近の出来事なのに凄く前のようにも感じる。


「ハルヲの所はどうだ? 上手くやっているか?」

「はい! 皆さん優しく、いろいろ教えてくれます。まだ何も出来ないのですけど、少しずつ出来る事を増やしていきたいなって思っています」

「そいつは何よりだ」

「それで、今日はキルロさんにお願いがあって⋯⋯」

「お? 何だ、何だ? 言ってみな」

「ハルさんが『あいつどうせ暇なんだから、文字を教えて貰いに行って来なさい』って」

「暇ってなんだよ、失礼なやつだ」


 私がハルさんのマネをすると、キルロさんは笑顔で怒って見せました。

 

「じゃ、早速やるか」


 キルロさんはひとつ膝を打つと、私の石板を手にします。白墨を使って石板に何かを描きました。


「これがエレナの名前だ」

「ふぉー!」


 これが私の名前。

 感動です。白い文字で書かれたエレナ・イルヴァンの文字。書かれている石板をまじまじと見つめ続けてしまいます。


「これが、キノでこっちがオレ。キは一緒だ。ハルヲは長いからたくさん字を覚えられるな。アウロにモモにラーサにフィリシア。んじゃ、オレちょっと仕事戻るんで適当に練習してくれ」

「はい! ありがとうございます。これがエレナで、これがキノ⋯⋯分かる? ハルさんは難しいね」


 キノとふたりで、キルロさんが書いてくれた見本を何度も書いては消し練習して行きます。

 スポンジに水が沁み込むように、頭に文字が吸い込まれて行きました。


「ふぅ、ちょっと疲れたね。あ! そうだ。じゃーん!」


 私はキノの前に、袋一杯のドライフルーツを出しました。


「キルロさーん! キノにドライフルーツをあげていい?!」

(いいぞ!)


 奥から聞こえたキルロさんの声に私は袋を開けていきます。


「やったあ! キノ、いいって」


 私はキノとふたり、ドライフルーツを頬張ります。疲れた頭に染みますなぁ、なんてね。

 あ! あとでキルロさんの所にも持って行ってあげよう。食べてくれるといいなぁ。

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