第4話 身体拘束

 で、まあ、そうこうしているうちに被害妄想が出始めた。誰かに殺される。これである。私の場合、チャイニーズ・マフィア、ヤクザ、アメリカ海兵隊に殺されるというものであった。これは怖かった。また、ずーっと、恐怖の中にさらされると、実にしんどい。私の場合、怯えていただけだったが、これが殺られる前に殺れとなると話は別である。被害妄想から関係のない人を殺してしまう事があるのだ。


 と、ヴィーガンやりながら、ウィークデイはバイトをして日曜日に動物愛護活動をやりシェアハウスに行って飲んだりして走り回っていたのだが、エネルギーの消耗が激しく私はガリガリに痩せて、頬がこけてしまった。何の用事で行ったか忘れたが、交番でおまわりさんに、免許証あります?と言われて提示したら、「ひゃー、人相まったく変わってますやん!」と言われた。また、鍼灸整骨院に行った時にも先生に、「えっ、誰?」と言われた。


 それから、衝動買いもした。ギターを二本買った。一本目は、三木楽器でフェンダー・ジャパンのメタリック・ブルーのテレキャスター。7万円ぐらいの。これは、前々から欲しいなと思っていたので、速攻で買った。それから、同じくフェンダー・ジャパンのストラトキャスター。ジョージ・ハリソンがエリック・クラプトンと日本にコンサートに来ていた時に弾いていたもの。ディスカウント・ストアのドリームで二万円。即買い。ただ、状態が悪かったので修理に出して4万円。まあまあの買い物。


 それから、ミリタリー・グッズ。黒の大きなリュックサックとディパック、水筒二つ、チェーン、時計、ライター、シール。ただ、私はミリタリー・オタクではない。しかし、普通の状態でもジャケットやカバンなどは頑丈で長持ちするから、何か欲しいものないかなーと、時々店に足を運んでいる。黒のディパックには、合気道の胴着を入れて一度だけ道場に通った。躁になると合気道に行きたくなる。


 診察にはきちんと行っていた。ただ、薬は飲んでいなかった。ちゃんと、薬は飲んでいますか?と聞かれ、飲んでいますと答えていた。しかし、その演技が通じないようになり、入院を勧められるようになった。しかし、こちらとしては、被害妄想は出ているとはいえ、私のこの病を引き起こした根本の根本であるブラック企業を訴えるべく弁護士に連絡をしており、今入院などとんでもないと思っていた。


 最終的に、診察には母親が同行した。そして、最終的に医者は私が薬を飲んでいないと判断し、診察室に男性看護士を二人呼んで待機させた。この時点で、私は分かりました、入院しますと答えれば任意入院ですんだ。しかし、私にその意思はなかった。まず、病院の出口に近いトイレに行かせろと言った。


 すると、医師は「分かった。私たち四人で行きましょう」と言った。そして、用を足したのだが、診察室に戻る途中、ついてくる二人の看護士がうっとうしくきつく睨んだ。すると片方がひるんだ。今だ、突破だと思い、二人の間をすり抜けようとしたら、二人にがっちりつかまれて、後ろからグイグイ押された。結構強い力だった。ここで暴力を使えば、私は逃げることはできたかもしれない。しかし、それはさすがにマズイという理性はまだ働いていた。


 ただ、その二人に「止めろ!弁護士電話させろ!」とは言っていた。そして、急性期病棟の方へ押して行かれ、エレベーターからさらに二名男性看護士が飛び出てきて私を確保したのを見て安心した医師が、私に振り向きざまに無言で右手のひらを耳からこめかみにすっと流す、バイバイ・サインを送ったのを見て私は切れてしまった。


 「コラ、明信‼お前、ええかげんにせえよ‼」私は、断末魔の叫びをあげた。彼は、普段診察では優しくいい先生なのだが、帰り道で偶然会って、あいさつするとこの無言のサインを送ってくる。それで、お前何様のつもりだと思っていたのである。まあ、医者として人の命を預かっている手前、自分の事を特別な人間だと思っているのは分かるが。


 結局、病棟からもう二人男性看護士が出てきて、六人がかりで、私は隔離室に連れて行かれてベッドに両手、両足、腹をくくりつけられる身体拘束をされての医療保護入院となった。この身体拘束では、年に二、三名エコノミー症候群で死ぬという危険な処置なのだが、母親が同意したためこうなってしまった。そして、私はお尻に注射を打たれすぐに眠ってしまった。

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