いらない贈り物 7

 さて、今日のお迎えの時間になった。箱を置いた犯人が、呪いの効果を確認するために杏子ちゃんに接近する可能性があるのなら、そいつを誘い出すためにも杏子ちゃんと少し間隔を置いたほうがいいかもしれない。

 そう考えた俺は、杏子ちゃんとの合流場所をいつもの校門前から、少し離れたところにある小さい公園に変更した。

 いま、俺の手元にはコトリバコもどきがある。今朝のメールを読んだ後、典子さんに事情を説明して彼女から受け取ったのだ。

 さて、やや日も傾き始めた18時。セミが鳴き止み始め、それに合わせるように、草むらや側溝からコオロギやキリギリスが鳴き始めた。

 スマホを見ると、杏子ちゃんから学校を出たとの連絡が来た。この公園までは徒歩5分くらいだろう。「気をつけて」とメッセージを送り、俺は公園の手前の物陰で彼女を待つことにした。

 1分、また1分、と時間が経過する。自転車に乗る人、夕方の散歩をする人が訝しげな表情で俺を見やる。側から見れば俺が怪しいもんな。実朝を討とうとしてる公暁のような気分だ。銀杏はないけど。通報されないことを祈る。

 と、公園から50mほど先に、相変わらず画材道具をたくさん詰め込んだバッグを持った杏子ちゃんが現れた。道端の自販機の光が彼女を照らす。そして、その約30m後方に彼女を物陰から見つつ近づいてくる人影を見つけた。周囲の物の高さから察するに、身長は170cmを超えているように見える。

 彼女が公園に入るまでは隠れることにした。後方の人影は徐々に杏子ちゃんに近づいている。まだだ、焦るな。

 彼女が先ほど照らされた自販機の光が、そいつを照らす。黒いキャップ帽子を目深に被った、男女の見分けがつかない格好をしている。

 公園まで10m、後方の影は杏子ちゃんに20mもないほどに近づいている。いや、よく見ると少し早歩きで杏子ちゃんに近づいている。杏子ちゃんもその気配に気づいたのか、早足で公園へと入る。

 公園に来ても俺の姿がないことに気づいた彼女は、ひどく焦った様子だった。彼女を追う人影が公園に入ったところで俺は大声で叫びながら飛び出した。

「やあやあ! あんたの探し物はこれかい!?」

 あの箱を右手で頭上にかざす。杏子ちゃんは俺の姿を見てホッとした様子だった。影は俺の声に肩を跳ね上がらせ、振り返った。

「いやいや、驚いた。校内でトップを争う美貌の持ち主がこんな陰湿なことするなんてなぁ! 高岡北高校3年生の佐渡島さん。佐渡島──茜さんよぉ」

 そう言って俺はそいつを睨む。公園に流れる暫しの沈黙。

「さど、佐渡島さん……?」杏子ちゃんがそいつを不思議そうにみた。彼女はどうやら佐渡島を知らないらしい。

 人影は、観念したように「ふぅ」と短くため息を吐き、帽子を取った。長く美しい髪が流れる様に現れる。

「よくわかったね」

 その人は、学校内の男子生徒を一度は虜にするほどの美貌を持つ女子生徒。身長は170cm、彫りが深くて日本人離れした高い鼻の顔は小さく、スラリとした長い脚で9頭身というモデル体型。そう、彼女は杏子ちゃんの前にパンフレットのモデル候補になっていた3年生だ。

「山勘だったけど当たってたか」

 まるで推理して当てたかのように言ったが、今のは外れていたら赤っ恥ものの一か八かの賭けだった。

「で、あなた誰?」

 モデル立ちになった佐渡島が俺に問うた。

「アンタの後輩、とだけは言っておこう。名乗っても忘れられそうだから名前は言わない」

 ふん、と佐渡島は鼻を鳴らした。自分の言う通りにならない人間は嫌いらしい。

 改めて本題に戻る。

「なんとなくは気づいてはいましたよ。杏子ちゃんが他人に対して嫌がらせをするような子じゃないなら、誰かの逆恨みや嫉妬、妬みが元凶なんじゃないかってね。そこで思い出した。夏休みの前に流れた噂のことを。いやぁ、そこまでいったら浮上する人物は一人しかいませんからね」

 前半は嘘だが、動揺させるためにそれっぽいことを言っておく。俺は空いた左手で佐渡島先輩を指差す。

「あんたの企みはぬるっとまるっとお見通しよッ!」

 すると、彼女は吹き出して笑い始めた。企みを看破された犯人ってどうして笑い出すんだろうか。

「あははは、だから何? 校内にこの話を流すの? あんたがみんなの前で私を糾弾したって誰も信じやしないわ! だって私は顔がいいもの!」

 自信満々の顔で彼女は言い切った。

「モデルには選ばれなかったけどな」

「あ?」

 ぼそっと呟いたことが聞こえたらしい。大きな目が鋭く吊り上がる。美人の怒った顔ってこわいなあ。怖い怖い。佐渡島の後ろにいる杏子ちゃんは心配そうな顔で俺を見ている。心配ない、という意味を込めて俺はウィンクをした。

「別に俺は先輩を糾弾したりはしませんよ。やったところで俺に得はないし、仰る通り誰も信じないからな。だから、これをあなたに返しにきた」

 俺は箱を突き出す。

「バカね! それを私に返したところで放たれた呪いはどうにもならないわ!」

 小馬鹿にしたような、吐き捨てるような口調でそう言った。

「バカはアンタだよ先輩。人を呪わば穴二つって言葉をご存知ない?」

「は?」と言った彼女の顔がヒクつく。

「人を呪うときはその人を埋める用の穴と、自分の墓穴の二つがあるってことさ。知らないようだから教えてやる。呪いはな、呪ったことがバレて、それを目の前で暴かれた瞬間に呪詛返しに遭うんだよ」

 そう言うと、みるみる佐渡島の表情が変わった。怒りから恐怖へ。俺はゆっくりと箱を地面に置いた。わなわなと佐渡島は震え出す。

「そ、そんなこと言われなかった!この呪いは必ず成就するって」

「残念。バレたからもう杏子ちゃんに呪いは掛かりませんね! こんなつまらない呪いは……こうだ!」

 俺は「せいッ!」と地面に置いた箱を右正拳で殴りつけた。地面と拳の間で挟まれた箱は、メキメキッと音を立てた。さらにもういっちょと拳を押し込むと、木っ端微塵に砕け散った。途端、佐渡島は膝から崩れ落ちる。まるで糸の切れた操り人形のように。

「今度から嫌がらせをするならよく考えて行動することですね。次が、いや、あなたに明日があるかわかりませんけれど」

 項垂れる佐渡島に言い置き、何が起きているのか理解できずにいる杏子ちゃんの元へ駆け寄った。

「せ、先輩、一体何が」

「説明は後で! ささ、帰ろう帰ろう。お姉ちゃんが家で君を待っている!」

 彼女の背を押すように、俺は家へ帰るよう促した。振り返り、薄暗い公園を見ると、佐渡島はまだその場で項垂れていた。早く帰れよ。いい顔してるんなら夜は尚更危険だろうに。

 赤城宅に着くと、典子さんが出迎えてくれた。

「お帰りなさい、杏子」

「ただいま、お姉ちゃん」

 杏子ちゃんの後ろでその姿を見ていた俺をみて、典子さんが悲鳴をあげる。

「克実くん、その手!」

「手?」と両手を見ると、右の拳から血が出ていた。垂れた血で指が真っ赤になっている。

「うお! なんだこりゃ!」

「手当てするから早く入って!」と典子さんに言われ、俺はまた家にお邪魔することになった。


「いてて、アウチッ」

「動かないで! 破片が取れないじゃないの」

 典子さんはそう言い、ピンセットで拳に刺さった小さい木片を抜いていく。どうやらアドレナリンの分泌量が少ないときは、体の強度がないらしい。 

 杏子ちゃんが横で心配そうにその光景を見ていた。格好つけてウィンクした手前、恥ずかしいのであまり見ないでほしい。痛っ。

 消毒液を塗ってもらい、ガーゼと包帯で右の拳が覆われた。ボクサーみたい。

「これでよし」と典子さんが救急箱を片付けた。

「ありがとうございます」

 お礼を言うと、典子さんは「何言ってるの!」と振り返った。

「お礼を言うのはこっちよ!杏子のためにこんな怪我までして……」

「本当ですよ先輩!」

 杏子ちゃんまで詰め寄ってきた。

「どういたまして」素直に受け取るのも恥ずかしくて、つい戯ける。

「とりあえず、典子さんの依頼は解決しました。後日、また改めて説明しますんで」

 そう言って立ち上がると、典子さんが俺の肩を掴んだ。

「それはそうとして、もう遅いからうちでご飯食べてから帰らない?」

「いや、流石に」と言いかけたところで腹の虫が鳴った。そうだった。能力を使用すると馬鹿みたいにエネルギーを消費するんだった。

「ご迷惑じゃなければ」というと、

「迷惑だなんて!」「とんでもない!」と姉妹は口を揃えた。

 典子さんお手製のお好み焼きを3枚平らげて、典子さんと杏子ちゃんにその食べっぷりを驚かれた。程よく満腹になったところで帰る支度をした。玄関を出る間際、ビニール袋に入った換え用の包帯とガーゼを典子さんに貰った。

 そうして俺は、薄暗く涼しい夏の夜の帰途についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る