いらない贈り物 6

 今日も無事に杏子ちゃんを家に送り届けて帰路に着いた。久しぶりに家にいた姉ちゃんと晩飯を済ませ、風呂に入って自室のベッドの上で横になりながら漫画を読んでいると、スマホの通知音が鳴った。メッセージの通知欄が重なっている。開くと、ウニの写真をアイコンにしているマリーさんが、典子さんと俺をグループチャットに招待したらしい。ちなみに典子さんのアイコンは黄色いアライグマのキャラクターだ。アライグマ気に入ったのかなぁ。


『やほー!』

『こんばんはー。あら、克実くんはまだ気付いてないのかしら?』

「お疲れっす」

『お、来た来た。さっき黒澤から連絡が来たから、みんなに共有したくて招待したんだ』

『何かわかったの?』

『ちょっと待ってね、いま貼るから』

「りょ」

『 また厄介なことが起こっているみたいだね。どうやら今回も赤城君の持ち込み企画らしい。彼女には怪異やそれに近いものを引き寄せる能力があるのかも知れないね。まったく羨ましい限りだよ。

 さて、とにかく本題に入ろう。まずはその箱が呪いかどうかの判断だが、マリーの言う通りこれは呪いだろうね。だがどうやらこれは不完全なようだ。赤城君には安心するように伝えてくれ。不完全だと考える理由は3つある。

・正しい呪法ではない

・部品が足りない

・創作話の類を寄せ集めてある

 という点だ。正しい呪法ではない、という点は、恐らくモデルにしたであろう呪法があるからだ。それは『蔭針の法』という神道系の呪法だ。明治時代の神道霊術家・宮永雄太郎が紹介している。この人は宮崎のとある神社の家に生まれ、家伝の神書のほか、各地の神社の伝法書を収集して研鑽し、名を成した人物だ。

 この呪法は少彦名命の秘伝の一つとされている。半紙で作った形代と、針と畳を使って行うものだ。効能としては

・家出人などの足止め ・当病治癒 ・縁結び ・怨敵調伏 ・厄除け ・縁切り  

 など多岐にわたる。紙で作った人形と針は、藁人形と五寸釘を簡略化したものだ。本来なら人形を畳に打ち付けて完成するのだがね。『・部品が足りない』といった点はそこだ。その箱には畳が入っていないようだから、不完全だろう』

「多い多いw メールをそのままコピペしたからレシートみたいになってるじゃないですか」

『びっくりした』

『まだあるよ。ちょい待ち』

「まだあるの!?」

『 次に、創作話の類を寄せ集めているという点についてだ。

  これは、インターネットの掲示板に貼られた怪談をモデルにしていると私は思う。かなり有名な話だから調べればすぐに出るはずだ。一つ目は『コトリバコ』。 島根県のとある地方に伝わるという怪異で、木が複雑に組み合わされた20cm四方ほどの大きさの箱という見た目をしている。本来は『子取り箱』と表記されるもので、人間を呪い殺すために作られた呪物型の武器だという。

 この箱が近くにあるだけで、女性や子供の体は次第に内臓が千切れて死ぬという、とんでもない殺され方をするという。もう一つは『後悔の木箱』という話だ。これも同じく掲示板に貼られたものだ。見た目はコトリバコと似た様相で、ルービックキューブのような小さな木箱と言われている。木目が合致するように揃えると蓋が開くという特徴を持つ。君たちが見た箱と似ているだろう? 恐らくこれをモデルにしたんだろう。

 中にはボロボロの布袋が入っている。それには『天皇ノタメ名誉の死ヲタタエテ』と記されていて、その中には大量の髪と爪が入っているという。

 箱を開けた人間、またその近くにいた人間が呪われるという。

 箱の正体は恨みを持った死霊で、その箱自体は戦後の焼け跡から見つかったという。つまり、戦前から存在していたということになる。上述のコトリバコの前身という説もある。

 恐らくこの二つは、どこかにある似たような呪いの話をモデルにした創作話だろう。だから恐れる必要はない。

 多分、赤城君が持っている箱は、聞きかじった呪いの話で手の届く限り実現可能な部分を切り取って作ったものだ。チグハグな呪いは作用しない。安心したまえ。呪いでは赤城君の妹は傷つかない。

 これから予想できる危険を赤城君に伝えてくれ。

 恐らく、近いうちに術者が近づいて来るはずだ。理由は簡単。呪いの効果を確かめるため。引き続き克実君に護衛をさせた方がいいだろう。

 以上が私の見解だ。克実君、あとは任せたよ』

 途中、長すぎて読むのをやめてしまいそうになった。やっぱり直接聞く方が頭に入って理解しやすいかも。

「任された!」

 名指しで締め括られたので、一応返事をしておく。

『さすが黒澤先生ね。博識だわ』

「でもここまでいろんなことに精通してると、逆に怖くもありますね」

『民俗学とは……』

『黒澤は興味が出たものにすぐ齧り付く傾向があるからね。浮気症なの』

『マリーちゃんも大変ね』

『手綱は! 私が! 握る!』

「勢いがすごい」

『何はともあれ、呪いが全く効かないということは理解できたわ。安心した』

『よかったよかった。これが解決したらまたうちにおいで。妹ちゃんも連れて』

『いいの!? もちろんお邪魔させてもらうわ!』 

 お姉さん2人が和やかな雰囲気でチャットが盛り上がっていたけれど、横になったままスマホを見ていた俺はいつの間にか眠りに落ちていた。

 朝起きた時にスマホを見ると、案の定大量の通知がきていて、どれも彼女たちの楽しそうな話だった。ガールズトークが盛り上がっているようで、おすすめのコスメや服の話をしていた。読んだけど呪文にしか見えない。ブルベ? イエベ? なんだろう、ブルーベリージャムのことかな? 春夏? 

 そうして大量の通知をスクロールしていると、一件だけその間にメールのアイコンが混ざっていることに気づいた。送り主は先生だった。

『 克実君、もし平和的解決が難しくても、君の能力は使わない方向でお願いするよ。人は簡単に死ぬからね。

 もし、呪いをかけた本人と直接相対する場面があったとき、呪詛返しをするといい。その方法はこうだ──』

 そのあまりにも趣味の悪い方法に、思わず声を出して笑ってしまった。先生もあんな風に見えて結構いい性格しているみたいだ。

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