いらない贈り物 4

 ボディーガード生活2日目の朝。起き抜けに寝ぼけた眼で枕元のスマホをみると、メールの通知が一件来ていた。夜中の3時に届いている。差出人は先生で、昨日送った内容に関する見解が書かれていた。


『 返信が遅くなってすまない。学会やら研究所へ行く用事が多くて、なかなか時間が取れなくてね。

 この写真の木箱は恐らく寄せ木細工だろう。決まった手順で木のマスを動かすと開く仕掛けになっている。赤城君や克実君で開けることが難しいなら、マリーに渡してみるといい。彼女はルービックキューブやパズルが得意でね。

 また何かあったらいつでも連絡を』


 真夜中に送ってくるあたり、本当に忙しいらしい。しかし、マリーさんを頼れとは意外な提案だった。先生に任せられるくらいなら、相当得意なんだろう。俺はそのままその内容をコピペして赤城さ……典子さんに送った。

 朝食を済ませた後にスマホを見てみると、典子さんからメッセージが来ていた。


『報告ありがとう! 私からマリーちゃんに連絡するわね!』


 間もなく数分後、マリーさんからも連絡が来た。


『話は典子から聞いたわ! 今日のお昼に私の家に集合! 住所のリンクを貼っておくから気をつけて来てね!』


 マリーさんも先生に負けないくらいの行動力の持ち主だった。きっと先生の影響なんだろうな。緑の吹き出しに打たれた文字だけで大体想像できる。

 ──あれ? そういえばマリーさんの住んでるところって先生の家だったはずだよな。先生の、家。……俄然興味が湧いてきた。

「了解!」と返信し、出発の時間まで残りの課題に取りかかった。尾野崎さんの家にいた時に大半を済ませたので、残りはマイペースで進められる。まだ白紙に近い課題を取り出して机に広げた。

 適度に動画投稿サイトで好きなアーティストの曲や、チャンネル登録をしているアカウントの新着動画を嗜みつつ課題をこなしていると、約束の時間に近づいていった。俺は広げた課題を片付けて出かける準備をする。スマホの地図アプリにリンクの住所を登録し、それを頼りに市街地の方へ自転車で向かった。

 今日もよく晴れた日で、最高に暑い。汗を流しながら自転車を漕ぎ、案内通りに進んで雑居ビル群に入る。その辺りになると生温いビル風が吹いてきて、それがなんとなく窮屈さを感じさせた。

 画面の赤いピンが自分と近づいた時、聞き覚えのある声がビルの陰から聞こえた。

「やめてください!」

「いいじゃんいいじゃん、俺たちと遊ぼうよ」

「めちゃくちゃ可愛いじゃん。その髪どこで染めたの?」

「地毛です!」

 見ると、金髪でアロハシャツを着た痩せ形の男と、パンチパーマで体格のいい、これまたアロハシャツを着た男に典子さんが囲まれていた。ペアルックか? 仲良しかよ。

 雑居ビルの路地に追い込まれそうな状態の典子さんに、思わず「のりちゃん! ごめん、遅れた!」とテンプレートなセリフで声を掛けてしまった。

「克実くん!」

「のりちゃんごめ~ん。ランチ遅れちゃうネ! あら、その方達はお友達? 可愛いわね!」 

 とりあえず甲高い声のオネエキャラで通すことにした。

「もう、克実くんったら~!」

 意外にも典子さんは理解が早く、雑なエチュードにノってくれた。

「ちょっと待てや!!」

 体格のいい方のチンピラが俺の肩を掴み、俺を典子さんから引き離そうとしたその時、「こぉらぁぁぁあぁぁぁ!」と怒声が響いた。「またアンタたちかぁぁ!!」

 声の主は、雑居ビルの非常階段の手すりから身を乗り出したマリーさんだった。鬼の形相である。チンピラどもはその姿を見るや、興奮して赤くなった顔がみるみる青ざめて、やにわに揃って股間を押さえた。

「あ……あ……。す、すいやせんしたぁ!」

 チンピラは2人揃って踵を返し、転びそうなほど足を絡ませながら走って逃げていった。

「2人とも大丈夫?」

 鋭い金属音の響く足音とともに階段を降りてきたマリーさんが俺たちに声をかける。

「大丈夫だけど……な」

 なんであいつらがマリーさんを見て逃げたんだ、と問おうとしたが、「ありがとうマリーちゃん!」 と典子さんがマリーさんに抱きついた。やれやれヨ。

「なんか甲高い声のオネエの声が聞こえたんだけど、そいつはどこ行ったの?」

 マリーさんが道路をキョロキョロと見渡す。

「それはアタシよ!」

 俺が名乗り出ると、やにわにマリーさんの肩が震え始め、その雪の様に白い顔が真っ赤になるや、吹き出すと同時にお腹を抱えて蹲ってしまった。ナニよナニよ! アタシだって別に好きでやってるわけじゃないのよッ!

 彼女がまともに喋られるまでにしばらくかかったが、典子さんの肩を借りてマリーさんはようやく立ち上がった。

「あ、案内するわ……」 

 息も絶え絶えにそう言って、彼女は降りてきた非常階段を登り始めた。

 話すたびに会話でボケ倒す京助さんの気持ちが少し分かったかもしれない。ウケると最高に気持ちがいい。

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