いらない贈り物 3

 かくして俺は、赤城さんの妹さんのボディーガードを務めることになった。ボディーガードと言っても部活終わりに学校から家まで送るだけだけど。

 喫茶店からその足で赤城さんの家に向かう。妹さんとの顔合わせのためだ。赤城さんのおうちは、例の『狐者異』の件以来の訪問になる。

「もう怪異現象は起ってないですか?」

「二人のお陰でね」

「それはよかった」

 そんな会話をしつつ客間に通されると、既に妹さんが待機していた。俺の姿を見るや、座布団から跳ねるように立ち上がった。

「紹介するわね、妹の杏子よ」

「初めまして。江口です。江口克実」

「コ、こんにちは、じゃなくて、初めまして。赤城杏子です。江口さんのことはお姉ちゃんからたびたび聞いてます」

 出だしから声が裏返る。とても緊張している様子でお辞儀した。

 意外にも妹の杏子さんは赤城さんと反対の性格のようで、大人しく控えめな感じだった。てっきり天真爛漫で元気溌剌とした子だと想像していた。

 長めの黒髪はおさげにしており、ぱっちりとした目の整った顔立ちと華奢な身体は、どこかのアイドルグループにいそうなほどだった。つまり、端的に言うと美少女なのだ。彼女自身は自分の容姿に疎いようだけど。

 夏休みに入る少し前、1年生の女の子が、モデル候補に上がっていた3年生の先輩に代わって学校のパンフレットのモデルに選ばれたという、まことしやかな噂が流れた。どうやらその1年生は杏子さんだったらしい。

「本当は恥ずかしいので断りたかったのですけど……」

 写真映えすると見込んだ教師陣に頼み込まれて受けざるをえなかったらしい。そんなこと先生がやっていいのか。

 華やかな姉妹を前にして、雑談もそこそこに本題を切り出す。

「赤城さん、気配を感じ始めたのはいつ頃?」

「パンフレットの撮影が終わってからなので……夏休みに入ってすぐですね」

「うんうん。赤城さん的にはこう、何かきっかけみたいなことは──」

「ちょ、ちょっと待って!」

 赤城さんが途中で割って入ってきた。

「なんです?」

「どうしたのお姉ちゃん」

「あのね克実くん、『赤城さん』って呼ぶと私も杏子も『赤城さん』だからね。分けるために私を典子、妹を杏子って呼んでほしいな」

 な、なんだって!? えらくハードルの高い要求が飛んできた。

「い、いや、それは」

「ちょうどいい機会ね! 月岡くんもマリーちゃんも名前呼びなのに私だけ苗字なのは仲間はずれみたいで寂しいと思っていたの」

 京助さんやマリーさんはフランクな人柄のせいというか、むしろ「名前で呼んでほしい」と言われたからであって……。

 しどろもどろと言い訳を考えていると、「ね? お願い」と首を傾げて赤城さんがウィンクをしてきた。

「ノ、ノリコサントキョウコチャン……」

「なんでカタコトになるの」

「ふふ」

 俺たちのやりとりを見ていた杏子ちゃんが笑い出す。

「ふふ、すいません。お姉ちゃんと仲がいいんですね」

 笑える余裕ができるくらいに、杏子ちゃんの緊張が解けたみたいだ。

「げっふんげっふん。えー、では改めて杏子ちゃん。きっかけみたいな事に身覚えはない?」

 俺がそういうと、杏子ちゃんは座卓の下から何かを取り出した。

「これが……私の机の中に入っていたんです」

 それはルービックキューブを一回りほど大きくした木製の箱のようなものだった。

「これが教室の机の中に?」

「そうです。終業式の後、荷物を持って帰るときに気づきました」

 それを手にとってみる。見た目に比べてそんなに重くない。振ってみると中に何か入っているような感触がある。固いものではなく、何か柔らかそうなものだ。盗聴器──ではなさそう。中身を確かめようと蓋を探すが見つからない。

「それ、開かないんです」杏子ちゃんが言う。「蓋がないんです、その箱」

 蓋のない箱なんてあるのか? ますます謎が深まってきた。典子さんも不思議そうにそれを見ている。

 先生ならすぐに分かりそうなのに。あのふらついた下駄の足音を早く聞きたいと初めて思った。

「開かない箱があってたまるか」

 小突いたり撫でたり語りかけたりと色々試してみたけど、箱は箱のまま沈黙を保っていた。

「いつ返事が来るかわからないけど、先生にメール……送ってみるか」

 メールに事の仔細を書き、箱の写真を添付して送信した。先生にはいい加減スマホを持ってほしい。

「とりあえず先生に連絡しました。何かわかったら報告したいんだけど、杏子ちゃんの連絡先教えてもらっていい?」

 スマホを取り出して杏子ちゃんとメッセージアプリのIDを交換する。彼女の描いた絵だろうか、黄色い花の絵がアイコンになっていた。

 杏子ちゃんの話によると、部活は作品が完成するまでほぼ毎日あるらしく、下校時間の30分前に俺に連絡することを約束して、俺は赤城さん宅を後にした。

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