いらない贈り物 2
資料室でマリーさんと会った翌日の午後のこと。赤城さんから「相談したいことがあるの」といって近所の喫茶店に呼び出されていた。
店に入り、先に来ていた赤城さんを見つけて、向かい合う形で席に着いた。この喫茶店は先生と初めて会った場所だな、なんてことを店内を見回して思い出す。挨拶もそこそこに暫くの沈黙。テーブルの上に置かれたアイスコーヒーのグラスの汗が静かにコースターへ伝う。今日は珍しく赤城さんのテンションが低い。ずっと目線が机に向いている。
少し長めの沈黙を先に破ったのは赤城さんだった。
「相談したいことっていうのは、その……。最近、妹が変な気配を感じるらしいの」
「気配?」
赤城さんはポツポツと話し始めた。
「妹が学校から家に帰る途中、街灯の少ない道を歩いていたら、急に後ろに誰かの気配を感じる事があって、振り返っても誰もいないって事がしょっちゅうあるらしいの」
確か赤城さんの妹さんは俺と同じ学校で、一つ下の学年だったはず。確かにあの辺りは場所によって街灯が少なくて、夜になるとかなり見通しが悪い。しかも、人家が少ないから少し薄気味悪い雰囲気がある。
「しょっちゅうですか」
「そうなの。妹……杏子は美術部なんだけど、今は夏休み明けの市の展示会までに作品を仕上げないといけないらしくて、最近は帰りが遅くなってるの。部活を休むわけにもいかないし、家に早く帰れば作品が期日までに仕上がらないから、なんとかしてあげたいんだけど・・・・・・」
いつもと比べて格段に歯切れが悪い。どうやら本当に悩んでいるらしい。いつもの眩しいくらいにキラキラした視線がない。
「まず人間だったらお巡りさんに言った方がいいんじゃないですか?」
「もちろん警察には相談したけど、実害が今のところなくて、人かどうかも定かじゃない状態じゃ何もできないって」
赤城さんはそう言って、溜息と共に頭をおさえた。よっぽど妹さんのことが心配なんだろう。
「なるほど。でも仮に怪奇現象だとしたら先生に相談したほうがいいんじゃないですか?」
「それが最近は資料室にいなくて・・・・・・。マリーちゃんに訊いてみたけど『研究費を捻出するための会議やら諸々で死ぬほど忙しい』って」
今は財源確保に走り回ってるって事か。大変さはわかるけど肝心な時にいないな。
「それで、白羽の矢を直接刺したのが俺ですか?」
「そう。克実くんなら先生の隣にいたし、そういうことに少し詳しいんじゃないかなって」
彼女は顔を上げ、俺の目を期待を込めた視線で真っ直ぐ見つめる。
窓からの光が、俺を映す赤城さんの瞳を明るくする。
──困った。確かに俺は先生の助手的な位置だけど、実は妖怪や怪異現象の類に特別明るい訳ではない。
いつもの先生のやり方に倣うなら、ここで根掘り葉掘り当時の状況を聞き取って、それらしい伝承のある妖怪や風習の蘊蓄、そしてそれに合いそうな仮説が先生によって披露されるタイミングだけど、生憎くだんの怪人は不在だ。
「残念ながら俺には先生みたいな知識はありません。俺にできることといえば・・・・・・」
「できることといえば?」
赤城さんが前のめりになる。端正な顔が近くなるので、反射的に背もたれに力が入る。
「なんだろう、そうだな。SP的な、ボディーガードとか・・・・・・くらいですね」
「ほんと!? ボディーガードやってくれるの!?」
「わ、びっくりした!」
さも自分の期待が当たったかのように、赤城さんが大きい声でそういった。静かな喫茶店に集う人たちの視線が集まる。
「実はそれをお願いしようと思って呼んだの。でもいくら力持ちで頑丈な身体の克実くんとはいえ高校生の男の子に危険なことを無理強いはしたくなくて……」
そう言って赤城さんは姿勢を直して座る。
「いやいや、今さら何言ってるんですか。知り合ってまだ間も無いですけど俺と赤城さんの仲じゃないですか。気を遣わないでくださいよ」
はは、と笑ってみる。思い詰めていた赤城さんの表情が、いつもの赤城さんに少し戻ったみたいだ。
「ありがとう、克実くん」
「礼には及びませんよ、友達ですから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます