異類婚姻譚 7
明日の打ち合わせが終わり、外を見ると既に日は落ちていた。
今日の晩御飯は尾野崎さんの畑で採れたという野菜をふんだんに使った冷やし中華だ。瑞々しい野菜は今までに食べたことがないほど甘くて、野菜が苦手な俺でも進んで食べられるほどだった。
沢山食べて重たくなった腹を抱えつつ部屋に戻ると、先に食べ終わっていた先生が持って来ていたトランクを広げて散らかしていた。
「何してるんですか?」
「明日、由美くんの父上に会う時の服を準備していてね。流石にいつものこの服装じゃまずいだろう?」
驚いた。先生は自身の服装の異様さを自覚していたのか。
「そんな格好で人に会うなって言われたからスーツを用意してきたんだ」
へぇ、先生にそんなことを言える人がいるなんて意外だ。何を言っても聞かなさそうな人なのに、一体誰なんだろう。今度会う機会があるなら、唐突に呼び出したり連れ回したりするのをやめてもらえるように進言してもらおう。
「そうですか。あれ? それじゃあその間俺はどうしてたらいいんですか? 同行するとしてもそんな正装らしい服は持って来てないですよ」
ただの遠征だと思って、持って来たのは基本ラフなTシャツとかだ。正装、俺ならば学校の制服だけど、そんな物はもちろん持って来てない。
「克実くんはここで待機していてくれればいい。父上に会うのは私とあの2人だけだよ」
「えぇっ、じゃあ俺は何しにここに来たんですか」
ふぅ、と先生は荷物を漁る手を止めた。
「君には──そうだね。端的にいうと、彼らの行く末を見届けて欲しくて来てもらったんだ」
「見届ける?」
「そう。君自身の力のこともあるが、この現代においてもまだまともに人として見られず、『犬神』という名で呼ばれて差別される彼と、その差別を超えても彼と添い遂げようとする彼女の話を、これからもその力と共に長く生きていく君自身の目で見ていて欲しいんだよ。結果はどうであれ、きっといい勉強になる」
夜で、しかも室内だというのに掛けている丸いサングラスの奥にある双眸が、俺をしっかりと捉えている。
勉強──確かに俺はこの人間離れした力と一生を共にしなければならない。奇異の目で見られたり、怖がられたくなかった人を怖がらせてしまったことも多々ある。人間が自分たちとは違う者を排斥したり差別しようとする生き物だということは、痛いほど理解し、実感している。先生にはまだ話していないことが沢山あるけど、きっとそういうことを見抜いての言葉なのだろう。
「まあ、はい。なんとなくわかりました」
「それでいいよ。いつか君が、尾野崎くんや君自身と同じような場面に直面している人と出会った時に、差し伸べられる手を持っていてほしいというのが、私の個人的な望みというだけだから」
「俺に出来ますかね」
「できるさ。私はそう感じているよ」
先生はそう言うと散らかした物をトランクに仕舞い始めた。
しばらくすると尾野崎さんが、お風呂が沸いた事を俺たちに伝えに来た。「片付けてるから先に入って来なさい」との先生の言葉に甘え、先に入ることにした。
尾野崎さんに案内してもらい、母屋からはなれにあるお風呂場に向かう。一旦外に出ると、涼しい夜風が体に当たる。田舎らしく、蛙や虫の声が賑やかだ。
部屋から風呂場がこんなにも遠いのは初めての経験で、生活する上で不便じゃないのかと思っていると、「慣れですよ」とのことだった。
通してもらったお風呂の湯船はいい匂いのする檜製で、まるで旅館に来た時の気分だった。先生はともかく、俺が尾野崎さんの厚意に甘え過ぎているのを悪く感じてしまう。
風呂から上がって先生と交代する。俺が風呂に入っている間に、先生か尾野崎さんが布団を敷いていてくれた。ひとり残ってしまった部屋は静かで、虫と蛙の鳴き声がBGMのようだった。
ふと外側の障子を開けてみると、縁側があった。寝る時間にはまだ早いので、そこに腰掛けて夜風に当たってみる。涼しい風に乗ってきた草の青いにおいと、湿った土のにおいが鼻腔を通り抜ける。夜でも蒸し暑い地元とは全然違う。見上げた夜空は見事なもので、数え切れないほどの星屑が散りばめられていた。
「縁側はいいもんだろう」
その星空を眺めていると、いつの間にか先生は部屋に戻って来ていた。随分と早かったな。行水か?
「ええ、そうですね。縁側はずっと前からの憧れでしたので、つい座ってみたくなりました」
「私が子供だった頃も同じようなことをしていたなあ」
先生が懐かしそうに呟いた。なぜだか先生の子供の頃のイメージが全然つかない。
先生は懐からライターとタバコを取り出して、縁側の外で一服し始めた。俺は敷いてもらった布団に入り、スマホを手に取る。寝そべりながらツイッターやゲームをしているうちに、だんだんと眠たくなってしまった。この瞼の重さはきっと、慣れない早起きや移動の疲れのせいだ。
そして、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
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