第2話 赤頭 9

「さて、では本題に戻ろう。先ほど月岡くんが説明してくれたミオスタチン関連筋肉肥大が赤頭の出会った怪力小僧の力の正体だと私は考えた。この現代においても、4、5歳くらいの時期で同じように怪力を出現させた少女が存在するからだ。1992年にウクライナで生まれた少女は4歳にして100kgを持ち上げたらしい。この娘は特別に負荷の高いトレーニングをしていたわけじゃない。それなのに12歳になる頃には140kgのバーベルを上げられるようになったという。彼女もまたミオスタチン欠乏症だったという。この話でいくと、木製の柱に五寸釘を抜き刺しすることなど容易いと思える」

「なるほど」

「つまり、最初の話に戻るが──島原半島の女性の代のみに遺伝する怪力、五寸釘を素手で柱に刺す怪力小僧、また『今昔物語集』に伝わる尾張国中島郡の大領・久坂利の妻が成人男性を指2本で摘み上げたという異常な腕力の話も、その殆どがオカルティックな異能ではなく、多少の脚色はあったとしても、このミオスタチン関連筋肉肥大で説明できると考えた。では、なぜ怪力を授かるきっかけに妖怪の存在があったのか。それは、現代の様に科学が発達していない時代という理由が関係する。一つ間違えれば怪力などというモノは恐怖の対象にしかならないからだ。特異な彼らは産女や山姥といった『怪力を授ける』怪異という存在を、自らの出生の理由や能力を授かった切っ掛けとして利用することで、己の力の正当化を図ったのではあるまいか」

 先生はそういうとまた煙草を取り出す。

「勿論、怪力剛力の話を全てミオスタチン欠乏症だとは言わない。本人の弛まぬ鍛錬の成果もあるだろうからね」

 チャッカマンで火を着ける。甘いような苦いような、不思議な匂いが部屋に充満する。

 依然、俺たちはその講義に耳を傾けていたが、鳴り出した先生のガラケーによって先生が自宅に呼び出されたのを区切りに、今日は解散する運びとなった。

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