第2話 赤頭 6
赤城さんとお互いの近況などを話しながら歩いていると、前方に数人の人集りを見つけた。揉め事だろうか? 何やら騒いでいる。
近づくと、「どうする」「どうするって言われてもなあ」「レッカー呼ぶしかないんじゃ?」という焦りの色が見える会話が聞こえた。人だかりの真ん中を見ると、なるほど。大型のワゴン車の右側のリヤタイヤが後退のしすぎか何かで溝に嵌っている。どうやら数人で押しても動かない様子だった。
「あら大変ね」
その様子を見て理解したのか、赤城さんが言った。
「そうですね。うん、多分あの大きさなら時間的にまだ持ち上げられるかも」
「え?」
「ちょっと待っててください」
疑問符を頭の上に浮かべる赤城さんをよそに、人だかりの中に入っていく。
「どうかしましたか?」
俺は丁度車の横にいる困り顔の男性に尋ねる。学生だろうか、ちらとこちらを一瞥し、溜め息まじりに話してくれた。
「ああ、ギアを入れ間違えてバックしちゃってな、そのまま見ての通り、脱輪したんだ。あと5分後には出ないといけねぇんだが……」
男性は「はぁ……」、ともう一度落胆したように深く溜め息を吐く。
「それは時間がないですね。あの、一つ提案があるのですが」
「提案?」
「俺が車を持ち上げるので少し離れてもらってもいいですか?」
「はあ?」
男性は俺の提案を怪訝そうな顔で聞いたが、内容を聞くなり呆れたような声を上げた。そりゃそうだ。それが当たり前の反応だ。
「君、この車の重さわかって言ってるのか?」
「時間がないのでしょう? 下がって、ほら」
俺は周りの野次馬や関係者たちを無理やり少し下がらせ、ワゴン車のリヤバンパーの下に手を掛けた。野次馬の視線が集まる。
「いきますよ」
よいしょ、と手先と脚に力を込め、立ち上がる。「ズボッ」とタイヤが溝から抜ける音がした。上手く持ち上がったようだ。
「左に動かしますよ」
前輪を軸に、溝と少し距離のある場所に移動させた。
車を下ろす。手を軽く払い、辺りを見ると、野次馬や関係者、そして車の持ち主であろう男性がすっかり静まり返っていた。皆息を呑んでいる。
「さぁ! 時間がないんでしょう!? 俺なんか見てないでとっとと出発したらどうです!?」
と男性に声をかける。男性は「はっ」と我に帰った様子で、
「あ、ああ。ありがとう、助かった!」
と車に乗って足速に去っていった。
静まりかえっていた野次馬の学生たちも気を取り戻したのか、「何だあいつ」「誰だ?」「ここの学生か?見たことない顔だ」などと口々に喋っていた。まるで怪物や化物を見るような視線で俺を見る。だが俺には見慣れた光景だ。
そして、俺は恐る恐る置いてきぼりにしてしまった赤城さんに振り向く。きっと彼女を驚かせてしまったかもしれない。
「すっごい!! き、君凄いね!! 何者なの!? 力持ちだね!」
「わっ!」
すごい食いついてきた。考えていた予想の遥か斜め上を行く反応だった。しかし、こんな屋外で詳しい話していても埒があかない。
「ま、まずは先生のところに行きましょう! あの人が説明してくれる筈ですから」
好奇心を抑えきれない様子の赤城さんのキラキラとした視線を受けつつ、歩くこと数分。先生のいる『資料室』に到着した。
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