第2話 赤頭 3
果たして休憩の後に先生から出た言葉は、「直線の100mを5本全力で走れ」というもの。この言葉には月岡さんも「うへぇ」と苦い表情をした。
「やっぱりアスリートでもキツいものですかね? 」
「まあしんどいよね。普通に陸上部の練習レベルだよ」
それは中々にキツい……。こっちは帰宅部なんですが。
「ま、5本全部走り切らなくてもいいんだ。適度に緊張と負荷をかけてアドレナリンを出すことが目的だから。これはタイムを計測しないけど、克実君は月岡君の背を追いかけることを意識してね」
そう言って先生はスタート位置に立ち、スターターピストルに雷管を入れた。
「これってクラウチングの方がいいですか?」
「スタンディングでもいいんじゃない?走りやすい格好なら」
そう言って月岡さんはスタートラインの前に立った。やはり現役の陸上選手、集中しているのがひと目でわかった。静まりかえったトラックには蝉の声がよく響いている。
俺は月岡さんから左側に1レーン開けた場所に立った。
「オンユアマーク」
先生がそう言うと、月岡さんはスタートラインの位置にクラウチングの姿勢をとった。俺は立ったまま半身になって前傾姿勢で構える。
「セット」
パーン!とピストルが鳴り響く。途端、月岡さんは物凄い瞬発力で前に出る。俺も負けじと一歩を踏み出したが、もう遅かった。一歩一歩と進むたびに前を走る月岡さんとの距離が恐ろしいほど開いていく。必死に追いかけたが追いつけるはずもなく、そのままゴールラインを走り抜けた。
「遅いね」
彼は涼しい顔で「ニッ」と微笑みながら俺に話しかける。俺はというとそんな軽口に応えられる余裕などあるはずも無く、膝に手をついて息を切らしていた。額からは止め処なく汗が吹き出し、頬を伝って落ちる。
Tシャツの裾で汗を拭う。
「歩きながら向こうに戻ろう。呼吸を整えながらね」
月岡さんはそう言ってスタスタと歩いて戻っていった。正直、胃が上下にシャッフルされて吐く寸前だったが意地で何とか耐え、俺もスタート位置に向かった。
2、3本目を走り終える頃にはもう立てず、ゴール地点に寝転がってしまった。月岡さんも少し息を切らしていたが、それでも「先生、もうこの子グロッキーですよ」と喋られるくらいの余裕があった。流石、勝てる気がしない。乳酸の溜まった足は鉛の入ったように重く、思うように歩けなかった。
「OKOK。じゃあ立てるようになったらもう一度さっきの計測を始めよう」
先生はそう言って、冷えたスポーツドリンクを俺に差し出した。
「ありがとうございます」
震える手で受け取り、それを一気に体内に流し込む。冷たい液体が食道を伝う感覚が心地よかった。
少し経つと立ち上がれるようになり、先ほど握力を測った場所に戻った。
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