第2話 赤頭 2


「早速だがまずは握力の測定だ」

 そう先生から手渡された測定器はアナログの方で、早速グリップの幅の調整を行った。これは学校でも使ったことのあるものだ。

「息を吐きながら握るんだよ。ひっひっふーでね」

「出産じゃないんですよ」

 月岡さんは結構フランクな方のようで、初対面の俺との会話の端々でもちょくちょく戯けてくる。

「俺もついでにやろうかな」

「ああ、それはいいな。現役アスリートの君の記録は今回いい参考になる。ぜひやってくれ」

 横で先生が手元の記録用のクリップボードに『月岡』と書き足した。

「じゃあやりますね」

 呼吸を整え、吐き出すと同時に思いっきり右手を握る。

「39kg。まだまだだね」

「こんなもんじゃないんですか?」

 俺は月岡さんに測定器を渡す。

「行くよぉー。フンッ」

「47kg。克実君負けてるじゃないか」

 先生がボードに数字を書く。

「現役アスリートと比べないでくださいよ」

「まだまだ若人には負けんよ」

 むふふん、と笑う月岡さんから測定器を受け取る。続いて左手も測ったが右手と大差はなく、当然月岡さんに記録は負けたのだった。

「じゃあ次は立ち幅跳び」

 走り幅跳び用の砂場に移動し、先生と月岡さんが砂場にメジャーを引く。

「縁から飛べばいいんですか?」

「うん、今回は公式な記録じゃないからね。縁に足を掛けてもいいよ」

 目前のでメジャーを押さえる先生が言う。

「砂場についた足跡の踵部分を計測するから、できるだけ前傾姿勢で後ろに倒れないようにね。着地で横に逃げるのもありだよ。2回測るから」

 月岡さんが細かいアドバイスをくれた。流石アスリートだ。

「はい、では跳びます」

 大きく両腕を前後に3回ほど振り、勢いをつけて跳ぶ。なんとか後ろに手をつかないように耐え、着地した。

「2m30㎝。ど平均じゃん」

 メジャーを手にする月岡さんがふっと笑った。

「2回目は伸びますよ!! 多分! 」

「わかったわかった。じゃあやろうか」

 砂場の縁に戻る。今度はさっきより慎重にタイミングを見定め、勢いよく跳んだ。

「2m25㎝!!」

 ダメだった。

 月岡さんはというと、俺を煽るだけあって3m超えという好記録を叩き出した。これには先生も「おお」と感嘆の声を上げていた。

「次は砲丸投げ。これはちょっと難しいから、月岡君に教えてもらってくれ。練習もしてくれて構わない。出来そうになったら言ってくれ」

 先生はそう言うと観客席の日陰に戻って行った。俺たちはトラックのコーナー部分にある、サークルの方へと移動した。

「砲丸、今回は5kgのものを使うよ。投げ方は基本、回転投げと立ち投げの二種類があるんだけど、回転投げは難しいから今日は立ち投げでやるよ」

 月岡さんはそう言って砲丸を肩に担ぐ。

「野球投げは怪我の元になるから絶対にやっちゃ駄目。その辺は注意してね。じゃあまずは足を肩幅に逆ハの字に開いて、重心を移動しやすいように膝を曲げる。投げる方向に対して下半身は真横、上半身は真後ろに。で、右足の踵を爪先を軸に内から外に出すように捻る。右脚はしっかり投げる方向に向かって身体を持ち上げていき、上半身は少し遅れて起き上がる感じで。そのままの勢いのまま肩に持った砲丸を押し出す! 」 

 月岡さんの投げた砲丸は勢いよく飛び、綺麗な弧を描いて落ちた。

「投げる時は限りなくほっぺたに近づけるように。自分から球が遠くなるほどコントロールは効かなくなるから」

「わかりました」

 動きつつ解説という器用なお手本はとてもわかりやすく、的確にポイントを抑えていた。

 その甲斐もあってか、10分ほど練習すると一応は形として投げられるようになった。

 月岡さんが日陰にいる先生を呼び、計測がスタートした。

「しかし月岡君、君はなかなかに器用だね。確か君の専門は100mだろう?」

 感心したように先生がいう。

「一通りの種目は高校の時に勉強したんですよ。混合種目とか出場できればいいなと思いまして」

 そういうと月岡さんは「そうだそうだ、忘れてた」と持ってきていたショルダーバッグからティッシュケースサイズの箱を取り出した。中には真白い粉が入っている。

「これはタンマグって言って、滑り止めの粉。手汗で滑るようなら使っていいよ。この粉の中で手を握るようにして、手の平に擦るんだ」

 野球のピッチャーやロッククライマーが手につけている粉だよ、と月岡さんが言った。 

「ありがとうございます。実は汗で滑り始めてました」

 俺はタンマグを手の平に付け、砲丸を構えた。なるほど、滑りにくくなったから持ち方が安定する。

「江口君、このタンマグってね小麦粉なんだよ」

「へえ、そうなんですか!通りで少し甘い匂いがするんですね」

 驚いてそういうと、月岡さんが突然吹き出し、先生に小声で「彼信じてますぜ」と呟いた。

「ちょっと!!何ですか!?」

「タンマグってね、炭酸マグネシウムの略なんだよ!!ピュアだね!!!」

 そう言って月岡さんは腹を抱えて膝から崩れ落ちた。笑いすぎて咽せている。

「何なんですかもう!」

 騙された俺を見て笑いすぎる彼に少し腹が立った。知らなくて当然じゃないか!

「ごめんごめん、あまりにもすんなり信じるものだから面白くてね」

 涙を拭いながら月岡さんがいう。

「じゃあ始めようか。これも2回計測するね。ファールは取らないから好きに投げて」  

 二人はメジャーを準備し、計測に入った。全力で投げた砲丸は上手く力を伝えられたようで、弧を描いて落ちた。

「16m!初めてにしては結構飛んだね!かなり筋がいいよ」

 月岡さんが嬉しそうに言った。2回目もいい記録だったようで、月岡さんのテンションも上がっていた。ちなみに月岡さんの記録は17mで、やはり負けたのだった。

「じゃあ、少し休憩してくれ。次から今日の本番に入るよ」

「本番、ですか」

 月岡さんが反復する。俺もその意味を理解できずに、日陰に向かう先生の背に二人して首を傾げるのだった。

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