第48話 宴の前

 深夜零時。イシュタルーナは既に斎戒沐浴し、身支度を整え終え、自室の小さな祭壇の前に祈りを捧げている。聖句を何度も誦した。聖剣が笑う。


 午前一時、ユーグルとリュウはすっかり酔っぱらって、配下の山海賊どもに囲まれながら宿舎に帰った。

「なあ、リュウよ、俺に合う儀典向きの礼服があるか」

「一年前に発注してりゃ、間に合ったかもしれないが、今頃言うな。ある訳ない。四メートル近い大男が何を今さら。ジヴィーノに余分な儀礼服があると言うなら、別だが」


 午前二時。ユリアスは広大な会場を高台から見下ろす。夜陰でほとんど見えないが、遙か彼方まで松明や篝火が燃えているのが見えた。天穹を見上げ、星が鏤められたることに拠って綴られた天文を読む。

「風が吹く、雪が降る。しかあれど難なし。必ずや真幸(まさき)くあらん」


 午前三時、最後の書類に目を通し、ロネはグラスにバーボンを注いで、口に含む。

「ふう。さて、やるか。史上空前絶後、史上最も神聖な式典だ」

 月の弓を神官に持たせ、聖剣を佩き、青貂のマントを羽織って、聖騎士を率いた。


 東が未だ白まぬ夜明け前に、イヴァン・オクタヴィウスは湯浴みし、昨晩、用意させた冠、聖なる貫頭衣、マフや手袋を再度確認する。首飾りや数珠を確認した。蠟燭に火を点した祭壇の前で祈祷する。厳かな囁きで、聖なる典籍を読誦した。


 同じく夜明け前に起きたファルコは家令の用意したネクタイが気に食わず、高級ネクタイ店へ買いに行かせる。未だ店が営業時間前であるにもかかわらず。

「古代の哲人の詩を刺繡してあるものだ、海がテーマのものにしてくれ。聖句なんざ俺にはもったいない。頼むぞ。厳粛で、精密細緻な、濃い奴をな」


 ガルニエは香水入りの湯に浸かり、シャンパーニュのグラスを傾ける。準備は完璧であった。髭剃り用のシャボンを立てた壺は微かに湯気を立てている。


 玄関に出たゾーイは冷気に震える。革製の長外套も凍った空気をどうにもできないらしい。チエフが口から湯気を吐きながら迎えに来ていた。革手袋に藁を詰めてもどうにもならない。

「やあ、チエフ。相も変わらずだな。もはや、敵はいない。しかし、警備は怠っていないだろうな」

「むろんです。青銅の者たちは怠っていません。聖闘士たちの武装は儀典用も兼ねた神聖で荘厳な儀礼装甲です」


 レオヴィンチとミハアンジェロは既に黄金と大理石の壮麗な十六頭立ての龍馬車に乗っていた、それぞれ。

 黄金の燦を少しずつ感じ始める。レオヴィンチはミハアンジェロの龍馬車を見ると声を掛けた、

「早いな。俺は豊旗の配置がどうにも気になってな」

「十丈四方の大豊旗だ。動かすなら急いだほうがいいな。一つ動かすと数百動かさなければならない時もあるから」 ※一丈は三メートル

「あゝ、杞憂だとよいが。美は数ミリの差でも変ずることがある」


 ラフポワは寝惚け眼で歯を磨き、着替えを手伝ってもらっている。床屋は待ち兼ねていた。

「ごめんね、朝ご飯は馬車で食べるから、サンドイッチを用意しておいて」


 騎馬や馬車が集まり始め、案内役は大忙し。車寄せは大混雑した。


 黎明とともに、アカデミアのユリイカが光輝燦々たる十六枚の翼のある七柱の黄金の龍に牽かせた白銀の天蓋つき馬車に乗り、舞い降りる。それが合図であったかのように始まった。太陽が出ずる。

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