第42話 四大陸と国際情勢及び亜沙羅偉神が東大陸に降臨する

 その後の動きは、神聖シルヴィエ帝国と、大華厳龍國とでは、大いに異なった。


 神聖帝国に於いては、イータ亡き後、大枢機卿の互選で神聖皇帝シニク・ナルシニヒリリシズムが選ばれる。シニクは妄想的な、壮大悲愴抒情的性格であった。


 彼の唱える主義主張はこうであった。

 物的客観超越他者性科学主義は構造や原因や仕組み・絡繰りを説くが、意味や理由を説かない。完璧な科学とは言えない。それを知るためには、知では不足であった。もはや知では限界である。心で知り、情で知り、体で知り、魂魄で会得しようとしなければ、知ることができない。完璧なる科学を説くのが、魂魄体情心知の六象主義。それこそを現実主義、実践主義とした。


 その思想的な影響は西の帝国の影響が大きい。

 シニクは西大陸のヴォード共和帝国の大学に留学していた時期があった。彼の思想はその時代に培われた。

 ヴォード共和帝国の陰謀である。


 権謀術策に関しては最も発展していた彼の国も又、他にはない国家体制を取っていた。

 大統領と皇帝がいる。

 全国選挙で選ばれた大統領はマイケル・ハンマー。タフな実業家で、内政を行う。

 二百年前から続く王朝の皇帝ジョニー・コークは外交を主として行う。


 また、選挙で選ばれる有識者から成る会議で選ばれた顧問がいて、大きな発言権を持つ。現在は哲学者コートニー・トランプス。

 そして、大統領が指名する宰相がビリー・ブロンクス。

 顧問が指名する補佐が軍出身の兵法学者のアーネスト・ヘヴィ。


 マイケルは早くからシニクの才能に眼を留め、平凡な司教の子であった彼を特別な待遇で留学生として迎え、自然に思想を植えつけた。マイケル自身は一切表に出ずに。


 ヴォードはシルヴィエを最大の脅威とし、南大陸マーロ帝国の膂力皇帝、羅氾(らはん)と結んでいた。


 ちなみに、マーロのラハン(羅范)は身の丈四百四十センチメートルである。腕力の強さだけで十億の民を支配する世界最強の大豪傑であった。


 彼の歴史は七歳の頃から始まる。一族の貧困層であったが、族長と一対一の勝負で撲殺し、民族のしきたりによって族長となってから、次々と勝負をした。誰もが七歳の少年など、ナメている。通常は、めったに行われない勝負であったが、よもや、負けはあるまいという思い込みと、ラハンの激烈な罵りによって、「こどもと思って、容赦していたが、もう許せん」というセリフを吐かせることによって、戦いに挑ませた。すべて圧倒的な勝利で終わる。たちまち、五部族をまとめた。

 その段階で、彼と勝負する族長はいなくなった。

 だが、既に遅し。大勢力となっていたラハンは毎日、転戦し、世界一広大なる砂漠を縦横に走る騎馬の達人集団である数億の民を支配し、千の族を隷属させ、超大国の仲間入りを果たした。わずか十年である。弱冠十八であった。


 マイケル・ハンマーはこの南大陸の超大国と盟約を結ぶ。ヴォードが何年も前から画策していたシルヴィエ包囲網の一環であった。


 しかし、いゐりゃぬ神の脅威が明らかになると、仮想敵をシルヴィエからいゐりゃぬ国へと、戦略を変える。だが、神に敵対することはできない。武闘ではなく、アカデミアへの提訴という道を選んだ。


 アカデミアとは、この世界に於ける最高にして至高の聖域、聖なる学園都市で、多くの学生たちが真究竟の真実義を研究している場所だ。その学長は精神世界に於ける絶大な権威を持ち、皇帝たちの権威とは別格の存在として、或る意味世界を制している。


 イシュタルーナは嘲笑った。

「よほど、正義に自信があるらしい。

 あのアカデミアが権力や金銭や外交手段などで動くと思うか」

 そして、聖都イヰリャヌートの全機能を完全に回復させる。副聖都、首都などを次々甦らせ、いゐりゃぬ国は復活した。


 国内が安定すると、

「今こそ魔王の、地獄の底からの進言に従おうぞ」

 数千の軍団を組み、海を渉って、太陽の剣を振り翳し、偉大な神威によって混乱している大華厳龍國を平伏させ、善政を布いて統治した。


 民は歓呼する。金銀財貨は再分配された。貧困は消失する。生活保護の認定事務は必要がなかった。神がすべてを知るから。支給は早急で、不正受給者は間髪を入れずに処刑される。王侯貴族や資産家の不正も同様であった。上流階級や富裕層は意気消沈した。


 さらに、大華厳の周辺にある、他の国々と同盟を結ぶ。

 東大陸において、大華厳龍國に次ぐ第二の帝国であるイン=イ・インディスは同盟締結に賛否両論が起こり、皇帝は大いに逡巡したが、隣国をイシュタルーナらが統治しなければ、大華厳龍國内に混乱が生じ、流民や群盗の類が国境を越え、その対策に莫大な経費が掛かることを慮り、渋々同盟を一時結ぶ。


 東大陸は竟に統一された。むろん、小規模な反乱は幾度も続いた。特に中央の情報がいき渡らない地方都市の勢力が無謀に暴れる。シルヴィエの侵攻や、イヰリャヌート陥落以来、いゐりゃぬ神は必ずしも味方ではなかった。もし、神がその気なら、反乱など起こりようはずもない。


 だが、イシュタルーナのみならず、ラフポワやロネやファルコなども、そういうことに矛盾や違和を感じることが少なくなっていた。


 ファルコは各地で起こっている反乱について、淡々と主張した。

「討伐軍を編成しよう。人員も財源も十分だろう。早速、着手する。動き出せば、大して時間もかからない。確実に勝てる」

 だが、ロネはそれを蔑み、

「いつからおまえは狂信者や独裁者や専制君主のようになったのだ。反乱の動機に対処すべきであろう。政治的な陰謀から煽動者もいるであろうが、民衆の潜在的な欲求が隠されているかもしれない。

 皇帝など、もううんざりだ」


 だが、イシュタルーナはそれを伝え聞き、敢えて巫女皇帝となった。神に跪いた後、神殿に祀っていた榊で編んだ冠を自らの頭に被り、

「あたしが直截に逝く」


 ラフポワなど数名の供を連れ、激動する現地へと龍馬を駈ける。

 殉教者にも見えたが、実際には、その神々しさに誰もが跪いた。涙とともに帰順し、歓んで首を垂れる。そんな場面の連続であった。

「善き哉、人よ、己の真の心に従え」


 最初に帰順した者たちは、〝石〟とし、次を〝木〟とした。そして、東大陸のみならず、全世界に発信した。


「世界に告げる。今、帰順すれば、土の兵たることを保証しよう」

 東大陸で最後まで抵抗した勢力は、〝土〟になれず、〝水〟とされた。

「だが、人は水なしには生きられない」


 この大幅な組織拡大に伴い、初期の頃からの者たちに対しては、大幅な格上げが行われた。尤も、ラフポワは神将、ロネは神の臣、ファルコは神兵軍団長と当初から、特別な高位にあったので変わらぬ。だが、黄金の聖者たちは大枢機卿となり、銀は枢機卿、青銅は王、銅が大将軍、鉄が将軍、石は聖闘士、木は将、土が騎士、水が兵とされた。


 聖化・聖別と、厳粛な式典、神々しき祝賀の儀が行われる。

 真幸くあれと祈祷した後は宴となった。

「飲めよ、喰らえ、歌え、舞うがよいぞ」

 言祝ぐ。


 翌朝、イシュタルーナは高々と宣言した。

「遂に時は来た。亜沙羅偉を畏れ畏み招く」

 巫女騎士の大号令で、大動員が行われ、神業のごとく速やかに元汎都の汎界天宇太陽太陰霽月星辰宮殿は改造される。世界最大の神殿となった。イシュクンディナヴィア半島にいるいゐりゃぬ神の真咒が大空に鳴り響き渡る。


「見よ、いゐりゃぬ神が真咒を誦する。奇蹟が起こる。亜沙羅偉神族の長、大宇宙の主宰者たる亜沙羅偉神が天降り給うぞ」


 天空から、見たこともない巨大な光の塊が降り、広大無辺なる全宇宙を光燦によって塗り潰すように蔽った。聖なる歌声が響く。

「朕が幸福に統治する」 


 亜沙羅偉は全宇宙に轟く声で宣言した。誰もがそれを聞いた。石や水さえもそれを聞いた。山も海も空も星も月も太陽も雲も湖も樹木もそれに従う。時や空間ですら逆らわない。逆らわせない。


 いわんや人をや。


 この情勢にあって、三大帝国も黙らざるを得ない。

 さらに、追い風となったのは、アカデミアからの採決であった。

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