第41話 二人の皇帝が邂逅する
軍団を率いてイシュクンディナヴィア半島に着いたとき、神聖シルヴィエ帝国の絶対神聖皇帝イータは侍従長からの報告を聴いて驚く。
「何と、オウリュー十三世とその大行列が来ていると。大元汎都(ダーゲンヴァント)の汎界天宇太陽太陰霽月星辰宮殿から。
なぜ、今日まで、その情報が入らなかった」
「情報網が惑わされていました。幻惑されていたのです。在りもしない事実を見て。恐らくは、いゐりゃぬ神のお力かと」
賢者セトが恐る恐る答えた。
「何としたことだ、大丈夫なのか、今回の訪問は」
しかし、ここまで来ては、もはや。
連絡を取り合い、互いに罠がないことを確認し合うと、二人の皇帝は初めて相見えた。
「こんな形で会おうとな」
「本来、我々が直截会うなどあり得ない」
ともに、自分の精鋭兵に囲まれ、門をくぐる。
イヰリャヌートは蛻の殻であった。誰もいない。当然、迎えもない。
「予想はしていたが」
「これでは、どうしてよいのか、わからないぞ」
二人の皇帝が来たというのに、異常な状態であった。静寂、この不気味な異様さにイラつく。
シルヴィエは武装した数万の戦闘員を伴っていた。自動装填連射銃やバズーカ砲や野戦砲などを装備した鋼鐵の軍隊を。その上にも屍の軍団が絶対神聖皇帝を警護している。
世界最高の戦士たちだ。
大華厳龍國も数千の兵を率いていた。
だが、イータもオウリューも震えていた。
「ここまで来て今さらだが、拒めば殺されるであろうな」
オウリューは離れて立つイータに聞こえないよう、小声で宦官に話す。
「は、間違いなく」
イータも恥も外聞もなく、歩くのをやめた。
「どのような衛兵が余を(朕とは言わなくなっていた)護ろうとも、何の安心も得られない。まるで、丸腰で、いや、裸身で敵軍の槍の林の中を歩く気持ちぞ」
こうなれば、儀礼もへったくれもない。先遣隊を先に神殿に入れる。十分調査させてから、絶対神聖皇帝も警護に囲まれて入った。
御社の前に立つ。その時、音が。
神殿の奥、御社を越えたさらなる奥の場所、洞窟の方から聞こえた。巨大な神殿は洞窟の場所も蔽っているのだ。イータは何かを予感した。
「何事か、すぐに見てまいれ。余は一時、ここを離れるぞ」
しかし。
「いや、待て、絶対神聖皇帝イータよ」
呼ばわる声は女のものであった。
「おゝ、まさか、その声、おまえは。あゝ、神よ、神よ、救い給え」
聖句の刺青を黄金に耀かすイシュタルーナが洞窟から、聖なる太陽の剣を掲げてあらわれる。
「本当に貴様がイシュタルーナか、あり得ない、なぜだ、あゝ、そんな莫迦な、神が我らを謀られたのか」
剣を鞘に収める。
「会見が必要だった。殺しに来たのではない。大いなる和を求む。あたしは心に背かない。魂が欲すことを欲す。会うべきであると思った。会わねばわからぬ」
皇帝たちは黙った。
イシュタルーナは再び剣を抜く。
皆がぎょっとした。
叫ぶ、
「大義を観ぜよ。見ずしては、大義を知らず。されば、大義を知らせん。これを見よ。実存する大義は、ここに」
原蛇を囲む繁縟なる真究竟真実義の真言聖咒の円環を持つ太陽の剣の光燦々とともに、いゐりゃぬ神の双眸も純金に燃えた。
イシュタルーナの聖句の刺青が曙光を反射する湖のように燦めき移う。彼女は生きている経典のようであった。
イータ皇帝とオウリュー十三世は魂が抜けたかのようになる。あまりの清らかさ、あまりの美しさに陶酔した。生けとし生けるものの求めるものすべてがある。万象の欣求するものすべてがあった。
いゐりゃぬ神が音声する、
「神が天降り来たる今や、王は要らず。よって、王制を廃す。王権を返上せよ、母国へ帰って、遅滞なく、それを行え。急急如律令(速やかに、法令のごとくせよ)」
途方もない要求であったが、誰も逆らえない。
「帰還するしかない」
オウリューは苦渋の表情であった。
イータも同じだ。
「余がいかに不可侵の絶対神聖皇帝とは言え、いや、それなればこそ、余は殺されるやもしれぬぞよ」
二人とも帰国の途に就く。蕭然たる雨が降っていた。
帰国後、当然のごとくに、いずれの国も騒然とし、元々国内にいた反対勢力は勢いを得た。イータは毒殺され、オウリューは幽閉された。人々は革命を叫ぶ。
絶対神聖皇帝の断末魔の叫びは、絶望と悲嘆に牽き裂かれていた。
「あゝ、いゐりゃぬ神様」
この悲痛な叫びにも、イシュクンディナヴィア半島に坐す、いゐりゃぬ神は眉一つ動かさない。その声は、いゐりゃぬ神の耳には聞こえていたにもかかわらず。
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