第40話 巫女騎士の帰還

 イシュタルーナたちは気がつくと、〝唐突〟に元の場所、そして、元の時間にいた。

 不思議に思いながらも、それが自然なことと感じられている。


 大審問官の冥府へと降りなかった多くの者たちは、あ然として恥じることさえも忘れていたが、イシュタルーナの言葉に自らを叱咤し、奮い立たせた。

「おまえたちが飛び降りずに、ここに残っていたことは必要なことであった。あたしもおまえたちが飛び降りることを望んでいなかった。

 しかし、この場に残ったことが思慮の末ではないことは、おのれがよく知っているであろう。勇気がなくて、降ることができなかったことは、おまえたちの意思に関わらず、魂魄に自動的に後悔として刻まれるであろう。

 すなわち、未来に向けて改善する努力を怠る莫れ。心の苦しみを超えるには、それしかない」


 地下洞の行軍を再開する。道は困難を極めた。

 保存食は尽きる。飲み水が得られなく、渇きに苦しむ時もあった。地下水脈は常に轟音を上げていたが、場所によっては危険過ぎて、水を汲むことなど、到底できない場所も多々あったのである。


 イシュタルーナが思料する傍で、ラフポワが獣脂に小さな火を点す。

 イヴァンは朝の祈りを捧げていた。ファルコが起きるや否や、大あくび。まるで獅子だ。


 ジヴィーノも眼を覚まし、快活に咆哮する。

「あゝ、今日も腹ペコだあ」

 その音声に起こされ、寝袋からむくりと起き上がりながら、

「寝た気がしないな」

 ゾーイが眼を擦る。チエフもぼやく。

「そもそも、いつが夜だか、昼だかわかりません」

 ラフポワが陽気に、

「いつ襲われるかもわからないしね。どんな敵がいるのか、まったくの未知だ」

 ネプチュルスが今日もぼやく。

「有難いお言葉だ」

「闇だから、仕方ないな。いくら太陽の剣が照らそうとも」

 ロネがそう言うと、今日もネプチュルスは肩をすくめ、

「わかってますよ」

 誰もが支度を始めた。朝飯もない。

 ファルコが励ましにならぬ励ましを言う。

「じゃ、今日も行くか。今日なのか、昨日なのかよくわからないが」


 気力を振り絞った。だが、どこまで来たのか、よくわからない、ただ、間もなくのはずだ、とイシュタルーナは断言する。皆、巫女騎士を信じ、無言の笑みで励まし合った。

「おい、あれは」

 何かが見える。

「あゝ、何となく灯に見えないか」

「いや、灯だ」


 光明なき艱難辛苦の末であった。遂に、アヌグイの山の真下に着き、深き所に隠れていた民衆らと邂逅する。

「あゝ、イシュタルーナ様、ご無事でしたか、あゝ、嬉しや、もはやこれ以上の希いも、望みなし」


 古老たちは噎び泣いた。

「再会を歓び合う暇はない、さあ、行くぞ、剣を抜くのだ。槍を持て。弓を出だせ。殺戮のまなざしを持て」

「まあ、少しお休みください。

 絶対神聖皇帝もようやく半島に着岸するという頃合いです」

「なぜ、わかるのか」

「この地下洞窟は途轍もなく広く、無数に分岐し、複雑で、地上へのさまざまな小さな出口を持っております。

 占領軍には気がつかれずに、身体の利く者たちを大いに使って、世俗に漏れ伝わる情報の聴取に努め、幾許かの貴重な情報を収集いたしました」


 イシュタルーナは感心した。

「わかった。その確証があれば、休もうぞ。

 休息があってこそ甦るのだ。すべては遷移し、新陳代謝する。移り変わり揺れ動く、縁り結びては、相反発し、細かく散って別れ離れる。

 諸行の定め」


 ラフポワが手足を伸ばしてどんと仰向けになる。

「あーあ、やっと休んだ気がする」

 ファルコやジョン・スミスも嘆息とともにしゃがむ。皆同様であった。ネプチュルスのぼやきも頂点だったが、すぐに眠る。


 ただ、ロネとユリアスがジッと地図を眺め、何かを話し合っていた。

 

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