第39話 イヰリャヌート陥落
さて、そのアヌグイの山は包囲され、神聖シルヴィエ軍は屍の軍団を先頭に急斜面をあっと言う間に登った。既に、一般住民は洞窟の入り口を閉ざして深く潜伏していたため、イヰリャヌートは抵抗もなく、陥落した。
「行くぞ、神殿の奥へ」
「心して逝け。いゐりゃぬ神がいるのだから」
暗視用スコープをつけて、手榴弾や短銃、マシンガンなどの武器の他にも、通信装置やサバイバル用品、携帯食など、フル装備した兵士たちは進む。
神殿内に御社を見つけ、そこに入る時は、屍の軍団すら震えた。それはどうにもならない、根源的な畏怖であった。
「これが御社、この中に塀と祠が在るはず……」
昏い。わからない。どこに、何があるか。人が逃げてしまったので、灯もついていないのだ。携帯用照明具を点ず。進む。塀があった。その奥の祠。
「ここか」
「そのようです」
「さあ、行くぞ」
「はい、少尉。何かを感じます。何か、居ます、この奥に」
喉がごくりと動いた。塀の切れ目、入り口だ。入った。
双眸が静かに碧く、光っている。
「あ、あゝっ、い、います」
「う、ううぬ」
女神が半跏坐で石の上に坐っている。
いゐりゃぬ神は言った。
「朕はいゐりゃぬ神。世界の支配権を持つ。ここを動かず。皇帝は参集せよ、絶対神聖皇帝も例外ではない」
帝国の将軍であっても、神の言葉には従わざるを得ない。急ぎ帰国して復命すると、絶対神聖皇帝イータは神を畏れずに憤り、
「朕に来いと言うたか」
だが、その日、神聖シルヴィエ帝国の首都ヒムロの曇天に怒りの声が雷鳴の数十倍の音量で轟き、石畳が揺れて浮き、ガラスが割れた。
「朕という一人称を使えるは、今日より神のみと知れ」
だが、名称の件も、参集の件も従わず、イータは首都から動かなかった。
帝国の民は皆大いに不安と怖れを覚えたが、その予感は当たる。
「ぅわあ、何だ、これは!」
凄まじい大音響とともに地面が激しく上下した。
「いったい、何が起こったのだ」
すぐにわかった。
三重の城壁からわずか十キロメートルの地点の大天災、大災厄である。
超巨大な陥没が起こっていた。その規模たるや凄まじいもので、直径五十キロメートルの円が深さ五キロメートルにも達する垂直の絶壁をなす、円筒型に陥没していた。
「ヒムロもこのようになる」
人々は口々に叫んだ。
「もうわかった。已むを得まい」
蒼褪めた神聖皇帝は額を震える手で押さえ、行幸を命じる。とは言え、それから実際に、大行列がアヌグイ山に向かって動くまでには、二か月近くが経った。
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