第38話 真夜中
イシュタルーナは応え、
「説破」
「愚劣なる人間よ、おまえらは生まれて来ない方がましだったと知るために生まれて来たのだ。
そういう絡繰りだ。そういう絡繰りだからそういうことに陥る。これゆえにこれにあり、これ在るがゆえにこれ在り、だ。
人間存在の構造とは、そういう絡繰りでしかない。その絡繰りを人間と呼ぶ。
さればこそ、智慧など何の役に立とうか。すべてが儚い霞、狭霧、泡、水面の月の光、幻、薄羽蜉蝣の羽の影に若かず。
水が茎の内管を廻り、光が当たれば、蕾が萌え出でて、花を咲かせるように、親兄弟の愛すらも化学的な現象に若かず。
諸考概、イデア、概念も、ニューロンへの刺激を送り伝える電気的発火現象の仕組みに若かず。物的現象に若かず。思惟の内容たるや、いったい、何者たるか。能わず。
それが諸考概の実態・意識の実在という。しからば曷や情、心、魂。
焉(いずく)んぞ由来、経緯、理由、根拠、意味、意義は。
さよう問えば、人間どもは、とやかく応え、理を捏ね繰り廻す。されば我、さらに問わん、とてもかくても、畢竟奚(なん)ぞや、と。
さあ、答えよ、おまえらは〝唐突〟に過ぎない。さて、〝唐突〟の何たるかを言ってみよ、この大審問官様へ言ってみよ」
いかなる剛の者も震え上がりそうな大審問官の音声を、イシュタルーナは眉一つ動かさず脳裡に留め、
「魔王ともあろう者が、愚劣なる質問を。所詮、それ自体が思惟、諸考概のうち。球体の中を廻る鼠に等しい。空疎すらもない空疎なる建築物。この巫女騎士を試すつもりか。風もなき凪なのに、心の平安を亂す莫れ。
さような問いへの答など、言えるものかは。未遂不収にしあらば。この世、現実、存在は、只管是惟(ひたすらこれたる)がゆえ、只管是惟(ひたすらこれたる)しかあらず。只々(ただただ)唯々(ただただ)あるのみ哉」
悪魔大王は嘲りを泛べ、
「ふわはは、面白きこともなき世なる哉。無味乾燥、非情、上中下左右もなき超絶大激流の真っ只中で棹差せる處なし。棹なし。筏なし。静寂もなき無音。汝の敵を愛せるか」
「いや。する気もない」
「何ゆえに」
「それに就いて、あたしの答は既に畢(おわ)っている。神が全網羅し、全肯定なるゆえ、我は敵を愛さず」
魔王は口角を裂いて、陰謀を孕む陰深き悪魔の笑いを笑った。濛々たる噴煙のごとき、もの凄い瘴気が上がる。哄笑は氾濫する太陽のように。
「逝け、長く居るな、最初は東を統治するであろう。その時は、亜沙羅偉を呼べ、竟(つい)には宇宙世界を統治するであろう。その際は、彝啊呬厨御を招くがよい。
かくして、一切世界は統治されよう。善き哉、悪しき哉、究竟の静謐、身も裂き砕き天翔け躍れよ」
太陽の剣が激しく燦めく。刃に睿らかに繁縟なる真究竟真実義の真言聖咒が彫られていた。原蛇の円環を囲むような円環で。
〝鉄〟の位階を褒授し、聖の聖なる剣となる。
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