第37話 大審問官

「書に伝え聞くところを引用しましょう。


『深き地底の壮大な魔宮があり、八千兆の兵に守られているという大審問官。八本の大角羊の角を生やし、三つの蛇の眼、左右各々に十二枚の蝙蝠の大翼、蜥蜴の尾、龍と黒山羊の混ざった顔を持つ。胴体は毛深い人間の体だが、黒い鉄の甲冑に覆われて見えない。鎧は鋲が打たれ、針の山のようでもある』


 とのことです。なかなか興味深い存在者だと思います」


 話を聞いて、

「面白い、彼の意見を是非、聞きたい」

 イシュタルーナが言った。


「巫女騎士様、またそんな無茶を」

「何を言うか、ロネ。無茶なものか。脱皮だ。身を捨てる、清々しき超越の歓び。炸裂の歓喜。自由自在の兪悦。

 保身に走るな、生き生きとせよ。

 身を裂き砕き天翔け躍れ」


「あ、イシュタルーナ様、そんな乱暴な、少しお待ちを」

 イヴァンも止めたが、

「それ」

 断崖絶壁から飛び上がり、堕ちる。地底の暗黒の峡谷の遙か彼方の深淵、そこへ飛び降りた。


「イシュタルーナ!」

 ラフポワが叫ぶ。叫んだ時には、巫女騎士を追って、彼も飛び降りていた。


「ああー、お待ちを」

「どうする」

 そんなやり取りも耳にせず、ロネとユリアスは飛び込む。 


「どうするも糞もあるか、俺は行く、後は頼んだぞ、ジョン・スミス」

「いや、俺も行きます」

「ちくしょう、俺もだ」「俺も」「いや、俺も」

 次々奈落へと下る。


 驚くべき世界であった。人間世界にも巨魁な建築は数々あり、神聖シルヴィエ帝国の首都ヒムロの巨大建築なども、その代表例であるが、大審問官の建築たるや、筆舌に尽くし難き空前絶後、喩えのありようもなく、山脈や蒼穹と雖も、魔神の宮殿の巨魁さの比にはあらず。


 何百万キロメートル降りたか、ひらりと着地できたのは、摩訶不思議の奇蹟で、何者かの計らいであると感じた。


 毅然と立ち、にらみ、言う。

「いゐりゃぬ神の巫女騎士イシュタルーナが推参した。大審問官殿に取り次がれよ」


 黒きダイヤモンドのごとき鎧兜の牛頭の衛兵が現れ、言う。

「お待ちしておりましたぞ。

 第一義の最高法廷たる大疑殿へお越し願いたい」


「わかった」

 そのやり取りの間に、他の者たちも次々堕ちて来た。


 聞いたとおりの姿の魔王は玉座に坐って、蹄の足。坐っていても、角までの高さは八十八メートルを超えた。その声は地底に轟く。

「怎麼生(そもさん)」

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