第29話 神聖シルヴィエ帝国

 最果ての北極圏の永久凍土に、神聖シルヴィエ帝国の聖なる首都ヒムロ(非无呂)はある。


 東西南北を長さ百キロメートルの第一の城壁に囲まれていた。その城壁の厚さは百メートルある。


 そこを抜けて、百メートル行くと、第二の城壁であった。その高さは二百メートルで、厚さも二百メートルである。


 さらに、そこを抜けて百メートル行くと、第三の城壁があった。高さが三百メートルで、厚さがまた三百メートルであった。


 三重の門を抜けるだけで、八百メートルもの距離があるのだ。


 大門は東西南北にあり、大路が正方形の都市を十文字に切っていた。その交差点が聖都の中枢である。


 ヒムロの真中央には中枢となる建築がある。


 聖者イヰの座のある大聖堂であり、彝啊呬厨御神の神殿であり、絶対神聖皇帝が居住し、かつ祭祀及び政務を執る聖大神殿である。


 中心の塔の高さは二千一百メートルの尖塔で、四つの七百メートルの塔が東西南北を支えていた。東西南北から列柱廊が伸び、一キロメートル先に高さ三百メートルの尖塔を持つ。


 真上から鳥瞰すれば、壮大な十文字であった。

 

 その聖なる建物の中に入ると、広大な礼拝堂があり、大祭壇がり、大祭壇の頂上には、聖の聖なる御徴の、

 

               I

 

 が荘厳されたていた。祭壇の背後は黄金の衝立であるが、それを背景に祭壇の最も基幹をなす部分に、背凭れが二十メートルも屹立する玉座がある。


 絶対神聖皇帝イータは肘掛けに頬杖を突き、体を傾け、台座の階段の下にならぶ臣たちを物憂く睥睨している。気怠そうなまなざしで。


 大賢者セトが言う、

「我らは、聖の聖なる聖者イヰの教えのとおりに考え、言い、行動しています。

 その真究竟真実義は『龍肯』です。

 全網羅です。現実主義です。

 現実が真実です。〝存在〟という語を誰もが理解し、日常に使い、何ら不安もないのに、それが何であるか、まったく解明されていません。〝現実〟ということも、同様です。誰もが知るのに、捉えられません。

 しかし、それでも、敢えて、乾いた風は火を煽り、火は鉄を溶かし、鉄は水に冷まされ、水は火を消します。右手が握るものは、右手に握られている。我らの科学兵器が古く弱い兵器を淘汰するがごとくに。

 我らは、いゐりゃぬ神に逆らいません。いゐりゃぬ神は我らの味方です。

 聖なる皇帝陛下、勝利は眼の前です。世界はまもなく制覇されるでしょう。我らを超える超大国がありますでしょうか。

 百億人の民、三億の専門戦士、二億の予備兵、十万の自走式砲台附き装機甲戦闘車輛、超音速で飛ぶ一万機のジェット戦闘機、大陸間弾道ミサイル、島のように巨大な五千隻の航空母艦、他国は弓矢や盾矛で闘っているというのに。

 我らが勝利せずして何でありましょうか、光の神、啊(ア)素(ス)羅(ラ)神群の意のままに。我らが信仰に栄光あれ。

 最高神、天の神の帝皇、神彝啊呬厨御(カムいあれずを)の御心のままに」


 大将軍ムーノは進み出た。

「既に、戦闘機と空挺部隊を乗せた戦闘ヘリコプターを載せた航空母艦千隻がイシュクンディナヴィア半島から十キロ沖の海上に停泊しています。

 それ以外にも、さまざまな科学的調査をし、周到に用意しています。

 諸々の企てが幾重にもあり、準備は万端です」


「陛下、彼らは何もまだ気がついていません。霧と高山から瀧のように流出する雲のせいで、視界が零だからということもあります。

 我らが科学的予想どおりの現象です。だが、イシュタルーナらが気づかない何よりの理由は」


 大賢者は言葉を止め、皇帝が静かにゆっくりと息を呑む。一秒の間の後、厳かに続きを言った、


「いゐりゃぬ神が教えないからです」

 

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