第27話 リョンリャンリューゼン(龍梁劉禅、又は大華厳龍國)
大元汎都(ダーゲンヴァント)の汎界天宇太陽太陰霽月星辰宮殿(はんかいうたいゆたいいんせいげつせいしんきゅうでん)の朝廷(毎朝、官吏がならぶ広い庭)、大華厳の間において、廷臣が集う。
朝廷の原義から言えば、本来は、屋外であるべきところだが、そこは一万人以上を収容できる広間であった。
皇帝オウリュー十三世はポウ将軍の説を聴いていた。
「海を制すべきでしょう。
神聖帝国は海軍を寄せています。彼らが半島を西から攻める時、その動向を見守りましょう。恐らくは、彼らも必勝の理を、機(はた)らきをつかもうとしています。
しかし、我らが伝統から見れば、彼らは未だその道の素人でしかない。わずか二千年の歴史など。
シルヴィエ帝国の敗退の瞬間を狙い、我らはいゐりゃぬ国と和議し、いゐりゃぬ神を奉じ、我らが神となすのです。古来の精緻なる典礼儀式の妙を尽くして祀り」
皇帝は苦笑した。
「我らは通暁者か。
さような叡智があるか。
知とは、何ぞや。
イシュタルーナの衆講義の記録を読んだか」
ポウ将軍は一人の老人を招き寄せた。白く長い髪、白く長い髯、長人(のっぽ)と呼ばれた天文占星学者タイパクである。
「天文占星を専らとする家、エイセイ家の長、このタイパク師によれば、いゐりゃぬ神は天然自然、万有を融通し、無罣礙、無為無差別、無分別が本来、今、イシュタルーナの味方になっているのは、風が西から吹いたり、北から吹いたりするのと同じ、現実の非情性と何ら変わりません。
我々天文占星の者たちは陰陽五行の理を尽くし、奇門遁甲の妙を究めて、いゐりゃぬ神の御心を推察しようとしております。
天然自然の理に心を寄せ、悟ろうとしています。
ロゴスに聴従しようとするように。
御心に寄り添うために、道(タオ)を究め、平常道を究めようとしています。
天地の機らきを読み、機をつかめば、神の御心に適うのは、我らです」
冷厳なる皇帝は薄ら笑いを浮かべた。
「天地の理を読み解きて、世界を思うがままに渉った者など、歴史上、未だかつて、一人としておらぬ。
人は天地を読むというが、その人の心を機らかせているのは天地である。人は、ただ、天然自然の理のままに、動き、望み、考え、心する。
自由などない。
おまえの読みも、いゐりゃぬ神の手のうちだ。
どうなるかは、誰にもわからない」
昏き祠にて、イシュアルーナが祈祷する時、いゐりゃぬ神は告げた。
「叡智は世に満ちている。叡智を持つ者たちは、必ずしも専門家ではない。
一皇帝が叡智を抱く時もある。
イシュタルーナよ、我がしもべ、おまえに教えよう、今朝ほど、大華厳龍國の皇帝が何と言ったかを。
叡智は流出したいところへ流出する。オウリューに語らせたいと思えば、オウリューは語る。
絶対神聖皇帝であろうと同じこと。
すべては朕の思うとおりに動いている。選択肢はない。永劫の過去から、永劫の未来まで、一貫し、一瞬とても途絶えたこともない。無数の巨大な宇宙を包括する全世界のどこであっても、どこでなくても。遺漏はない。天網恢恢疎にして漏らさず。
朕は全知全能完全無欠全網羅である。
永遠の勝者は喪失を怖れない。釈迦牟尼は老病死苦を厭わぬことで老病死苦を超越した。神にならんとする者は神にはなれぬ。神ならぬ者こそ神なり。不死者は不死ではない。死を怖れるから不死なのだ。真の不死者は死ぬる者である。
さればこそ、朕は敗残の潰走者となる時に、敗残の潰走者となるであろう。死すときに死すであろう。すべてを想うようになせぬときに、思うようになせぬであろう。
完全無欠であるがゆえに。
そうでなければ、完全無欠ではない。
さあ、もうわかったであろう、イシュタルーナ、巫女騎士よ。大いなる季節が来る。歓び歌え。
大審問官と手を繋いで踊れ」
イシュタルーナは瞑目し、『大審問官』とは何か、甚深に思考した。そして、
「古代の洞へ。
大疑団の萌芽の起源となった彼方の究竟へ。
もっとも古い深層へ。如何なる懐疑も死に絶える彼方の極北へ。
逝にしへを甚深に究めようぞ。精妙に神妙に究竟せよ、と衆に言おう。よく噛み分けよ、香のよう味覚のように古生代の感覚を呼び戻せ、と。
いざ生きめやも。
真空の世に寄る辺なし。激流に足場なく、縋る洲もなし。
されば、棹を差さずばなるまい。
あたしは衆に告げるであろう、人、敗れるとても、堂々果敢すべし、と」
イシュタルーナは祠の傍の洞窟の開発を命じた。
祠が社に蔽われ、社が神殿の奥となる時、洞窟の入り口も神殿の一部となっていた。調べれば調べるほど洞窟は深い。
照明を設置し、飲み水(清らかな地下水の大河が発見された)や食糧や衣服を備え、住環境として整備し、衆の移住を命ずる。
「なぜなら、やがて超大国が攻めて来るであろうから。衆よ、地下へ。かつて野獣を怖れて洞穴に隠れたように。
衆よ、逝にしへに還れ。感覚を呼び戻せ。人のロゴスに、魂魄の真髄に聴従せよ」
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