第23話 海商ネプチュルス

 イカルガーノ一万二千、スロシェヴィッチ二万、スカラ二万を〝鉄〟として加え、いゐりゃぬ国は人口五万を超える国家となった。


 スカラに滞在していた大海商ネプチュルスは国外逃亡を図って荷物や商品やお宝を大急ぎでまとめ詰めていたが、いゐりゃぬ神の全知に抗う術もなく拿捕され、イシュタルーナとの会見を強要された。


「久しぶりだ、大海商。

 いゐりゃぬ神への祭儀に必要なのだ。おまえの航海を大いに防衛しよう。白檀などの香木、流涎香や麝香を買い集めてくれ」

 ベルベットの貫頭衣の上に虎の毛皮を羽織った太鼓腹の巨漢は狡猾な眼を光らせ、

「なるほど、あっしも商人です。それに見合うものが頂戴できるなら、何でもかんでもいたしやしょう」

「支払いはこれだ」

 金貨を卓上に転がす。

 その輝きは特別だった。イシュタルーナが言う、

「純金だ。

 スロシェヴィッチ王家が民から搾取して貯め込んでいたものを、いゐりゅぬ神が聖化した神聖純金貨だ。イカルガーノのものもある。又、わずかだが、我がイナーグの累代の資産も」

「これは、貨幣と言うよりは宝ですな」

「そうだ。

 我らがいゐりゃぬ国は他国の王侯貴族や皇帝のように商取引上の信用がない。我が国の紋章を刻印しても、他の貨幣のように取引に応じてくれるような信用には繋がらないであろう。貨幣は信用の下に成り立っている。なぜ、小さな金属の円盤が品物と交換できるのかと言えば、その硬貨に印章された王侯の紋が王の権威に懸けて、それを保証しているからだ。物品と交換しても、また、物品との交換に使えるから、人々は安心して品物と交換するのだ。

 しかしながら、我がいゐりゃぬ国には、未だ信用がない。これが品物と交換できるという保証があることを、人々は信じまい。

 だから、貨幣の原点に戻って、純金で鋳造し、貨幣というかたちを持ったこの物質自体の価値を高めたのだ。これなら、明白だ」

「ふむ、ふうむ。なるほど」

 片眼ルーペをポケットから出して、仔細に眺める。思案してから、

「これと同じものが何百枚か戴けるなら」

 ネプチュルスはふっかけた。

「それだけか。何千枚と言うかと思った。おまえら商人とはふっかけるものだと思っていたが。ましてや、おまえは。

 意外に誠実だな」

「いや、いゐりゃぬ神様に嘘は吐けません」

 そう言いながら、冷や汗をかきつつも、重ねて尋ね、

「いったい、どれくらいお持ちで」

「何百万枚もある。金の鉱脈も発見した。今後は数億枚に近くなるであろう。だが、それを世に出したら、金貨の価値が下がる。おまえも儲からなくなる。民衆も苦しむ。自分のために貯め込むつもりは毛頭ないが、世界のバランスを考え、金の時価等を常時、鑑みつつ出すつもりだ」

「ご明察です」

 大海商はビジネス・チャンスを見出す。


 ロネの提案に基づいて海軍を創設し、ネプチュルスの航海を護った。

「海軍の編成は神兵軍団長に一任する」

 イシュタルーナは発令する。


 神兵軍団長ファルコはジョン・スミスだけを伴って出掛けた。

 行く先は海ではなく、山である。深く山中に入って、山賊の砦の近くに着いた。

 虎鬚で汚れた革のような皮膚の山賊数名が立ちふさがって、喚く。

「やい、てめえ、ここをどこだと思ってやがる」


 体の大きなファルコは高みから睥睨し、

「おい、雑魚ども。ユーグルに言え、ファルコが来たとな」

「冗談じゃねえ、ファルコだと、そんなことを信じると思うかえ」

 その時、繁る大樹の枝を折りながら、独りの壮者があらわれる。縮れた鬚を伸ばした巨人で、二メートルを軽く超えるファルコの頭が彼の臍下くらいであった。


「おら、その辺にしときな、おまえの命が飛ぶぜ、兄弟。そいつは間違いねえ、ホンモノのファルコさ。そして、お供は、ジョン・スミス」

「よお、久しぶりだな、ユーグル」

「あゝ、最近、神懸ってるようじゃねえか、ファルコ。要件はわかってるぜ」

「なら、話が早い。どうだ」

「ふざけるな、ガラじゃねえ」

「そうでもなかろう、おまえも王家の末裔だ」

「何百年も前の話を」

「それを言うなら、海賊皇リュウは数千年前だ。奴は乗ったぜ。何てったって、ネプチュルスが乗ったからな」

「そいつはリアルだ。実際、儲かるってことだな、へへん」

「そうだ。

 おまえも、そろそろ、先祖の名を世に甦らせるべきだぜ」

「おまえが属するってことは、大義があるんだろう。ネプチュルスが絡むなら、儲けがあるのだろう。

 山賊親分の最大の仕事は子分を食わせることだ。俺の下に荒くれ者どもが集まるのは確実に食わせるからだ。裏切らないからだ。いいだろう、俺も乗ってやる」

「おまえが兵学に通じていることは知っている。大将をやってもらうよ」


 山賊皇ユーグルや海賊皇リュウを統合し、鉄の兵としたが、ユーグルを陸軍大将とし、リュウを海軍大将に抜擢した。


「いずれは鉄すらも大将になる時代が来る。先取りさ」

 実際は、それ以上であったが……

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