第22話 いゐりゃぬ国
イヴァンが都市計画を担当した。
都フジワラは拡大され、特に貧民窟の集合住宅はなくなる。すべての人々が一軒の持ち家に住むようになった。イカルガーノ王国の国庫の解放が行われたのである。
名称もイヰリャヌグラードと改められた。
イヰリャヌートを聖都とし、イナーグ村を副聖都とし、イヰリャヌイルカを大商業都市と計画し、イヰリャヌグラードを首都と定める。
「イカルガーノ王国の国号を、いゐりゃぬ国と号する。改宗は強要しない。いゐりゃぬ神への信仰は宗教ではない。生命である。生きるもののすべては、いゐりゃぬ神へ祈っているのだ。
国となって、民の数は増え、多くの歴史や文化を持つ人々が入り混ざり合う。位階も改めなければならない。統一した考え方で、民が増える度に、一定の規則性を以て位階を改めよう。
銅の兵は銅の騎士とする。鉄の兵を率いよ。
青銅の騎士は青銅の将とする。騎士を従え。
銀の将は銀の聖闘士とする」
イシュタルーナは高々と宣言した。
イヰリャヌグラードからアヌグイ山の聖都イヰリャヌートへの道、総計二十キロメートルは一直線の街道で結ばれることとなる。川や峡谷や湖沼に石の橋を渡し、山を越えて、森を貫通する。一時(いっとき)で千里(〝いっとき〟は二時間。一里程四キロメートルとする)を走る龍馬が時速二千キロメートルで往来するので、五分も要さず連絡した。
エスプレッソ街道と呼ばれる。
インフラも再整備され、一度は荒廃した国土が次第に復し、整うに連れ、イシュタルーナの遺憾の念も絶え間なくなっていった。
「祭壇に使う香は国内にはない。かつては外国の商人から買っていたが」
イカルガーノ壊滅で、通商は途絶えていた。
貿易商を呼ぼうにも、皆、国外退避している。
香は海から渡ってくるものであった。舶来品である。イカルガーノは海のない土地であった。
海への入り口を開拓しなければならない。
「海と接する国と国交を結ぼう」
「結んでくれましょうか」
同意する国などなかった。
「野蛮な弑逆者、粗野な新興の宗教国家を誰が信用しようか」
いずれの国もそういう主旨の主張であった。イシュタルーナは瞑目し、
「さもありなんか。
誠意をもって話し合おう」
「と言いますと」
ロネが尋ねた。
「直截、会いに行く」
眼を丸くする。
「それはダメです。戦争をしに来たと思われます」
「そのようなことではないと、十分に説いて行こう」
「そんな言葉を信用しましょうか」
「一人で行く。太陽の剣も置いて行く」
「それは無茶です」
「至誠、天に通ず、だ。案ずるな」
「案じます」
しかし、イシュタルーナは行った。狭い半島である。いゐりゃぬ国と国境を接するすべての国は、海に接していた。
イシュタルーナはスロシェヴィッチ王国を目指す。
スロシェヴィッチ王家は大騒ぎとなった。
「大変です」
「何事だ」
「イシュタルーナが来た」
「何だと。本人か、まさか、なぜだ」
「交易したい、と」
「何、突然に」
「何の前触れもありませんでした。龍馬でやってきました」
「どうすべきか」
王の叔父がやって来て、
「巫女騎士が偽りを言うものか。他意はあるまい、応ずるしかない。とてもじゃないが、敵うものかは」
「叔父上、何を愚かなことを。イカルガーノの二の舞ですぞ」
「あれとこれとでは事情が異なる」
そこに従兄弟の騎士団長も来る。
「実際、丸腰だぞ」
「なるほど、もしかしたら、好機ではないか」
王の顔が妖しく好調した。
イシュタルーナは素朴な木造の王宮に招かれる。しかし、入ってみると、謁見の間で剣を持った殺意の兵士たちに囲まれた。
巫女騎士は憐れむように静かに憤る。
「恥を知れ、スロシェヴィッチ王家ともあろう者が。かような背反行為、反道義反信義、愚か者よ、貴様らの天罰は免れぬ」
たちまち、稲妻が窓から入って、王と大臣と将軍たちを焼き貫き、牽き裂いた。
イシュタルーナは宣言する。
「已むを得ず統治する。異論ある者は前へ。あたしは丸腰だ。怖れるな。ともに生きよう。ともに善く逝くならば、おまえたちも鉄の兵とする」
怖れない者などいなかった。
いゐりゃぬ国は海を手に入れたのである。
「港を整え、倉庫を増やし、会計士を雇え。帳簿を整えよ。又、工廠を建てよ、帆船を大いに造れ」
ロネが苦言する。
「しかし、資金が」
イシュタルーナは地図を広げ、
「見よ、ここを採掘するよう命じてある。金の大鉱脈に当たるであろう、この位置ならさほど掘らずとも」
「何と、これも、いゐりゃぬ神様の」
その頃、スロシェヴィッチの隣国であるスカラ王国は同じような小国であったため、大いに動揺していた。だが、王は、
「今なら鉄の兵になれる。この後になったら、どんな地位にされるか」
参謀である賢者ヨシイロも勧めた。
「それが賢策と存じます。時代を正しく見ています。真理への通暁者の見解です」
王は帰順した。
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