第20話 ロゼリア朝イカルガーノ王国 そしてユリアス登場

 さて、アヌグイ山は半島の中央部にあり、その南側の麓から四十キロメートルの範囲がイカルガーノ国であった。


 国を六代に亘って統治してきたロゼリア朝、第六代王ローグ・メルヴィグ三世は首都フジワラの粗野な木造の城の玉座に坐し、繁縟なるも、古色蒼然たる装飾に沈み、イノーグの滅亡に続く、エミイシの町イルカの壊滅の報告を受けて、大いに憂悶に浸蝕される。イルカとフジワラの距離は十数キロメートルほどであった。危機を感じる。


 だが、憂愁の王と呼ばれる彼は黒い長髪で瘠せた身体、顔色の青白い陰鬱な、空想的で、厭世的、哲学に煩悶する、現実的に対してはまったく意気地のない、無意味な、無為の青年であった。


 いゐりゃぬ神の領域が忽然と宣言されても行動もなく、臣下の進言にも曖昧模糊な返事をするばかりである。


 嘆息するばかり、時が過ぎていた。

 諸族からも、催促されている。

 イシュタルーナの勃興に脅威を感じた諸侯が連合し、軍備を整えつつあった。王にも、国軍を動かすよう、歎願が来ている。

「どうしたらよいだろう」

 積極的な意見も行動もなく、厭世的な哲学を演じたり、無常観を述べたりするばかりだったのである。


 調査から帰還した神学者サンドルは報告した。

「実証主義的科学精神に於いて、いゐりゃぬ神があそこにいると確信しました。王に進言いたします。風に唾するなと」


 しかし、それで収まりはしない。左大臣ペリゴール、右大臣シャルル、兵部卿モーリス、財務大臣ダレルランを先頭に諸侯が反対した。国は右傾化し、命を狙われて、サンドルは亡命する。若い軍人には過激派が生まれ、穏健派は萎縮した。


 ダレルランは提言する。

「神聖シルヴィエ帝国の大枢機卿イヴィルに連絡しましょう。公正で、中立的な立場の者として、調停を依頼するのです」

「それでは狼を招くようなものだ。彼は善良な調停者を装って、平和維持のための軍を配備し、実効支配するであろう」

「それも已むなしですな。今は亡きエミイシの狙いもそこでしたから。結局は同じ結論なのです」

「売国奴め」

「あはは、お戯れを。さあ、すべての契約は有利なうちに締結すべきです。大事なのは、生存です」


 一計が案ぜられた。

 イシュタルーナはイカルガーノ王国からの王の勅使の訪問を受ける。勅使から親書を受け取り、これを開くと、

『共存のための協定を結ぼんと欲す。真実義と民の福祉のために、我らは協議すべきである。場所はピース大平原の中央岩の下で。設営に当たっては、双方から人を出し、疑義のないように処することとする。時は正午』


 ロネは反対したが、イシュタルーナは決意し、

「逝く。逝かざるものかは」

「では、仕方ない。協議に赴く隊の人選をいかがいたしますか」

「ロネ、おまえとラフポワ、ファルコ、あとは黄金の聖者を」

 ロネは首を横に振った。

「いかにも手薄です。銀や青銅も連れて行きましょう。いや、銅からも兵を。隊の編成は私がします」

「善きに計らえ」


 そんな折、ファルコが銀髪の青年を伴って来た。

 謎めいた知者ユリアスだ。

「未だ紹介せずにいました、我が家の食客です。古王国コプトエジャのユリアス。協議には彼が有用でしょう」

「コプトエジャとな。砂漠の国、それは南大陸(スール)ではないか。

 おまえの手の者なら黄金の聖者と同等の資格がある。しかし、協議において、弁護士でもあるおまえを措いても、彼の方が必要だという理由は何だ」

「知識と叡智です」

「知識と叡智か、よいだろう、おまえがそう言うならば」

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