第16話 昇り逝く太陽と滅亡

 百人の兵が選ばれて、ファルコとジョン・スミス、五人の聖者の指揮の下、武器や鎧兜の製作を開始した。真のプロフェッショナルは数人だが、良き指導者と一人一人の熱き想いの下、魂の震えが伝導し、不眠不休で貫かれたわずか七日のうちに、イシュタルーナの望む装備が完成する。

 聖なる巫女騎士は聖咒を唱え、眠らぬどころか、食事さえせず、執念で一切の武器や鎧兜、装備を聖化した。

「神魄(じんぱく)を込めた瞬(いま)、翻す刀剣の刃の光輝に不問の正義があり、燦めく楯に真実は実在する」

 そう宣言し、自ら大いにうなずく。


 しかし、遠征には、糧が必須であった。

 パンを焼く石窯が急増される。岩塩坑から採掘した塩を大目に含ませ、保存が利くようにした上で、二度焼きして乾燥パンにし、乾し肉とともに荷馬車に積まれた。肉は塩に埋められる。

 数多の樽が作られるためには箍(たが)が必要で、鍛冶屋は兵器ばかりではなく、そんな用事にも追われて忙しく、疲労困憊、できた樽には、塩漬けの諸々の食材(肉、野菜、魚)に、オリーブ・オイル、塩、買い集められた葡萄酒が満たされ、車軸の太い、補強された荷車にどすどすと積み上げられた。牽く馬の脚も太い。

 何か不足があれば、ロネが供を連れ、麓に降りて、村々を熱心に、至誠と真心とを込めて廻った。

「布施を求めます。いゐりゃぬ神の供養のため、栄光のために。すなわち、真実義のために。

 清らかな、偽りのない、真の心の悦びの起源がいずこにあるかご存じか。それは、いゐりゃぬ神の希求に他ならない。

 そうでなければ、悦びは何ゆえに存在するのか。

 人々の誠実な願いは叶います。

 やがて、子牛や子羊がたくさん生まれ、太る。麦は大いに実って豊作となり、旱魃も大雨もない。

 安心してください、物資が不足することは今後ない」

 彼は又遠く市場にも足を運び、軍用の大羚羊や軍馬、わずかではあるが龍馬(龍と馬の間に生まれた神獣)を調達した。むろん、最初から上手くいったのではない。嘲笑を浴びた。

「布施を求めます」

 ロネは何ら説明もせず、そう言い切った。まるで、イシュタルーナのように。

「頭がおかしいのか? なぜ、おまえに馬をやらにゃならん?」

「失せろ、狂信者」

 ロネは薄ら笑いを浮かべた。

「気味の悪い野郎だぜ、ぶっ飛ばすぞ」

「おい、待てよ、あいつはロネだぜ」

「え、あのロネか、何て様だ」

「いや、知らないのか、奴は今、巫女騎士の第一の臣だ」

「え?」

 ロネは懐から聖咒の護符を出す。

 黄金の光燦々たる眩さに、誰もが魂を射抜かれた。真実義の本質を現実に実在させている。崇高感に魂を貫かれ、皆一様に言うのである、このように。

「あゝ、信じ難い、何たる稀有な、神々しさ、怖ろしいまでに。あゝ、凄まじい歓喜だ、未だかつて感じたこともない、感涙、崇高な悦びだ」


 調達された馬の群れは、青銅の兵たちが次々と引率した。山の麓に臨時的に作られた牧場に集められる。

 軍が整うと、イシュタルーナは大いに聖なる咒を唱えて祝福した。二の腕や太腿や胸元の金の聖句の刺青が妖しく烑く。

「いゐりゃぬ神に大いなる栄光あれ、正義あれ、いゐりゃぬ神の御名の下に闘う聖なる戦士たちよ」


 金、銀、青銅と銅の兵による総勢四百十六の戦士たちは列す。華々しくはないが、威光にあふれていた。ラフポワは驚嘆する。あまりにもすべての状況が変わった。

 輝かしき巫女騎士が閲兵する。イシュタルーナは戦闘を前に、位階を糺した。乱麻を断つごとく人の行いは整然たるべし、と。

「この戦闘に参加する者も、しない者も、すべての位階を糺す。

 百の青銅の兵たちは青銅の騎士とする。九百の銅の兵を従えよ。

 二十五の銀の騎士たちは銀の将とする。百の青銅の騎士たちを従えよ」


 さて、かくしてエミイシの兵がエミイシを襲うこととなったのであった。

 銅の兵は三百六十人、銅板を張った革鎧を着て、銅製の長槍を持った。全員が合成弓を備え、強力な投石器と巨大なバリスタを備えている。

 バリスタとは、弩のような構造で長槍を発射する武器で、装置が大きいものでは、一キロメートルも飛んだ。威力も絶大で、射られた人間がそのまま背後の木に突き刺さったと言う。


 銅の兵の後ろは青銅の騎士四十人、馬二頭が牽く戦車に乗る。二人一組で二十台あった。全員が連射式の弩を持つ。エミイシに雇われた傭兵が持っていたものと同じで、イシュタルーナはその恐ろしさをよく知っていた。一秒に一発発射することができる。すなわち、四十人が持てば、一分間で二千四百発を飛ばせるのである。空を蔽うであろうことは間違いない。


 銀の将十人は大羚羊に跨り、銀の剣と楯と槍と合成弓を持っていた。合成弓も、よくできたものは、三百メートルという信じ難い距離を飛ぶ。


 金の聖者たちは、イヴァンとガルニエ。

 ファルコとジョン・スミスが討伐将軍となって、実際の指揮を執った。神臣ロネは参謀として参陣。神将ラフポワは今回については留守居役で、いゐりゃぬ神を供養し、守護する役目であった。凛々と軍兵は歩を鳴らし、雄渾なる下山が始まる。


 巫女騎士の楯に、精緻に彫られた蜥蜴の紋が焔のように色彩や形態をゆらゆらと移ろわせた。イシュタルーナは問う。

「神の臣ロネよ、敵の兵力は」 

「敵は既に主力を喪っています。実際に闘える兵は二、三百でしょう」

 ロネが応える。

 燦然たる鎧兜の巫女騎士は滾る眼でうなずいた。


 山を下ると、イノーグ村だ。

 村の廃墟を占領していたエミイシの軍はとっくに撤退していた。

 悲しみのまなざしでイシュタルーナは故郷を久々に眺める。無残に遺った焼け柱、瓦礫、焦げた煉瓦の体積、名もなき土盛は仮初めの墓か、折れた梁、すべてが亡き生活の残であった。

「少し早いが、ここで休もう」

 野営の準備をする。日が没すれば、槍を傾け、剣を置いて、焚火をした。煎った豆を磨り潰して、湯を沸かす。

 斥候は絶えず巡回した。深夜であっても、交替で警戒し、守衛する。翌朝、感傷を振り捨てるように、

「是非もない。行くぞ」

 征く。


 行軍は神霊の香気を持つも、実装は貧相であった。だが、燦燦たる光に満ちる。

 二十数キロメートルの道のりは、丸一日を要した。道々、山賊を討伐するなど民衆を安堵させた。よって、名声は高まり、祈祷なども行ううち、布施・献上品を受け、食糧や衣類などの物資に飽くほどで、不足を感じることはない。


 イルカに着くと、既に蛻(もぬけ)の殻で、しかも、ナポレオンの侵略直前のモスクワのように火を放たれ、既に一週間以上も炎上していた。

「敵はカベンソンです」

 難攻不落のカベンソン城は鋭い岩山の頂上にあった。


 その日の夜、カベンソン城の麓に、イシュタルーナたちは着く。月光に見上げる尖った岩山の頂上の城砦。とても一万人以上が収容できるとは思えなかった。


 イシュタルーナは神の臣や神兵軍団長、黄金の聖者たちを招集する。

 聖なる句の刺繍された衣を広げて、包んでいた見事な武具をならべた。

「夜襲だ。ロネ、月の弓を持て。あたしは太陽の剣で赴く。

 ファルコ、おまえには海の大鉞(一メートル以上もある広い刃幅を持ち、そこには海馬や海の怪獣や奇妙な海棲生物の浮彫が自然と浮き上がり、又、長い柄の部分にも同じく海馬や海の怪獣が鋳造されていた)を与える。イヴァン、来い。天空の戟を持て。ジョン・スミス、大山脈の双頭の大戦斧(両刃の巨大な斧であった)をおまえに。

 おまえたち四人に、大地の楯を与えよう。

 これらの鉞・戟・斧と楯とは、未だ〝空〟の位階ではあるが、神なる武器であり、又おまえたちの権威を保証する。

 イヴァンとジョンは、ここに残れ。外部から、敵の援軍が来るであろう。恐らくは、エミイシと一派を組むウマヤド家やオキアミ家など大貴族たちだ。投石機やバリスタでまず遠隔から攻撃し、接近したら連射式弩で射よ。迎え撃つのだ。

 カベンソン城は、まず、あたしたち三人で攻める」

 周囲の兵たちは驚愕した。あ然として物も言えない。そんな戦術があろうか。

「疑うなかれ、逝くぞ。死ぬと想い為して闘え。いゐりゃぬ神は、すべてを網羅する。いゐりゃぬ神の加護は空気と同じだ。勝つ者は勝ち、敗れる者は敗れる」

「そんな。

 それは現実に起こることのすべてが正しいという意味ですか」

「そうではない。いや、それだけではないと言うべきか。だから、逝くのだ。人、堂々果敢すべし」 

 大羚羊に颯爽と跨ると、疾風のごとくに実行された。白銀の月の弓は矢を山頂まで飛ばし、城門を粉砕した。次々と放つ矢はミサイルだ。城壁すらも毀つ。

「行くぞ」

 高低差二百メートルを一気に上がる。ファルコの振るう海の大鉞はその名のとおり振り被れば波のせり上がりのごとし、潮を轟かせる厚さ三センチ、刃の部分が特別に大きくなっていて、柄も四メートル以上もある巨大鉞で、ぶん回せば、怒涛のように人を呑み込んで粉砕した。

 難攻不落と呼ばれたカベンソン城がいとも簡単に陥落する。敵兵二百が斃れ、エミイシは降参した。 


 黎明の頃、麓近くに、敵の援軍があらわれる、時遅くも。隣のウマヤド伯爵領からの援軍五百だった。ほとんどが槍騎兵である。

「撃て!」

 彼らは待ち伏せていたジョン・スミスの兵の、連射式弩やバリスタや投石機の餌食となった。日が昇ると、オキアミ侯爵の軍千もあらわる。侯爵軍は油布を巻いた石に火を点けて、投石機で飛ばしてきた。

 カベンソン城に旗を上げたイシュタルーナたちが麓の基地に戻り、オキアミ軍を迎撃せんと向かう。

「それ、逝くぞ」

 イシュタルーナは龍馬に跨り、原蛇と聖なる御徴の太陽剣を翳し、先頭を行く。

 刀身が日光のごとく眩く燃える巫女騎士の剣は光の燦爆で、立ち向かう者を二十人ずつ薙ぎ払った。その勢いにオキアミ軍は早くも逃げ腰、呆気なく崩れる。

「撤退――っ」

 その声が上がる頃は、もはや潰走状態であった。オキアミ軍が下がり始めると、

「て、撤退、撤退じゃー」

 既に弩の餌食となっていたウマヤド軍は堪らんとばかりに撤退を始める。こちらも実質的に潰走であった。


 イシュタルーナの軍は歓呼の声を上げる。

「勝ったー、勝ったぞー」

「永遠なるいゐりゃぬ神に栄光あれ、偉大なる巫女騎士イシュタルーナ様に栄光あれ、我らの勝利だ」

 抱き合って感涙していた。

 勝鬨の怒涛は鳴り止まない。

 巫女騎士は言った。

「追わずともよい。

 捕虜を連れてイルカに戻るぞ。エミイシの町イルカを衛星都市として統治する。降伏する者を赦免する。市民を養え。後に、イノーグ村とイルカの再建にその身を庸(もち)う。

 イルカの町の名を改め、イヰリャヌイルカとする」

 いゐりゃぬ神のイルカという意味だ。


 駐屯し、ソシンを洞窟からイルカの廃墟まで引き摺り出した。彼の父であり、エミイシ家の当主、族長なるシエミをも連座させ、聖なる巫女騎士は睥睨する。

 勝者となったイシュタルーナは心臓と肝臓と脳髄の根幹から湧き上がる憤りに駈られ、激烈な復讐を望んだ。

「あゝ、遂にこの日が来た。

 あゝ、どれほど待ち望んだことか。

 歯が折れるほど歯噛みし、血涙を滂沱と流し。

 どれほど時間を長く感じたことか、あゝ、遂にこの時が来たのだ。

 思い知るがよい愚劣者ども。

 もっとも残酷で凄惨な苦しみと、長い長いその苦しみの後の死を、忌まわしき、薄汚きソシンとシエミとに与え給え」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る