第33話 五人とひとりと美少年

 どうも、春がだいぶ近くなりましたね。無事に進級が決まって、来月からは三年生、八木真ですよ。

 学年最後の期末テストも、予想よりはちょっとだけいい成績で終わり、春休みが始まって、やっとゆっくりできたところ。

 いやあ、いいもんですね。昼前に起き出して、のんびりと飯を食って、昼寝してゴロゴロして、夕飯食って風呂に入って、眠くなるまで映画観たりゲームしたり。

 さあ、誰にも邪魔されず、存分にこのぐうたらな生活を満喫してやるぜ。

 なんて、甘いドリームを現実のモノにできるなんて、俺にも考える時期がありました。

 今、俺は、学校は休みだというのにいつもの仲間が雁首揃えたその中で、珍客を相手に途方に暮れています。

 どうしてこうなった。

 

 春休み二日目の朝だった。

 いつもなら起きて身支度を始めている時間だけど、ゆうべは遅くまで映画を観ながらまさやんとチャットでだべっていたので、俺はまだ半分寝ていた。

 端末の着信音が鳴り止まない。うるさいな。

 枕元に置きっぱなしにしていた端末に手を伸ばして、通話ON。

「もしもし」

 回線の向こうからは、聞き慣れた声がふざけた返事をする。

「亀よ」

「なんでウサギと亀…」

「そんなことより、非常事態だ八木君。貴君の助けを借りたい」

「比企さん今何時だと思ってるの」

「朝七時四十…六分になったな、今」

「春休みになんでいつも通り起きてるのさ」

 完全に寝起きのボケた声で訊ねる俺に、比企は非常事態だから、と端的に答えた。

「頼む八木君、とにかくみんなと一緒に、すぐにでも来てくれないか」

 こんなに切羽詰まった比企も珍しい。

 わかったとだけ答えて、俺はすぐにチャットで忠広、まさやん、源に結城へ非常事態だと知らせを入れた。とりあえず身支度を済ませて、すぐに家を飛び出す。

 比企に電話すると、すぐに出た。

「今うちを出たけど、どこに行けばいい? みんなとの集合場所はどうする」

 そうだな、と電話の向こうでやや間が空いて、

「上海亭だ。あそこで集合しよう。チャットルームには私が書き込んでおく」

「りょーかい」

 そのまま俺は忠広の家へ迎えに寄って、ついでに美羽子にも声をかけてみることにした。ここでスルーしても源が途中で呼ぶだろうし、何よりあいつのことだ、どうして自分をのけものにするのかと、ゴネて面倒なことになるのは目に見えてる。忠広が支度をして出てくるのを待つ間に、美羽子に電話をかけた。

「比企さんが? すぐ行くから待ってて」

 心配はしてるんだろうけど、野次馬根性も見えてるぜ! 

 忠広と美羽子と一緒に駅へ向かうと、ホームで不思議なものを見た。

 どこかで会ったような、でも絶対に初対面なのは確実な。朝の日差しに艶めく、深い蒼の髪、薄く淡い笑みを隠す紅い唇。すらりとした体は、ジーンズとチャコールグレーのハーフコートに、赤いマフラーがどこまでも白い肌を引き立てている。

 黒目がちの大きな目は、俺達のよく知るあいつと同じように、まつ毛にマッチ棒が五本は乗りそうだった。あいつとよく似ていて、でも決定的に違う。何より目の前の人物は、女の子のように線が細くてきれいな顔をしていたが、よくよく見れば男だった。

 そいつは俺達に気がついて、足元に置いた飴色にこなれた革のトランクを拾い、まっすぐこちらにやってきた。え。え。なんなん。

 そいつは俺達の前に立つと、ふんふんと鼻をひくつかせて、うーん、と唸った。なんだこいつ。これだけで、中身もまた比企とは真逆のようだと知れる。表情が豊かだ。ぱあっと笑って、うん、とうなずいた。

「君達ウメチカの匂いがする」

 は? 何それ。

「いいね。君達すごくいいよ。うん、かわいいな」

 なんじゃそら。

 よくわからないそいつは、俺達と同じ電車に乗って、隣の中央駅で降りた。

 

 開店前の上海亭の前では、家が近いまさやんと源、結城が待っていた。店の前を箒で掃いていた親爺が、なんだなんだとため息をつく。

「お前ら、せっかくの休みだってえのに、他に行く場所もねえのか」

 お寂しいなと親爺が笑って言いかけたところに、待たせたな、と真打ち登場。

 見慣れた白いロングコートとハンチング、苺色の髪に白い、どこまでも白い肌。あんまり細くて、男の子のようにも見える体つき。さっきの美少年と、よく似ていながらまるで違う、見慣れた比企の姿は、なぜだか俺をほっとさせた。

「おお、お嬢さん! 済まねえなあ、まだ仕込みの最中なもんで」

 親爺が残念そうに詫びるが、俺達との対応の温度差、素直過ぎだろ。比企はまた改めて伺いますので、と取りなした。

「行こう。一箇所に長居するのはまずい」

 訳もわからず比企に着いていくと、バス通りに出たところで、奴はちょうどやって来た路線バスに飛び乗った。慌てて俺達も続く。

 ガラガラだった後部座席に固まって収まると、稲荷神社と城址公園を経由しての中央駅が終点だった。車内アナウンスを聞いて、フロントガラスの上の画面で料金表示と行き先を確認すると、さてどこで降りたものか、と比企は考え込んだ。

「決めてなかったんかよー」

 結城がずるっと座席上でずっこけ、らしくねえなとまさやんが突っ込んだ。

「何があったんだ」

 忠広が訊ねて、全員がうんうんとうなずくと、実はな、と比企はやっと俺達に召集をかけた理由を口にした。

「人に追われていてな」

 …は? 

「武力で追い払うわけにいかない相手なので、こうして追いかけてくるのを撒くしかないんだ」

 そこで俄然湧き上がる俺の興味。だって、天下無敵の比企がここまで敬遠する相手ですよ。気になるでしょ。

「なになに、もしかして親が決めた婚約者とか? 」

「まさか借金の取り立て? 」

「それとも、いつかみたいに誰かの敵討ちとかじゃ」

「いや、俺より強い奴に会いに来た系かもよ」

 俺以外にも興味津々の子がいました。美羽子までストーカーかと案じている始末。いや、と比企は否定した。

「そうではなくて、そうだな、面倒な親戚が来て、私としてはあまり進んで関わりたくない相手なんだ」

 あらら。それにしても珍しくぼやけた表現の仕方だな。

「ただ、付き合いはそれなりにあるおかげで、私が足を運びそうな場所は軒並みマークされているだろう。そこで、諸君に知恵を借りようと思ったんだ」

「つまり、」

 源がポンと手を打った。

「比企さんはあまり行かないだろうけど、若者が集まりそうな場所に一緒に行って、紛れて目眩しがしたいってことであってる? 」

 比企がこくこくうなずく。ここまではっきりとリアクションするのも珍しい。よっぽど避けたい相手なんだろう。

 それじゃあ、と俺達は、同級生とよく遊びに出る場所を挙げていった。

「中央駅の南口側のカラオケ」

「城址公園駅のファッションビル」

「稲荷神社の参道にあるジェラート屋さん」

「川沿いの緑道に面したカフェ。パンケーキがフワッフワでおいしいって有名」

 どこもかしこも、比企はおよそ行きそうにない場所だ。実際、比企は休みに勉強しようぜと集まると、さっきまで神社駅前の古本屋に行っていたとか、城址公園の博物館にいたとか、古いものが集まる場所に入り浸っているのが常だ。実際、キラキラしたカフェでパンケーキ食ってたり、おしゃれブランドの服を見ている比企ってのは、ちょっと想像つかない。

 それじゃあまずは、近いところで稲荷神社のジェラート屋に行ってみよう、とまとまり、俺達は大鳥居前の停留所でバスを降りた。

 一キロちょっとの参道を中程まで戻ると、ジェラート屋はそこそこ行列ができていた。春とはいえ三月下旬、今日はまだ、日陰に入ると肌寒いのに、それでも並ぶということは、おいしいから並ぶのだろう。行列のお尻に七人でくっつく。テイクアウトのものだからか、行列は思ったよりスムーズに進んでいた。

 前にいるカップルの次に順番が来る、というそのとき。

「いたー! 」

 路線バスの窓から素っ頓狂な声をあげてこちらを指差したのは、朝の駅で出会った、謎の美少年だった。

 そして場面は冒頭、途方に暮れる俺達に至るのであった。

 

「クリストファー・セルゲイヴィチ・オドエフスキー」

 比企によく似たそいつは、比企とは似ても似つかぬ愛想のよさで名乗ってから、名前長くて呼びにくいからクリスでいいよと曰った。

「僕も長いと思うし。あ、なんなら日本名の朱音あけねでもいいよ」

 なんと言えばいいのだろう。顔と体つき、背格好はおそろしい程よく似通っている。一七〇センチ弱の比企とは五センチも違わないだろう。二人揃って手足が長くて、首も細くて長い。その上に小さい顔が乗っていて、胸も腹も薄く、お尻も小さい。男の子のようにも、女の子のようにも見える中性的な雰囲気。実際、男装した比企はえげつない程の美少年だったし、クリスと名乗ったこいつが比企の制服を着て出てきたら、女の子にしか見えないだろう。

 クリスは比企の大伯父だと自己紹介した。

 立ち話もなんだからという美羽子の提案で、俺達は大鳥居の側の甘味処・とりいやの喫茶スペースに移動して、お茶を飲んでいる。ちなみにあのジェラート屋で買い物したのは美羽子と、バスの窓からでかい声で僕のも買っといて、と頼んだクリスだけで、しかも二人とも、とりいやに着くまでにきれいに食べ終えてしまった。

「僕はねえ、ウメチカの曽お祖母さん、ズデンカさんの兄の息子で、ウメチカが子供の頃はよく遊んでやったんだ」

 ねー、と呼びかけるクリスに、比企は仏頂面であさっての方を向いている。

「俺らお邪魔じゃないですか」

 さすがに忠広が気を遣って、行こうかと俺達と顔を見合わせるが、構わないから居てくれと比企が押しとどめた。クリスもうなずいて、なんならここは僕がご馳走するよと、ニコニコと請け合う。

「ウメチカの分も出すから、そんなに邪険にしないでよ。大丈夫、本家を継げとか言わないから」

「当たり前ですよ。言われたってお断りだ」

「んもー。相変わらず愛想のない子だなあ」

「八十過ぎの爺様がかわい子ぶっても無駄ですよ伯父上」

 比企は栗ぜんざいをむしゃむしゃ食いながら毒づいた。え。待って今なんかとんでもないこと言わなかったか。

「ひっどいなあ、何も実年齢バラさなくったっていいじゃーん。肉体年齢はウメチカと同じくらいなんだから」

 当人はケタケタ笑っていなしているが、どういうことなんだってばよ。

 俺達全員が困り笑いになっているのを見て、クリスがびっくりした? と小首を傾げた。

「ごめんねー。気になるよねー。詳しく話そうか。知りたいよねー」

 知りたくないと言ったら嘘になるけど、でもなあ、比企はその辺、どう考えてるんだろう。そこは友人として、思いやりが大事だろ。

「いやあ、でもあんまりよそのおうちの事情に首突っ込むのは」

 俺は奇跡を見た。空気を読まないあの結城の口から、こんな殊勝な言葉が出たなんて。

「すげえ」

「結城が大人の気遣いをできるようになった」

「成長したな結城」

「おめでとう」

「おめでとう」

 思わず拍手でおめでとうおめでとうと連呼。

「この子達の様子を見ると、うちのことはあんまり話してないみたいだね。どうするウメチカ」

 僕が一方的に話しちゃっていいのかな、とクリスが訊ねた。

 比企は不承不承と言いたげに唸ってから、仕方ない、とため息をついた。

「伯父上が出てきてしまった以上、黙っているわけにもいかない。が、場所がよろしくないな」

 河岸を変えましょう、と言って、比企はぜんざいの残りを平らげた。

 移動の間、クリスは俺達に興味があるようで、比企との関係についてあれこれ訊ねてきた。源と美羽子を見て、かわいい二人だね、とのほほんと言い、歩く道々でぶつかる店を横目で見ては、もう春だねえ、と空を仰ぎ鼻をうごめかせる。

 結局、向かう先はいつものように桜木さんのマンションだった。

 おかえり、と出迎える桜木さんが、いつものように俺達を招き入れるが、クリスに気づいてビタッと固まった。

「小梅ちゃんが二人いる」

 自分で言った言葉にパニックを起こしかける。

「ああ、君が噂の、ウメチカについた悪い虫? ミーチャ・ロマノヴィチとヴォロージャから聞いてる。僕はウメチカのイロチだよっ☆」

 驚き過ぎて固まってる桜木さんを、ふーん、と覗き込んで、悪くないじゃんとクリスは言った。

「健康は大事だよね。特に、ウメチカといるならね」

 お邪魔しまあす、と玄関をそのまま入りかけ、ああそうだった、と沓脱ではいているブーツを脱ぐクリス。日本は靴脱いで家に入るんだよねえ、忘れてた、と照れ笑いした。

 とりあえずお茶が入ったところで、クリスは桜木さんにも話を聞けと促した。

「君にも、いや、君が一番関係あると思うから」

 よくわからないまま、促されたなりに桜木さんがリビングスペースのカーペットに座る。

 よしよし、と笑顔でうなずいて、クリスがお茶を啜ってひとつ息をつく。

 

 クリスの話を要約すると以下の通り。

 まず、比企の曽お祖母さんとクリスの父親が兄妹で、比企とは親戚に当たる。本来ならクリスが後継者になるのだろうが、気ままに暮らしたい性分のクリスは当主になんてなる気はないし、比企も日本と崑崙を行ったり来たり、たまにしか帰らない自分がロシアの本家を継ぐのは無理があるだろうと、やんわり拒否している。が、由緒ある一族らしく小うるさい長老方がいるにはいるが、これがまた、二人のどちらが継いでも文句は出ないらしい。

 で、この、ロシアの本家というのが、

「ヴルダラークなんだ。日本語で言うと、えーと、何だったっけウメチカ」

「吸血鬼です」

「そうそれ」

 まじか。え。まじか。

「とは言っても、だいぶ血は薄くなってて、普通の人と大して差はないんだけどね」

 何でもクリスの話では、普通の人より「ちょっとだけ身体能力が高」くて「普通の人よりちょっとだけ歳をとるのが遅」いらしい。あとは、比企やクリスに見られるような色素異常──髪や目の色がピンクだったり青かったり、肌がやたらと白かったりするぐらいで、生き血を飲まないと死ぬ、それ以外のものは何も飲み食いできない、と言うわけではないそうだ。実際、比企が昼どきの弁当や上海亭で、はたまたそれ以外にも、人の何倍もの量をバクバク食っているのは、今改めて語るまでもない。が、クリスによると「実際に一番効率がいいのは人の生き血」だとかで「一口もらえば一ヶ月二ヶ月くらいは保つよ」って、いやこわいこわいこわい。

「ウメチカ相変わらず大食いコンテストみたいなことしてるの」

 してますね。

「だから先祖返りの身で、血を一滴も飲まずに暮らすのは無理があるって言ってるのに」

「なんか違うんですか」

 俺が訊ねると、違うねとクリスはうなずいた。

「先祖返りは、一族の血が濃いんだよ。人の属性はだいぶ薄いね。それでも人間の中で普通に暮らせてるのは、龍ちゃんがついてるからじゃない。崑崙で修行して、人を襲って血を飲んだりしなくてもいいようなコントロール法を教えたんだって龍ちゃんは言うけどさ。だからって三度三度の食事を人の何倍も食べて補うなんて、ねえ」

 すげえな仙人。そんなことまでできるんだ。てゆうか龍ちゃんって。

「付き合いはあるけど僕、別に龍ちゃんの弟子じゃないし」

 なるほど。

 そんなだからうちは結構古い家なんだよとクリスは言った。

 信用できる家系図を辿ると、八六〇年頃まで遡れるそうだ。サンクト・ペテルブルクからちょっと南辺りの森に住んでいたが、ロシアで最初にまとまった国家としてあらわれたキエフ大公の軍を、一族の若者と当主、合わせても十人に満たない人数で蹴散らし、以来「森の大公」として、歴代の皇帝達に領地を保障されてきた。何でも一族の中には、宮廷に仕え諜報の仕事に就いていた者もいるとかいないとか。

 どう反応していいのか困っていると、ただの古い家だよとクリスは笑った。

 歴史はいいとして、森の大公オドエフスキー一族の特徴は、色素異常や老化の遅さの他には、とにかく美形が多いらしい。なるほど、正月にヴラディミルさんからもらったメールの写真も、確かに比企の曽お祖母さんはきれいな人だった。クリスによると、曽お祖母さんは「ほぼほぼ人間」だそうだ。

 ほえー、とたまげながら話を聞いている俺達高校生組の横で、うつむいてボソボソと、全部初耳なんだけどどういうこと、と漏らし続ける桜木さん。

「ねえ僕そんなに信用ならないかな。僕何でも話してきたんだけど、なんで小梅ちゃんはそう秘密が多いのかな」

 だって、とあっさり答える比企も比企だ。

「何かあって、本家のお家騒動に巻き込まれたとき、拷問インタビューされても知らないことは答えようがないだろう。それだけ生存確率が上がる」

 拷問をインタビューとか言うな。

「何も知らないか全部知ってるか、これ以外は死ぬしかないからな。好奇心は猫すら殺すんだ」

 やめて物騒。

 それで、そんな一族の親戚がわざわざ会いにきた理由なんだけどね。

 クリスはお茶菓子で出されたマカロンを食べて、おいしいねえ、なんてのん気な感想を述べてから、ウメチカさあ、と本題に入った。

「先月、エインヘリャルを喚び出したでしょ」

 比企は盛大にお茶を噴き出した。

「んもー」

 ダメでしょ、と台拭きでテーブルの上や床を拭く桜木さん。おかんですか。

 何それ、と訊ねる忠広に、うちに代々伝わるお宝、とクリスは答えた。

「用があって本家に帰ってさ、久し振りに納骨堂の爺婆相手に茶飲み話してたらさ、暖炉ペーチの上からいきなり旗印が外に飛び出して、東の空に飛んで行ったんだから、何もないわけがないよね」

「それは、えーと」

「身軽な方がいいとか言って、エリコニンの兵隊すら露人街に置きっぱなしの人が、いきなり百万人のコザックを召喚するってのは気になるじゃない」

 クリスはなるよねー、と俺と桜木さんに問いかけた。なります。なりますけど、うんって言いづらい。てゆうか同意を求めないでお願い!

 はたじるしって何すか、と結城が質問すると、旗だよー、とクリスのお答え。あー、はいはい旗ね。先月の、っていうともしかしてアレか。

「アレのこと? 先月の城址公園の、いきなりめっちゃ広い草っ原にすごい軍団がブワーって」

 ぼそっと俺が漏らした言葉に、それ! と美少年が食いついた。

「なーんだ君、現場にいたんだ! じゃあ他に、その場にいた人ー! はーい手ェあげてー! 」

 ノリがいいな! ほんとに比企の親戚なのこの人! 

 桜木さん以外の全員が挙手した。

 それを見たクリスは、ふんふんとうなずくと、じゃあ君達から話を聞こうかな、にっこり笑った。顔だけは比企そっくりで、ぶっちゃけその辺の女子よりかわいかった。たぶん、そういう点でも比企とはそっくりなのに正反対なんだろう。

 それじゃあ、と俺達は、顔を見合わせバレンタインデーからの数日に起こった、一連のあの出来事──喚び出された悪魔だか魔神だかを追い返した、あの事件の顛末を語って聞かせた。

 ふうん、とうなずくクリスが何か言いかけたところに、桜木さんが食い込んだ。

「僕、全部終わってから迎えに行ったから知らなかったけど、そんな危ないことするなら何で連絡しないの。ちゃんと何かあったら知らせてねっていつも言ってるよね。僕の目がないところで危険なことになって、手助けも何もできないってのが一番こわいんだよ。これもいつも言ってるよね。小梅ちゃん聞いてる? 」

 毎度見る光景だけど、いつ見ても桜木さんはやばい人感丸出しだなあ。夏休みくらいまでは、ここまでじゃなかったと思うんだけど。

 わあ面白い、とケラケラ笑って見てるクリスもすごいなこいつ。なんか歳上どころか結構爺さんといってもいいくらいみたいだけど、もうこいつでいいよね。

「この人面白いね。ウメチカに真剣説教してる人、龍ちゃんと玉娘ぎょくじょうさん以外で初めて見た」

「ぎょくじょうさんって誰」

「龍ちゃんの奥さん」

 え。あの人結婚してたんだ。

「それにしても、ウメチカやっぱり女の子にモテるんだねー。軍属やめさせて学校に行かせるって晴信さんから聞いたから、大方そうなるだろうなー、とは思ってたけどさあ」

「比企さん、軍人じゃなくて自衛隊にいたって言ってましたけど」

 美羽子があのう、と小さく挙手して源がうんうん、とうなずくと、えー、とクリスはのほほんと笑った。

「ジエータイって日本の軍隊でしょー」

 同時に続く桜木さんのお説教。うんざり顔の比企がぶはあっ、とため息をつく。いかん、話が停滞してるぞ。

「話を戻そう」

 俺は仕切り直した。

「まず、比企さんの家のことや体質のことはわかりました。吸血鬼といっても、誰彼構わず襲って生き血を啜るどころか、比企さんは飯を大量に食って補っていて、節制に務めている。実際、一年弱つるんで遊んでる俺たちの誰一人、自宅に居候させてる桜木さんもまた、血を狙われることも食われることもないわけだ」

 人間の中で生きる以上、私の中でそれは禁忌だと比企はうなずき、がんばってるよねえと、クリスはのほほんとお茶を啜った。

「僕なんて月に一度はヴォロージャに血をもらわないとなのにねえ」

「お陰で伯父上も私も、本家とはもちろんお互いと、連絡を取ろうと思えばヴラディミル・ピョートロヴィチに繋ぎを頼めるのだが」

 え。あのイケメン、月イチで美少年に献血してたの。え、って待て食いつくな美羽子。

 無視して進めるぞ。

「で、クリスさんは、ただかわいい姪っ子の顔を見にきたわけじゃないんだろうけど、」

「うん、僕は先月のエインフェリアの件について知りたかっただけ。正確には納骨堂の爺様連中がね。日本に来る用があったから頼まれたの」

 まあ、経緯はわかったし、大公家の面子は保たれた形で解決してるし、僕としては言うことはないかな。クリスはそう言って、お茶のおかわりを要求した。

「それにしても、こうして友達ができて、人の血に頼らないでうまくやってるみたいなのは、それこそ生まれる前から知ってるからね、安心した。ああ、立川にも顔出すから、弥生さんにはちゃんとやってるって伝えておくよ」

「…私のことなどで母上を煩わせることはありませんよ伯父上。それには及びません」

「晴信さんも気にしてたよー。電話のひとつも寄越さないって、小一時間泣かれちゃった」

「あの因業爺は痛風と尿路結石が交互にやってきて苦痛にのたうち回ればいいです」

「あ、死ねじゃないんだ」

「ご存じですか、死ぬと楽になるんですよ伯父上。生きて永劫の苦しみと激痛に苛まれる方がつらいですから」

 根深いな。

「とりあえず、僕の目的は達成できたからね、今日はもう帰るよ」

 クリスはニコニコと言って立ち上がった。あ、ほんとこれだけのために来たんだ。

 何となーく全員で、駅前まで見送りに出る道中、クリスは実に楽しそうに俺達とおしゃべりをした。

「君達いいね。あ、ヴォロージャとアドレス交換してるんだ。じゃあ僕ともしてよー。はいこれ僕の回線アドレスね」

 気さくというより、もはやユルいと言った方がいいだろ。

 駅前で別れ際、クリスは比企と、そのすぐ脇に控えるように並ぶ桜木さんを見て、うんうん、と嬉しそうに笑った。

「桜木君だっけ。君いいね。ウメチカに説教する人間なんかそういないからね。したいとは思っても諦めちゃうの。この調子だから、聞いてるのか不安になるんじゃないの」

 ウメチカ、と比企に向かって、

「この人は大事にしないとダメだよ。──あと桜木君は、この子から絶対に離れないで見ててやって。なんなら餓死しそうだったら血ぃ飲ませちゃいなよ! 強引に! なんなら君のを! 面白いことになるから! 」

 そこでクリスは、全員の顔を順々に見て、大きくうなずいた。

「うん、いいよ。君達いいな。君達ならウメチカを預けられる。よろしくね」

 じゃあねえ、とやっぱり最後もゆるーい感じで手を振って、比企によく似て、でもまるっきり似てない美少年は立ち去った。

 

 駅まで歩く間、クリスが桜木さんだけにこっそりと囁いた、その言葉を、すぐ後ろにいた俺は聞いてしまった。

 ──もしもウメチカの体が弱ったら、誰の血でもいい、一口飲ませればそれで回復する。ああいう子だから頑として口にしないだろう。そのときには、食べるものにこっそり混ぜ込んで、とにかく食べさせて。

 はっとして桜木さんが向き直ると、クリスはニコニコ笑って、頼んだよ、と言ったものだ。

「ウメチカが出て行きもせずにいるんだ、その程度には気を許してる君なら頼める」

 そして、よろしく未来の甥っ子、とえげつないとどめのひと言。

 そこでクリスは俺が見ていたのに気づいて、というわけだから、ウメチカには黙っててね、とウインクした。

 このっ、小悪魔美少年がぁ!

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